五話 不思議な男の子
酒場から依頼を承ったのは、数日前の話だ。
少し変わった風味の、調味料を作ってほしいという変な依頼。ジュジュがいうには、踊り羊亭の店主は創作料理を作る趣味があって、それに使う材料を日夜追い求めているとのこと。
先日の虫除け騒ぎを聞き、ミシャなら何か出来るのでは――と思ったそうだ。
しかし、一つだけ疑問が残る。
「どうして、わたしだったんだろ……」
「ん?」
「だってわたし、料理って言っても本当に人並み程度しかできないもの。それも、レシピ本を見なきゃちゃんと作れないし。なのに、お店に出すかもしれない料理に使うものなんて」
そう、ミシャが請け負ったその依頼は――新メニューに使う調味料。
ハーブを中心にした、かなり個性のキツいのを数種類試作してほしいという内容だ。出来ればランドールで手に入りやすいものがいい、という以外、これという注文はない。
この依頼は、ジュジュを経由して直接店から請け負ったものだ。
教会での手伝いではない、初めての本格的な依頼。
なので、本当はもっとテンションを上げて、張り切りたいところだったのだが。
「ムリですぅ……」
いざ、踊り羊亭の料理を食べていると、自信は音を立てて崩れていく。
こんなおいしい料理の、どこに自分が関われるのか。もはや関わることが害悪のようにしか思えなくて、ミシャはテーブルに突っ伏す。今すぐごめんなさいと謝りたかった。
向かい側に座るジュジュは、ミシャの頭をなでなでする。
どうも、店主の無茶振りは今に始まったことではないらしい。
曰く、彼女も何の説明もなしに山に連れて行かれ、キノコを好きなように取れ、と命令されたことがあったそうだ。ちなみに、見た目で選んだ結果、全種類毒キノコだったそうだが。
そんな具合に、店主は常に『シロウト』の目を求めているという。
「んとね、マスターがいうにはさ、シロウトさんの意見も重要なのよ。ほら、料理を食べるのは基本的にシロウトさんじゃない? そういう意味で、料理人じゃないミシャだからいいの」
「う……」
「料理の知識がないミシャが作る調味料から、何かひらめきたいわけよ」
ジュジュの説明で、理由は理解する。
店主の意図を、理解はしたが……。
「ムリですぅ……」
ばたん、と再びテーブルに突っ伏す。
そもそも、これまで味など気にもしなかった。望む魔法の効果を、最大限に引き出せるレシピこそ重要であって、香りでさえよっぽどひどくない限りは黙ってガマン。
味など、そもそも口に入れるものではないのでお題目にもならない。
それが当たり前の魔法使いに、とんでもない依頼をしたものだ。
しかし嘆こうと喚こうと、請け負った依頼はちゃんとしなければいけない。ミシャはぐすぐすと半泣きになりながら、ジュジュから貰ったハーブとスパイスのリストを眺めていた。
「あー、なんか心配だから、今夜、一緒にお付き合いしてあげる」
などといわれて、申し訳なさからさらに涙目になるのは、数分後の話である。
○ ○ ○
とぼとぼ、とミシャは家への道を進む。隣には、普段着姿のジュジュがいた。店の制服も充分なほどにかわいらしいが、ジュジュの普段着はそれに勝るとも劣らぬほどにかわいい。
「ミシャもオシャレすれば? リオ兄さんとか、喜ぶかもヨ?」
「な、なんでリオさんが……」
「んー、兄さんが珍しく、あっちこっち連れまわす女の子だから。ほら、リオ兄さんって立場が立場でしょ? いろいろとあるらしいのよねぇ、お貴族サマってやつは」
「そう、なのかな」
「いい暮らししている代償だ、とか本人は言うけどね。まぁ、そんなわけで、昔からの知り合いぐらいしか、本音で遊んだり出かけたり話したりする相手がいないわけなのよ」
次期領主だもんねぇ、とジュジュはため息を零す。
確かに、あまり考えたことがなかったが、彼は貴族なのだ。貴族というと、あれやこれや面倒なことが多いという。結婚相手どころか知り合う相手さえも、自由ではないという話だ。
リオは――街道沿いとはいえ田舎に生まれて、それなりに自由があるようだが。
それでも、やはり縁談の類が舞い込んでいるのだろう。
年齢を考えれば、そろそろ結婚してもおかしくなかったはずだ。
「リオさんも、リオさんなりに大変なんだなぁ――って、あれ?」
ここにいない彼について考えていると、いつの間にか家の傍まで来ていた
誰か、見慣れない子供がまん前に立っている、自宅の傍に。
子供はミシャたちに背を向けている。見たところ年齢は二桁にもなっていない、格好からしておそらくは男の子だ。見た目はいいところのおぼっちゃん、という感じだろうか。
子供は背後から近づいたミシャに気づき、はじかれるように振り返る。
大きな瞳が、緊張の色を宿していた。
ミシャは、シェルシュタインの里でやっていたように、にっこりと笑う。そして子供の目線に会うように身をかがめると、出来るだけ優しい声で話しかけた。
「あの……ぼうや、そこはわたしの家なの。もしかして、わたしに何か御用なの?」
「……!」
話しかけると、その子供は何かを言いたげな顔をして。
けれど、ばっと背を向けるとどこかへ走っていってしまった。その姿は、あっという間に暗がりに消えていく。ミシャは彼がどこの誰かより、その身の安全の方が心配になった。
「んー?」
大丈夫かな、と思っているミシャの隣。
ジュジュは何か考え込んでいた。
「どうかしたの?」
「……なーんか、あの子、見たことがあるようなー、ないようなー」
はて、と首をかしげるジュジュ。
しかしどうやら答えは出なかったらしく、まぁいっか、と笑う。
それから二人は、夜遅くまでいろいろと語り合った。店主が作る料理にある、店主個人のクセのようなものの話やら、よく使っているハーブやスパイスについてなど。
参考になればいいんだけど、とジュジュは言うが、ミシャにとってはこの上ない手がかりと方向性になった。後は、彼女から得られた情報を無駄にしないよう、がんばるだけ。
一通り話をメモに書きとめて、明日に備える。
結局、ジュジュはそのままミシャの家に泊まっていった。




