三話 初めてのお仕事
戸締りはしっかりとした。
荷物も持った。
ミシャは一つ一つ、確認しながら指折り数え。
「……よし、しゅっぱーつ」
自宅に背を向けて、町へ歩き出す。背中には大きなリュックを背負い、手にはつる草で編んだ籠。どこかに旅にでも行くかのようないでたちで、ミシャが向かうのは近くの森だ。
最初のころに住んでいた森――山とは、町を挟んで反対の方向にある。
そこに果物を取りにいくのだ。
教会でネールに一緒にどうですかと誘われた依頼。それは町にある菓子店からの、急を要する依頼だった。どうやら、いつもの仕入れルートが使えず、菓子の材料が足りないのだとか。
幸いにも小麦などは何とかなったが、遠方から仕入れている果物が手に入らない。
ランドール周辺に果樹園はなく、森の中で探し回るしかなかった。
そこで依頼が教会に持ち込まれた、というわけだ。
これはミシャ個人への依頼というより、教会の仕事を手伝う感じだろうか。町の入り口でネールたちと合流し、馬車で一緒に森へ向かうことになっている。
ただの手伝いじゃねえかとリオは渋い顔をしたが、ミシャにとってはこれも依頼だ。
満足な給金が出なくとも、こういう些細なことから信用を得なければならない。そしていつかはアルテミシア・シェルシュタインへの依頼、というものを請け負えるようになりたい。
これはそのための最初の一歩。
「がんばるぞ……」
ミシャは気合を入れるように、ぐっと手を握った。
○ ○ ○
草を掻き分ける。
ひたすら、目当ての品を探す。
だが、指先が泥や土にまみれて黒ずんでも、探しているものは手がかりすらない。疲れたミシャが寄りかかった大木は、確かに甘い果実を実らせるもので、実る時期のはずなのに。
「おかしいなぁ……」
事前に書物で勉強した限り、ここで見つからないというのはありえない。
仮に獣に食われていたとしても、その残骸が残っているはずだ。周囲にそれすらも無いということは、もしかすると旅人か何かが売買目的で根こそぎ採っていったのだろうか。
なお、ここは個人所有の果樹園の類ではないので、それ自体は罪ではない。
ないのだが、こういう時は何ともいえない気持ちになってしまう。
「こっちには無いぞー!」
「こっちもだ!」
周囲に散らばった他の人々も、次々に空振りの報告をあげる。
この様子だと、この辺りにも果物は無い、と判断せざるを得ない。ミシャだけでなく、他の人々もだいぶ疲れが着ている様子だ。中には木に登ってまで探した人もいる。
「やっぱり前の寒波が……」
「だなぁ」
近くに腰を下ろした中年男性二人が、ため息混じりにぼやいた。
ミシャがランドールに来る少し前、この辺りは季節外れの寒波に見舞われたそうだ。一週間ほど雪の季節のように冷え込んで、作物がだいぶ傷んでダメになったという。
ダメにならずとも収穫時期がずれ込むなど、いろいろ大変だったそうだ。
その影響が、こうしてまだ残っている……のだろうか。
もしもそうだったなら、探すだけムダではないか、という気がする。実る時期がずれ込んでしまったなら、この木々が果実をつけるのは当分先になる可能性が色濃い。
何よりも、花すらついていないのだから……。
「でも、何とかならないかなぁ……」
果物が見つからないと、お店の人はとても困る。そして、お店の人が作るはずだった商品を楽しみにしている、お客さんも困る。それは、とても悲しいことだ。
ミシャは籠を抱えて立ち上がり、さらに森の奥へと進んでいく。きっと、どこかに一本ぐらいは空気を読まず、果実をつけている木があるはずだ。これだけ広い森なら、きっと。
途中、休憩中の人々とすれ違う。
彼らは森の奥へ奥へと進むミシャを少し視線で追いかけ、しかしすぐに目を閉じた。すでに数時間ほど探し回って、みんな疲れきっているからだ。けれどミシャは必死に、奥を目指す。
「……った」
とがった枝の先端で肌を切る。手当てするほどでもない擦り傷なので、無視する。ぱきんぱきん、と乾いた枝を踏み折りながら、ミシャは薄暗さを増していく森をひたすら進んで。
――かすかに、甘い香りがするのに気づいた。
足を止め、犬のようにスンスンと鼻を鳴らして方向を探す。香りはかすかにそよぐ風上、ミシャから見て右の方角からしていた。花の香りかもしれないが、確かめないと。
もしかしたら、果樹の花かもしれないのだから。
そして身の丈ほどある草の壁を、片手で掻き分けぬけた先。
「あ……!」
赤い果実をつけた、木があった。
森の奥にしてはやけに日当たりが行き届いた、ぽかぽかと暖かい場所。これはミシャにしかわからないが、かすかに精霊が集った気配が残っている。ここは彼らの通り道のようだ。
そういう場所は、自然が豊かであることが多い、と書物にはあった。
一歩踏み出したミシャの足元で、きらりと光るのは魔石の粒。
それも、たくさん。
「わぁ……」
思わずそれらを拾いそうになり、慌てて今回の目的を思い出す。
あらかじめ渡されていた笛を吹き鳴らし、発見を知らせた。
草まみれになりながら現れた人々は、大喜びで果実の収穫にいそしみだす。もっとも、ミシャは疲れがどっと出てしまったのか、ぺたんと座り込んで動けなくなってしまったが。
情けなく思うミシャに、人々は次々と感謝の言葉を向けた。
それがくすぐったくてうれしくて。
あぁ、この言葉や笑顔をもっと聞きたいし見たいなぁ、と心の中で思う。
日当たりもいいしここで休憩して戻ろうという話になり、ミシャのそばでは食事の準備も始まった。それが出来上がるころには、おそらくミシャも動けるようになっているだろう。
「アルテミシアさん」
そこへ、ネールが紅茶が入ったカップを手にやってくる。
「お疲れ様でした。これで一歩前進、といったところですね」
そんなねぎらいの言葉に、身体の疲れなどすっかり消えうせていった。




