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ランドールの魔女  作者: 若桜モドキ
二章 -困った人を助け隊-
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一話 踊り羊亭

 町外れの、庭がそこそこ広い小さな家。

 そこがミシャの新しい家だ。

 例の騒動の次の日、ネール以下教会の力自慢の男性陣に、小屋の中の荷物――主にあのテーブルを運び出してもらったのだ。使ったものが使ったものなので、捨てるにはもったいない。

 半日ほどかけて移動し、とりあえず家まで運び込んだ。

 ミシャはその間、長く使われていない家の中を必死に掃除していた。とりあえずすぐに使う場所――キッチンや寝るところを中心に。数日かけてきれいにしていくつもりだ。


「よいしょっと」


 ゴミを家から引っ張り出して、庭の片隅に積んでいく。こういうのを回収する仕事をしている人がいるらしく、後で地域ごとに定められているゴミ置き場へと持っていくのだ。

 家の中は大体片付いてきて、テーブルもすでに運び込まれている。

 畑として耕すために柵で囲ったスペースは、まだ雑草が茂っているけれど、いずれそこそこ見栄えのいい畑にする予定だ。少しずつ、この場所はミシャのアトリエになっていく。

 彼女が、長く暮らしていく場所に。

 魔法使いの住まいは、一般的にアトリエと呼ばれることが多い。

 大昔に、芸術と同じような意味合いで扱われていた名残だそうだ。当時は魔法はまだ未発達のところが多く、魔素という便利なものも存在しなかった。

 魔石は宝飾品としても重用されていて、つまり金持ちの道楽だったのだ。

 そういうこともあってか、当時の魔法のほとんどが金持ちが喜ぶようなもので、同じような立ち居地にいた芸術関係と一緒くたにされていたという。

 その後、魔法の研究は進み、道楽から技術へと変化したが、そういう部分がそのまま残ってしまったようだ。ミシャは工房よりオシャレで、残ってくれてよかったと思っている。


「……これで環境が少しでも変わっていればなぁ」

 家の中で小さくつぶやく。


 窓からこっそりと外を覗くと、近所の家の硬く閉ざされた窓やカーテンが目に入った。

 まだ、住民は魔法を受け入れてくれていない。

 もろもろの事情から、ミシャがこの町にいることだけは、渋々認めてくれた。店に行けばそれなりに会話も弾む方だし、買い物もできる。前のように逃げられたりはしなくなった。

 でもわかっている。

 それは、恐怖からだと。

 彼らはミシャを、魔女を受け入れたのではない。

「今日も明日も、がんばるぞ……」

 だからミシャはグっと手を握り、言い聞かせるようにつぶやいた。

 そのための手段ならある。あとはどれだけミシャが、彼女の魔法が答えられるか。彼女はテーブルの上にある一枚の紙切れを手に取った。そこには、簡潔に内容が書かれている。


 ――依頼書、と。



   ○   ○   ○



 昼過ぎのことだ。

 遅い昼食の準備をしていたミシャのところに、リオがやってきたこう言った。


「今から酒場にメシ食いに行くぞ」

「……はい?」


 午後からは早速畑を作ろうと思っていたミシャは、いきなりの誘いに唖然とする。

 こんにちはなどの挨拶も何もなく、いきなりだったからなおのこと。かろうじてまだ作ろうとしていたところだったからよかったが、これで食べている最中だったら大変だった。

「あの、いきなり行くぞと言われましても」

「いいからいいから。さっさと身支度してこいよ」

 ……まるでミシャの話を聞いていなかった。

 そういういきさつで、ミシャはリオと共に酒場にやってきた。

 領主の息子と一緒だからなのだろうか、以前ほどは露骨な監視する視線はそう向けられなくなった気がする。ただ一人になったときの反動が、ミシャは少しだけ怖かった。

 物語だと、一人になった瞬間取り囲まれたりするものだ。

 女性はそれなりに恐ろしい。さすがに数人の女性に取り囲まれたりしたら、挙句に殴るけるなどをされてしまったら。ミシャには護身術などないし、されるままになってしまうだろう。

 怖いなぁ、と想像に震えつつ、ミシャはただリオについていくしかない。

 町の大通りに出てしばらくまっすぐ進み、途中で入り組んだ細い道に入る。この辺りは地域の住民が使う商店が多いようだ。かわいらしいアクセサリーに、少し目を奪われそうになる。

「余所見してるとおいてくぞ」

「は、はい……」

 そのつどリオに睨まれ、慌てて追いかけた。


 それを何度か繰り返しつつ、たどり着いたのはきれいな店舗の前。

 見た目はオシャレで喫茶店のような感じだ。実際、昼からも営業しているらしく、その時はカフェということになっているのだと言う。近所のご婦人や若い娘の、憩いの場だとか。

 オープンカフェにはデート中なのか、若い男女が目立つ。自分たちの世界に入ってしまっている彼らは、ミシャの存在には少しも気づかない様子だ。幸せそうでちょっと羨ましい。

「ここはこの町の名物なんだよ」

「へぇ……」

 踊り羊亭、という名前のこの店は、立ち寄っただけの旅人もやってくる。

 もちろん町にある宿の宿泊客も、地元の人間もだ。

 ここにあるのはうまい料理とうまい酒、そして――情報。時には領主や教会以上に情報が早く多く集まることもあって、何かしらの『依頼』も持ち込まれるそうだ。

 教会にも『依頼』というか頼みごとは舞い込むそうだが、そっちは子守だとかペットの捜索だとか、実に穏やかなものが多い。酒場の場合は人探しや……山賊の討伐などが多いという。


「ま、今のお前じゃここの依頼の役には立たないだろうさ」

「じゃあ、何でつれてきたんですか」

「顔見せだよ。いずれ情報を求めてここにくるかもしれないだろうし、できるだけ味方は多い方がいい。俺やネールが、いつでも助けられるとは限らないわけだからな」

「はぁ……」

「ここのマスターは気のいいおっちゃんだ。頼りになるぜ」

 からんからん、とベルを鳴らす扉を押し開く。

 昼ご飯時を過ぎた店内は、少しだけ閑散としていた。それでも子供をつれた若い夫婦や、祖父母らしき老夫婦が孫と一緒に、ケーキやら料理やらに舌鼓を打っている。

 酒場と言われても信じられないほどきれいな店内に、ミシャは思わず唖然とする。

 店の中央には、かわいらしい制服を来たウエイトレスが経っていた。


「いーらっしゃいまっせー!」


 くるり、とスカートをヒラヒラさせながら、ウエイトレスが振り返った。

 こげ茶色の髪を長く伸ばし、二つに分けて左右の高いところでまとめている。ミシャから見ても充分にかわいらしい格好の彼女は、にっこりと満面の笑みを浮かべて。


「ようこそ! 踊り羊亭に!」


 と、言った。

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