零話 遠い炎の記憶
それは、どれほど昔の話か。
教会が保有する古い記録にのみ記される、のどかな町の凄惨な事件。
始まりはわからない。ただ終わりだけが伝えられるそれは、町のほとんどを焼き払うほどの災厄だった。そしてそれらは町に住んでいた二人の魔法使いにより、起こされた人災だった。
魔法使い同士のプライドのぶつかりはいつしか町を飲み込む大火となり、勝者も敗者もいなくなった焼け野原――かつての町に戻った生き残りの人々は叫んだ。
――あぁ、魔法などやはり悪魔の力なのだ!
最初に灯った恨みの火は、復興が進むごとに強く輝く。
それはいつしか町に暮らす人々の、共通の信念へと変わっていった。
そんな過去を背負う、メルフェニカ王国ランドール領の小さくも華やかな町に。
「ついたー」
一人の少女がやってきた。
彼女は意気揚々と、事前に連絡をしていた不動産の店に向かう。これから彼女はこの町で暮らすのだ。その青い瞳にはキラキラとした希望が光り、疲れているはずの足取りも軽い。
住民の中には、見慣れない少女に興味の視線を向けるものもいた。特に同年代と思われる若者は露骨なぐらいに意味深な目を向け、仲間とヒソヒソと耳打ちしあっている。
それくらいこの少女――アルテミシア・シェルシュタインは、好感を抱く育ちのよさそうな少女だった。長い黒髪をスラリと伸ばし、白と青が基調の衣服はシンプルだが可憐さもある。
上は白いブラウスとベストで、スカートは一番上に硬くポケットがたくさん付いたエプロンのようなものが付いている。その下にはふわりとした白いスカートが、何枚か重なっていた。
足元は皮のブーツ。腰にもぐるりと太めのベルトが、ゆるく斜めにつけられている。
少女の普段着というにはゴツく、旅装束にしては少々ラフな格好の彼女を、住民は好意的に受け止めていた。少女もこの町にやってきてよかったと思っていた。
しかし双方共に、決して小さくは無い『誤算』があった。
それは、この町が国立の魔法学校を有するほどの魔法国である、メルフェニカ王国に属する土地でありながら、国内はおろか世界でも類を見ないほどの『魔法嫌いの町』で。
彼女は適切な教育を受けた『魔女』だったこと。
何も知らない少女は、ようやくたどり着いた店の扉をノックする。
こうして、羽ばたきたての見習い魔女の、新天地での生活が始まった。




