なんでもない人間とアンドロイドの週末の朝
機械化万歳!
昔の映画では『機械に頼りすぎて人間がダメダメになってしまい滅ぼされる』や『社会を乗っ取られて機械社会になる』みたいな題材が流行った。そのあと、実際にAIが反乱を起こしたけどなんやかんやあって平和になった。
ちなみに人間は懲りてない。
自動調理ポットから朝の朝食のスープをニュースを見ながらスプーンですくって口に運ぶ。週末のコトコ・ヒイラギの食事は平日の余り物を全部入れてスープにしてしまう。今は遠いヒイラギ家の風習だ。
コトコの代わりに食後の珈琲を丁寧にドリップしているのは、メタテック企業のアンドロイドのエデル。AIの反乱を起こした原因の一社である。株価暴落を経てから返り咲いた一社でもある。
「コーヒーなんてドバドバお湯を注げば早く淹れられるのに」
「何を言っているんです。雑味が出てしまいます。本来ならば食後に香りを楽しみながらゆっくりと一滴ずつ淹れていくことに本義があるのに、私が代わりにあなたの食事中に淹れているんです。って、ああっ。また食べこぼしをして」
食事機能がないモデルのアンドロイドの珈琲への情熱的な抗議。だが、コトコは聞き流した。視線はアメリカ製のアンドロイドの頭にある三角巾へ向かい、それから白い割烹着にいく。
「ちょっと掬うの失敗しただけじゃん。小姑め」
「一体誰のせいでこんな学習結果になったと思うんですか」
「わからないなぁ。もっと、こう、アメリカンな性格になると思ったのに……別に私が日本人だからって合わせなくていいんだよ」
スープを食べながら、また少しコトコは零した。すかさずエデルが布巾で拭うが、コトコはリモコンに手を伸ばしてテレビの電源を入れる。ニュース番組の途中だった。
『あなたを裏切らず、あなたのための人間にもっとも近いパートナーです!』
英国の営業マン風な男がレポーターのインタビューを受けている。画面のテロップや煽り文、そして、企業の展示ブースのような背景をコトコは眺めた。クレイ&クラウン社の新製品のオルガノイドのリリースニュースだった。
「”アレ"、機械ですね」
「そうなの?」
インタビューを受けている男はコトコの目からは人間にしか見えなかった。コトコのすぐ脇でお湯を一滴ずつ注ぐアンドロイドと見比べる。コトコの視線を受けて、エデルの瞳の奥の人工回路に青い光が走った。人間の質感とほぼ変わらない人工皮膚に覆われた顔が、エデルを試すように微笑む。
「人間には見分けがつかないでしょう。彼のボディの七割が有機物ですからね」
「七割人間ってことか。抱きしめた時に体表を氷点下に下げられて拒絶されることはないのか」
「私、そんなことしたことありませんよ」
「たまにわざと冷たくするじゃん」
「いい反応するからでしょ」
朝の軽口が飛び交うリビングでニュースは淡々と流れていく。オルガノイドは脳の一部や有機物を支えるフレームパーツ以外は有機物―― 人間の遺伝子構造の『肉』だと説明されたのを、コトコの耳が拾い上げた。
「私が子供の頃にあったクラスみんなで豚を育てて学年の最後に『食べるか、飼うか』を決めるのに良さそうだよね。ほら、オルガノイド豚なら、『おいしく食べてね!』って本人が給食中に言える」
「あなたは日本の小学生を全員ベジタリアンにしたいんですか」
「無理だよ。日本人のDNAは寿司を食べれないと生きていけないんだから」
「それはあなたの感想でしょう」
「国民の七割の総意です」
そう冗談で区切ったコトコは、リリースニュースが終わるとSNSサイトを開く。そして、やはり、と呟いてからスプーンを置いた。
「『あなたを裏切らず』って完全にメタテックとかアンドロイド製造会社に対して喧嘩売ってるよね。まあ、可愛い煽り?」
「製品アピールでしょう。一部は機械であっても脳の大部分は有機物です。食事も出来るようですから、ライバル製品ですね」
「しかも、イギリス製でしょ?いいなぁ。ホームズモデルとか出たら、もう、萌えるね」
コトコがニュースを見ながら発言した次の相手が何も入らなかった。ちらりと、コトコはエデルを見る。エデルの瞳の奥の回路光は警告色だ。
「……コトコさん」
「はい、なんでしょう、お母様」
「誰がお母様ですか。なんですか、私からオルガノイドに鞍替えですか」
「なんでそんな話になるのよ」
「あなたが好みの話をしたからでしょう」
「あー……好み?」
そこでコトコは腕を組んで、首を傾げる。何か思い出すように視線を彷徨わせる。それから淹れたての珈琲が入ったカップを持っているエデルの頭の上からつま先まで時間をかけてみた。
「私、お肉はちょっとなぁ。いや、質感はいいよ。でも、メカバレしても生々しいんでしょ?血は真っ赤だろうし……チューブから青い血が漏れ出て、強化グラスカーボンの光沢のある黒いフレームが剥き出しに……あ、よだれが」
「シンプルに変態ですね」
カップから立ち昇る香りを嗅ぐように分析したエデルは表情を無に切り替えた。そして、カップをコトコの前に差し出す。
「次回の私のメンテナスは別の方にお願いします」
「却下。支部長権限で私がやる」
冷めかけた珈琲を口に流し込むコトコはそう言うと、テレビを消した。




