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死者物語  作者: 海豹釣太
5/10

あなたと私の誕生日

 私達の間には鏡がある。


 一枚の、ひとつながりの、透明で薄い膜のような、それでも決して壊れる事のない鏡があった。


 私はレオノールの髪を梳くのが好きだった。


 レオノールは私の髪を梳くのが好きだった。


 私達はそうして向かい合わせで、互いの髪を梳くのだ。鏡うつしの自分の髪を梳くのだ。


 私達はひとつだった。


 昨日までは、間違いなくひとつだったのだ。


 私達は先日の午後、森に散策に出かけた。私達は木の匂いが、苔の匂いが好きだった。私達はそれぞれ母さまの手にぶら下がるようにして歩いていた。すると、あるとき鳥が一声大きく啼いた。


 レオノールはそれに驚いたのか、気を引かれたのか――声のした方向を見ようとしてよろめき、転んでしまった。私と母さまは急いでレオノールを起こそうとしたのだけれど、レオノールは左目のあたりから血を流して、震えながらうずくまっていた。


 それから長い事、私はレオノールに会う事が出来なかった。父さまも母さまも、私がレオノールに会う事を許してくれなかったからだ。私は、生まれてからただの一日だってレオノールと離れ離れになったことはなかったのに。私は体を引き裂かれたように感じた。


 数日、或いは数週間が経って――私はようやくレオノールに会う事が出来た。ベッドの上に横たえられたレオノールは、私が最後に見たときのままの様子で、青い顔をして震えていた。


 泣き腫らした目をした母さまが、私に教えてくれた。


 レオノールは左目を失ったのだ、と。


 それが、昨日の話。


 そして今日。ようやく、私はまたレオノールと一緒のベッドで寝る事を許された。


 レオノールは、昨日も今日もベッドから出ようとはしなかった。それでも私が部屋に入ってくるのを認めると、レオノールはほんの少しだけ微笑んだ。


 ベッドの中。星々の明かりだけを頼りに、私はレオノールの顔を見ていた。レオノールの顔の半分を覆っていた包帯は、今は私の手の中にある。


 母さまが私に嘘をつくはずなどないのだけれど、それでも――わたしは信じたくなかった。信じたくなかったけれど、それは本当の事だった。


 私は食堂から持ってきたスプーンを取り出す。


 私とレオノールがデザートを食べる時に使う、おそろいのスプーン。


 私はそれを、右の眼に当てた。


 ……だけれど。


 右の眼を刳り抜こうとする私の手を、レオノールは泣きさえして止めた。


 悲しいと。何故だかそれは酷く悲しいことなのだと、レオノールは私に訴えた。


 私達を分かつのは鏡なのか。そもそも『私達』? 私達は『わたしたち』ではなく『わたし』であったはずなのに。


 私達は同一のものであったはずなのに。


 私達は鏡を割った。


「男の子ならレオン、女の子ならノエルと名付けようと、そう決めていたのよ」


 母さまはよく、そんなことを言っていた。


 私はノエル。あなたはレオノール。


 それならば私達が鏡映しなのは、恐らくは、私達には計り知れない――いわば運命のようなものだったのだろう。


 私はそっと、レオノールに口づける。


 レオノールはそっと、私に口づける。


 私達はひとつではなくなってしまったけれど――


 私はかわりにあなたを、あなたは私を手に入れる事が出来たのだから、これはきっと仕合わせな巡り合わせなのでしょう。


 閨に差し込む月の光も柔らかく。


 今日は、わたしとあなたの誕生日。




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