表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者物語  作者: 海豹釣太
4/10

刃の時間

 私がここに売られてきてから、半年が経った。


 私は長い事――とはいっても、恐らくは三年かそのくらいの間――路上で暮らしていた。冷たい石畳の上で、数人の仲間と、たったひとりの妹と一緒に、苦しいながらも生きていた。


 けれど、ある寒い晩。妹を塒に残し、一人で食べ物を探しに行った私は、見知らぬ男に捕まり。そうして何人かの人間を経て、私は結局ここに流れ着いた。


 ここは悪くないところだった。屋根があって、壁があって、ベッドがあって。食べ物も三食、欠かさずに貰えた。塩スープとパン。たまに肉や牛乳が与えられることもあった。友達も出来た。


 私はこの半年、何不自由ない生活を送ることが出来た。


 それは全て、今日この日のため。


 


 今日、私ははじめて馬車というものに乗った。私が運ばれた先は、大きなお屋敷だった。多分貴族が所有する屋敷だろう。貴族に所有されているという点では、私も変わりないのだが――私はこんなに立派ではなかった。


私は暗い廊下を歩いて、円形の広間に通された。


 二階には客席があり、大勢の身なりの良い人間が、談笑したり食事をしたり、思い思いに楽しそうにしていた。私がその広間に入ってきたことに気づいて、幾らかの人間が私に注意を向けたようだったが、私の存在などまるで気にした風のない人間も多かった。要するに、私の生き死になどというのは、その程度の事なのだろう。


 今日から私は、剣闘奴隷として戦うことになる。私は子供で女だけれど、私と共に訓練を積んだ仲間は子供ばかりで、女も多かった。


 ここで戦わせられるのは子供だけらしい。


 さあ、これが初戦だ。この戦いに勝てば、私は晴れて剣闘士の仲間入りを果たすことが出来る。今日の相手は、私とは違う訓練所の人間らしかった。


 私にはただひとつだけ、心に決めたことがあった。もしも、もしも生き別れた妹とこの場で相対したのならば。そのときは、私が死のう。


 正面、私が入ってきたのと反対側にある扉が開き、対戦者が現れた。その姿を見て、私は幾らか安堵する。対戦者は女の子だった。歳も多分、私と同じくらいだろう。私も自分の訓練所の女のなかでは強い方だけれど、男が相手だと苦戦するかもしれなかった。


 対戦者がこちらに歩み寄ってくるのを見て、私も前に足を踏み出した。広間の中央で距離を置いて、私と対戦者は対峙する。


 対戦者の唇が微かに震えるのが見えた。


「……グレッダ」


 それは懐かしき友人。大切な友人。あの冷たい冷たい石畳の上で一緒に生きていた仲間。


 だけど。


「……だけど、あなたはわたしの妹ではなかったわ」


 だからここからは刃の時間。


 どうあったところで、あなたとはもう二度と、笑い合う事はない。


 さようなら、わたしの友達。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ