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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

暗躍の暗号

掲載日:2026/03/18

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へえ、世界の暗号集ねえ。またトンチキなものに手を出したなあ、つぶらやくん。

 まあ暗号てロマンがあるから、興味わくのも無理ないよね。限られた人しか読めない方法て特別感あるからなあ。防諜とかのリアルな面のメリットもそうだけど、風情が感じられるよね。

 僕の好きな暗号は、あぶり出しだな。知っての通り、かんきつ類の果汁を用いて字を書き、のちほどそれを火であぶることによって表に出すやり方。果汁の糖分があぶられることによって焦げ付き、筆跡を示すんだったっけか。

 我々、これらの特性を知ってから利用しているわけだけども、世界にはまだまだ知られていない秘密の伝達手段が存在していると思う。ひょっとしたら現在進行形で増えているかもね。

 そいつらを知っておかないと、いずれ思わぬ落とし穴にはまってしまうかもしれない。

 実は僕もむかしに、ちょっと特殊な暗号にかかわったことがあってね。そのときのこと、聞いてみないかい?


 なにもないところで、つまずく。

 漫画とかでは、あたかもギャグシーンであるかのように描かれ嘲笑の的にされるけれど、現実世界でも想像以上につんのめることはないかい?

 僕の場合は、特に靴を新しくしたときに多い。履き心地うんぬんもあるけれど、転入生補正がかかるんだろうな。

 ほら、学校で新しく人が入ってきたときとか、みんな興味をもっていろいろ尋ねたりするっしょ? しない?

 特別から日常へかみ砕かれていくまでのボーナス期間のようなもので、多くの目と意識が集まるからちょっとした変化も気に留めてもらえる。そいつが身に着けたものにも個人レベルで発動するってわけ。

 使い込んだものがダメージを受けてもさして気にしないが、新しいものならばそこへ神経が注がれる。


 僕もまた新しい靴にしたときに、つい気にしてしまったんだ。

 特に学校の校庭。運動に適したスニーカーだというのに、体育の徒競走でつんのめったのを皮切りに、あちらこちらでね。

 おかげで2週間たつころには、つま先部分がややぐらつき出す始末。靴の中まではむけていないけれど、砂や石がはがれかけのすき間へ飛び込んでくるようになっていた。

 子供心に自分でなんとかしたいと思い、目立たないように透明なセロハンテープを貼るも焼け石に水。外気と衝撃にさらされて、あえなくその身を散らしていくばかりだった。

 かといって、ここから新しい靴を買ってもらえる望みは高くない。物は大切に扱え、とは我が家の家訓だったからね。


 このつんのめり、てっきり僕だけが気にしているかと思いきや、クラスメートのひとりが唐突に声をかけてきた。

 クラスの女子の中でも、いっちゃあ悪いが無口で陰気で、なにを考えているか分からない子。必要な連絡事項以外で、めったに話したことがなかったから、まさか向こうから話しかけてくるとは思わなかった。


「……次、つんのめるときがあったら、気を付けて」


「なんだと?」


 聞き返す僕に、彼女はすっとポケットから畳んだ紙を取り出して、広げて見せた。

 運動会の時などで配られるプログラムの中にある、校庭の全体図。そのあちらこちらに赤い点が打ってある。そのうちのひとつは、今朝につんのめったポイントだった。

 もしや、と思って彼女の顔を見返すと、僕がつまずきはじめてからずっと、その場所を追い続けていたらしい。


「え~、ストーカーじゃん、それ? なに、僕のこと好きなん? それならもっとモーションかけてくんないとさ……」


 心にもないから、ぺらぺら話せる。

 元より暗めな表情に、いまは険しさが加わってまるで怒っているかのようだ。その圧をかわしたくて、軽口をひねり出しているにすぎない。

 彼女も、そのへんは察したのだろう。「放課後に、体育館裏にきて。続きはそこで」と話して紙をしまい直してしまう。表情だって固いままだ。

 このやりとりだけでも、彼女相手には最長会話記録だろう。そうまでして僕に伝えたいことは何だ?


 約束通りに向かった、体育館裏。先に待っていた彼女が例の紙と一緒に、手に握りしめていたものがある。

 ライターだ。小銭で買える、けれど火をつけるには十分な代物であるポケットアイテム。校則では携帯を禁止されているもの。

 彼女は僕が近づいてくると、言葉をつむぐより先にライターへ火をつけた。

 先にも話したように、僕はあぶり出しに関心があったから、てっきり彼女が紙をあぶって暗号でも見せてくれるのかと思っていたよ。

 が、彼女があぶったのは紙ではなく、自らの手の甲。ライターの火にほんの数秒あてがわれたその皮膚は、どろりとこぼれ落ちた。

 親指ほどの大きさをしたその穴からは、銀色の板らしきものがのぞいていたよ。しかも、それは角度を変えずとも、表面に虹色の波紋らしきものがときおり広がると来ている。


「……遠いところからの留学生。そうとでも思っておいて、わたしを」


 目を見張る僕の前で、手袋をはめながら妙な倒置法を披露する彼女。

 そして僕がこれまでにつまずいたポイント。それは彼女のふるさとではサインになっており、こう読み取ることができるそうだ。


『この地、あげます』


 つまり僕はこの大地にあるものを、彼女のふるさとへ進呈する。その文書を書かされているのではないか、という疑惑があったらしい。

 彼女の銀の手を見なくては、まず信じていなかったが、あるいはとも思う。彼女のふるさとは一度許されたならとどまることを知らず、いただいていくだろう……とのこと。


「……悪い、なんか頭ぐるぐるしてきたわ」


 そういって、ちょこっと踵を返したとき。


 盛大につまずいて、転んだ。体育館裏の土にだ。

 そこにはきっちりスニーカーのつま先の形に穴ぼこが開いたが、彼女はいっそう顔をしかめた。

 空を見上げる彼女。僕も続いてみると、先ほどまで晴れ渡っていた空に、どこからか紫色をした雲が突然に、大量に湧き出てくるのが確認できたんだ。


「受け取りが、すんじゃう!」


 叫ぶや、彼女は僕のつんのめったところよりも、わずかに後方で靴のつま先で地面を刺す。そのまま後ずさりしながらぐりぐりと線を書き足していった。

 時間にして、ほんの5秒ほど。彼女のその奇妙な動きが終わるや、空の雲はぴたりと止んだかと思うと、現れた時と同じようにたちまち消えていったんだ。


 彼女いわく、これまでのいっさいがっさいを否定する言葉をつけたしたらしい。ここでいうなら「なんちゃって」とかに相当するようなものだとか。

 そこから卒業まで、彼女にはそれとなく見張られ続けたなあ。また暗に、ここを利用される道具にされやしないかとね。

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