第〇話 夢のお告げ
※中盤に非常に重い展開が含まれますが、最後は必ず幸せになります
これは、独唱が合唱に変わるまでの、愛と絶望の物語。
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夢を見ていた。
私は四つん這いで、床を見つめていた。そうでもしないと、体を支えていられないのだ。目の前から発せられる、尋常でないプレッシャー。冷や汗をべたりとかく。
目の前から光が溢れ出ていて、それは目を焼くようだった。人間には、過剰過ぎる光。
そして、太陽が間近にあるような熱。夢じゃなかったら、私は焼け死んでいるだろう。
目の前の存在が話し出す。
「我は神。救世主は、汝。芽詩 アリア」
頭に直接響くような、何の音にも形容し難い音。キーン、とか、ズーン、とか、そんなもの。私の耳には、異音にしか聞こえない。
いや、もしかしたら音など鳴っているかも分からない。ただ、空間は激しく揺れている。
「お主の能力は、相手に心底の後悔を植え付けること。
名付けて、『神よ、なぜ私を生み給うた』上手く使えよ。
では、さらば」
世界が闇に包まれる。空間の熱が急激に下がっていく。あまりの温度差に、凍死する幻覚を見た。
ガバリ!!
布団を持ち上げ、上体を起こす。
冷や汗がべたりと服を貼りつけていた。
「……は?」
目が覚めて、第一声。状況の飲み込めていない声が漏れた。
「わ、私が……救世主? まさかね……」
動揺を抑えて、窓をみる。
朝七時、日は既に出ている。昨日と変わらず、穏やかに鳥が鳴いていて、この八畳間に変化はない。石の壁に、木の床。いかにも田舎らしい小さな家。
ともあれ、今日も活動に行かなければ。私はヴァルメア王国、ウィスパーブルック村の、無名の平和活動家である。戦争などやめようと訴えるのだ。
チェストを開ける前。鏡に写った姿に違和感を覚え、一歩下がる。
鏡に己を写すと、どうだろう。
「は……?」
……髪が、真っ白だ。目は、アイスグレーだが、白に近い。朝日に照らされて、パールのような光を放っている。
息を飲む。鳥肌が止まらない。
まさか……本当に私は救世主になってしまったのだろうか。
そんな大層なものに、私なんかがなれる気はしない。
でももし、本当になれるのなら……少し、頑張りたい。私は微かな期待に胸を膨らませて、質素なパンとスープを摂った。
看板と水筒とパンを持って、市場へ行く。午前中は市場が賑わうから、活動時間だ。
木の板には布を貼ってあり、“戦争をやめよう”と書いてある。
市場の端っこで、私はそれを掲げ続けた。
「今日もやってるよ……」
冷ややかな声。
だが、私は屈しない。この瞬間も戦争はどこかで続いていて、誰かが悲しんでいるのだから。
そこに、いつものおばあちゃんが通りかかる。
「今日もありがとうねぇ」
「いえ、私の使命ですから」
おばあちゃんはそう言って、私の手に飴を握らせてくれる。
私は胸がじんわりと温かくなって、目を細めた。
「残りも頑張るんだよ」
「ありがとうございます」
こういう人もいるから、私はこの活動を続けていられるのかもしれない。感謝してもしきれない。
正午の鐘が鳴る。
私は看板を下ろし、近くの公園に向かった。
木の下に座り、木漏れ日を浴びる。爽やかな風が吹き抜ける。
安いパンは固いが、私にはこれで十分だ。
私の髪と目の色が変わった以外は、いつも通りの昼。
「おばあさんしか話を聞いてくれなかったな……」
進歩が目に見えない日々。だが、きっと見えないところで何かが変わっているはずだ。
「だから、午後も頑張ろう」
私は立ち上がり、また市場へ向かった。
午後も看板を掲げる。日が傾いてきては、寒さが増す。
ふと、仕事帰りのお兄さんが、私の前で止まった。
看板を見て、ぽつりと呟く。
「……そうだよな。戦争はやめないと」
「!! そうなんです、戦争はやめないといけません」
お兄さんが頷く。
そして何やらカバンをゴソゴソ探り出す。
差し出されたのは、押し花にされた小さな野花の栞。
「これ、俺の庭に咲いてたやつ。訴えてくれて、ありがとうな」
「っ、いえ。私の使命ですから。ありがとうございます」
受け取り、思わず涙が滲む。
「……戦争がなければ、こんな花もずっと見ていられるのにな。……いつも君のこと、見てるよ。明日も頑張れよ」
「はいっ」
私は力強く頷いた。
十七時になり、私は市場を離れ、村の小さな孤児院に向かった。
ここで読み聞かせをして行くのが、私のルーティンなのだ。
「アリアお姉ちゃん、髪の毛変わった!」
「そうなんだ、変わっちゃった」
女の子が私の髪を触ろうとするので、屈む。
「きれい!」
小さな手の中で、白金の髪が輝く。
この光を見ると、神というものを信じないではいられなかった。
「今日は、この話を読みます」
「なになにー?」
十人ほどの子供の前に座り、絵本を持つ。
「『灰色の空と、飛べない鳥』」
私は穏やかな声で、語り始めた。
初めの空は、青かった。鳥は楽しく飛び回る。
しかし、戦争で、空は灰色になっていく。空に汚された鳥は、空を飛べなくなった。
「鳥は最後に言いました。『誰も飛ばなければ、誰も悲しまないかなぁ』おしまい」
本を閉じる音が響く。
「……アリアお姉ちゃんは、お空、飛べるの?」
男の子が首を傾げる。
「……飛べないよ。でも、もうすぐ飛べるかも」
救世主になれるのなら。私は目を細める。
「……アリアお姉ちゃんは、飛んだらどっか行っちゃう?」
「ふふ、そんなことないよ。また、ここに戻ってくるよ」
「やくそく!」
「うん、約束」
男の子と小指を交わす。
穏やかな笑み。無邪気な笑み。
この時は、確かにここに戻ってくれると信じていたのだ。
そして、こんな小さな願いは、ついぞ叶えられなくなってしまった。




