1-4 王殺しのメソッド
× × ×
革命勃発から二年が経った。
相変わらず自分は付き人のジーナの膝を借り、読み聞かせの形で勉学に励んでいる。
王都方面からは不穏な話が山ほど伝わってくるが、北の辺境は比較的平穏を保っていた。
それは我が父・ファニョン伯が領内の革命派を見つけ次第、斬首刑に処しているからかもしれない。
一七八九年の秋は前年より麦類の収穫高が落ち、不作が続いていたが、我が家の食卓から白パンが消えることはなかった。
そんなある日。
王都の士官学校で学んでいたはずのラファエル兄さんが、突然同級生数名を引き連れて城館に戻ってきた。
いつも気丈な兄さんの顔には珍しく悲壮感が滲んでいた。騎兵用の肋骨服に乾いた血がこびりついている。敵の返り血だろうか。
嫡男の帰宅を知り、執務室から飛び出してきたファニョン伯が、玄関先で今にも倒れそうな兄の元に駆け寄った。
「おい! 何があった、ラファエル! 疲れたなら椅子に座れ!」
「そうさせていただきます。ああ父上。大変なことになりましたね。とんでもないことになりました」
「ま、まさか。ついに革命政府が倒れたのか!」
「国王陛下が殺されました」
城館の空気が凍りついた。
「ラファエル。お前の冗談はつまらんぞ」
「幽閉先の牢獄から王党派に救出されたものの、逃走中に革命軍の追討を受けたそうです。最後は自ら剣を取られ、敵陣に突入なされたとのこと。バーミリオン王家の当主らしい、名誉の戦死を遂げられました」
兄さんの言葉に嘘が無いことは真面目な口調から明らかだった。
ライム国王・アンリ九世の死去。
熱心な王党派である我が父ファニョン伯は、ショックのあまり足から崩れ落ちてしまった。
「ラファエル。お前は何ということを伝えてくれたのだ。そうか。もはや妥協など不可能となった」
「王都では王党派狩りが始まっています。おそらく地方にも来るでしょう。オレたちがここに来る途中でも革命派の民兵団を見かけました」
「ただちに兵員を集め、迎撃の準備を始める。ラファエル。お前にも手伝ってもらうぞ」
「そのために騎兵科の同級生を連れてきました」
ラファエル兄さんらしい得意気な笑顔。久しぶりに見せてもらえた。
同級生の皆さんも兄さんと同じく地方領主の子息らしく、おのずと王党派に属していた。
彼らは命からがら王都を抜け出してきたせいか、覚悟の現れなのか、全員血の匂いに満ちていた。
はてさて。世の中がどんどんきな臭くなっていく。
ファニョン伯爵領に革命派の民兵団が迫っているとなれば、親族の僕も無関係ではいられない。
いざという時のために。脱出の用意をしておこう。
僕は一人で自室に向かう。
壁には地図が貼ってある。我が家の城館があるのは王国北部の辺境・ブランシュ州の内陸部。
革命派が中央の王都から北上してくるなら、北に逃げたほうが良さそうだ。あちらには隣国の港町がある。逃げ場にはちょうどいい。
最終的な行き先はせっかくだから新大陸。噂の魔法学校に入れてもらおう。
もちろん付き人のジーナも連れていくつもりだ。路銀を多めに用意しておきたい。彼女は遠出を嫌がるかもしれないが。
「後は衣服だな」
僕は衣装棚から女物の旅行服を取り出す。
木綿のワンピース。以前ジーナからもらった服だ。近頃は胸周りのサイズが合わなくなってきたが、一応まだ袖を通すことは出来るはず。
他にも出歩けそうな服を探してみよう。ふむふむ。結局目線が元の服に戻ってしまう。
「このワンピース、お気に入りなんだよね……」
念の為、着心地を確認しておこう。
僕は背中に生えた七本目の架空の腕で、自分の尻を何度も引っ叩く。イメージするだけで肉体が女性の「それ」に切り替わる。
「嘘だろオイ」
「ひびゃっ!?」
いきなり声をかけられたせいで全身が飛び上がってしまった。
振り返れば、士官学校の制服を脱いだラファエル兄さんが立っていた。どうやら僕の衣服を借りに来たらしい。
どうする。モロに見られたぞ。
ラファエル兄さんは右足を少し引きずりながら、こちらに近づいてくる。怪我があるならどうか無理せずに休んでいただきたい。
「ジャン。お前、それって変身魔法だろ。士官学校の授業で魔法使いに見せてもらったことがあるんだよ。すげえじゃん」
兄さんは長旅の疲労が吹き飛んだように興奮している。
こちらとしては比較的薄着の女の子なので、あまり近づかないでほしい。兄妹でも見られると恥ずかしい。
「あ、ありがとう兄さん」
「他の姿は! 例えば父上の姿にもなれるのか!?」
「僕の場合は女の子にしかなれなくて」
「そういうもんなのか。あの時の魔法使いは老若男女何にでもなれたが。それにしてもジャンにそんな才能があったとは……荷造りしてるのか?」
「衣替えだよ」
ラファエル兄さんの目つきが鋭くなりそうだったので、咄嗟に言い訳をしておいた。
弟の自分だけ逃げようなんてバレたら怒られてしまいそうだ。
かといって一緒に王党派として討ち死にするのは「美しい」かもしれないが、それは結局のところ他者の目線を気にした行為になってしまう。
僕はジャン・ド・ファニョンだが、日本人の安藤三郎でもある。
今度こそ自分の人生を生きたい。
僕は衣装棚から大きめのローブを取り出し、兄さんに手渡す。いつまでも血濡れのシャツでは不快だろう。
「ふうん。ジャンに才能あるなら魔法学校に行きゃいいのに」
「行けるものなら行ってみたいけどね」
「革命騒ぎが終わったら父上に言づけてやるよ。古文書と結婚するより絶対楽しいはずだぜ」
「ありがとう兄さん」
革命騒ぎが終わったら、か。
何となく釘を刺された気分になる。ありがたい話なのに。
僕は元の姿に戻る。さっきから兄の目線がこちらの胸元に飛んでくるせいで気が散って仕方なかった。
生理的に仕方ないとはいえ、十四歳の妹(?)のそれだぞ。勘弁してほしい。
兄さんは笑っている。
「結婚と言えば。スヴニール村のジーナ、さっき見かけたが、かなり美人に仕上がってたな。オレの同級生に縁談持ちかけてもいいか?」
「僕が院試に合格するまで誰とも結婚しないんだってさ」
「へええ。オレの弟ながらなかなかやるね。プロポーズ済だったか」
「そういうのじゃないから!」
僕はラファエル兄さんを部屋から追い出す。
久しぶりに会えたのは良かった。ただ脱いだばかりのシャツから漂う血の匂いが、何とも生々しかった。
× × ×
翌月。
我が家の城館に革命派の尖兵がやってきた。
サン=クラウザンと名乗る中年男性を代表に、武装した一般市民が数十名といった陣容だった。
彼らはブランシュ州の有力者に対し「前向きな話し合い」に来たらしいが、怒れるファニョン伯は数発の銃弾を返答とした。
すでに王殺しが行われた以上、話し合いの余地など無かった。
「今、裸足で逃げていったサン=クラウザンは国民公会の過激派議員です」
城館の窓際で外部の様子を窺っていたジーナが、こちらに来訪者の素性を教えてくれる。
国民公会とは革命政府の中央機関だ。立法議会でありながら行政府でもあるらしく、理解しづらい仕組みになっている。
前世で例えるなら国会議員全員で内閣の運営に携わるようなイメージで合っているだろうか。明確な首班を作らない形だ。
それはさておき。
「サン=クラウザン氏はどういう人なの?」
「元々は作曲家だったとか。地下新聞で彼の論説を読んだことがあります。過激分子の幹部らしく、国王の退位をしきりに呼びかけていました。共和国の設立を目指しているそうです」
「随分と詳しいね、ジーナ」
「ジャン様のお父上が情報収集用に新聞を取り寄せていますから。ああいった過激派の伸長が、先月の国王殺害事件に繋がったのでしょう」
ジーナは仕入れた話をお披露目できたからか、ちょっぴり満足そうに頬を掻いている。
彼女のおかげで王都の情報には困らない。
言わずもがな異世界に近代的な通信設備など存在しないため、情報には一週間程度の時差が発生するものの、地方に流れてくる「噂」の裏付けには十分だ。
今の革命政府は一枚岩とは言いがたいらしい。
そもそも二年前の七夕革命の時点で派閥争いは生じていた。王宮に流れ込み国王処刑を目指した過激派と、国王の命を守ろうとした穏健派の争いだ。
最終的に先んじて王座に近づいた穏健派が「国王勅令」により革命政府の中心メンバーに選ばれたわけだが、近年は世情不安も相まって過激派が勢いづいているようだ。
「サン=クラウザンは、かのコンスタン・コーム・ジュゼット・ダンジューの子飼いです」
ジーナが先の話を補足するように語り出す。
コンスタン氏。祖先は王家に繋がるとされる士大夫の家に生まれ、幼少期より周囲から「神童」と持て囃されながら終ぞ進士及第を果たせず、以後は長らく後進のための私塾を営んでいた男だという。
ある時、彼は神託を受けた。
以降の彼は革命家となった。家財を地下新聞の発行に投じ、七夕革命の際には過激派の先陣を切った。しかし当時の彼は未だ無名の存在であった。
革命後の総選挙で国民公会の議員に選出され、王国の憲法起草が始まると、彼の理路整然とした物言いが話題になった。
やがて彼の周りには彼を慕う者たちが集まり始めた。彼らはかつての地下新聞の名前から『ブランシャール派』と呼ばれ、今や革命政府の中核を担う存在となった。
その悪名は地方にも知れ渡っている。
コンスタン氏が「王殺し」の主犯であることは百姓の子供ですら知るところだ。
『鬼畜コンスタンは国王弑逆の大罪を犯した。あの者から「徳」が失われた。天網恢々疎にして漏らさず。いずれ天罰が下る』
我が父・ファニョン伯からの評価は(当たり前だが)手厳しい。
一方、ジーナは彼の強引な手腕──特に「王殺し」に至った手法を高く評価しているようだ。
「コンスタンは怪物です。国王処刑の決議案が国民公会で否決されても殺意を隠さず、あえて王宮のセキュリティを緩めることで国王陛下に脱走を決意させた上、あらかじめ用意していた伏兵で王党派の救出部隊を包囲・全滅に追い込みました。並大抵の政治家の知略ではありません」
「そんなコンスタン氏の仲間を銃弾で追い返したわけだ。僕らの父上は」
「天晴れですよね」
ジーナの皮肉に苦笑いを返しつつ。
僕は革命政府の行く末が気になってしまう。
彼らは王座に銃口を突きつけることで、長らく地方の王党派ににらみを効かせてきた。
刃向かえば、お前たちの主君が血を流すことになる──言葉にこそ出さないが、事実上の脅迫だった。それが抑えになっていた。
つまり革命政府にとって国王は味方ではないにしろ、役に立つ道具ではあったはずだ。
ところがコンスタン氏は国王を殺した。昨年には王妃も処刑している。
もはや王党派が反乱を起こさない理由がなくなってしまった。
「ジーナ。父上はどうするつもりなのかな」
「あたしにはわかりません。革命政府はファニョン伯の反乱を心待ちにしていそうですが、お父上にはお父上の考えがあるでしょう」
「父上を止めたほうが良い?」
「ジャン様の言うことを聞き入れるような方ですかね」
烏髪の付き人は緑色の壁にもたれかかり、窓の外を見つめる。
収穫を終えた麦畑は閑散としていた。




