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1-3 七夕革命


     × × ×     


 切欠きっかけは飢えだった。

 数年来の天候不順が、麦畑の凶作を引き起こした。収穫減に伴う穀物価格の高騰が、国内各地に餓死者の山を築いた。

 市民の怒りに火がつくことは必然だった。


 まずは麦価を不当に吊り上げ、独占的な利益をむさぼる(とされた)麦問屋に怒りの矛先が向いた。

 一部の市民が王都の麦問屋を打ちこわす(文字通り商家の建物を破壊したらしい)に至ると、次に世論の槍玉に上げられたのは、麦問屋に年貢麦を売却していた地方領主・地主・教会だった。


『なぜ彼らは飢えた領民に慈悲を与えず、悪徳問屋に小麦を売ったのか!』

『特権階級に無産階級サンキュロットの苦しみは理解できない!』

『徳の無い支配者には退場を願おう!』


 王都の地下新聞社が一面記事に扇情的な見出しを並べ始めた。

 各地の喫茶店では新聞が回し読みされ、飢えの元凶とされた身分制の不平等に対する怒りが広まっていった。


『坊主と貴族だけが優遇されている!』

『第三身分の声を聞け!』


 王都では市民共通の問題意識が形成されつつあった。

 結果、街頭で政治論争を行う者が増加した。

 法律家・学者・医者・商人といった中産階級ブルジョワが集まり、辻立ち演説会が盛んに行われた。

 中産階級には若年の頃に進士を目指していた子弟が少なからずいた。彼らは平民では珍しく文字を解し、聖書と経典に親しんでいる。理想政治を語ることが出来てしまう。

 おのずと世論の中心は貧民層から、生業を持ち、胃袋を満たされた者たちに移り変わっていった。


 もっとも田舎出身の弁護士が古代哲学者の理論を振りかざしたところで、大多数を占める一般市民・百姓・貧民にとっては空虚空論でしかなかった。

 理想政治を夢見るだけではなく、より実践的な改革を求める声が高まるのは自然の流れだった。


 ここに至り、宮廷政治の「はみ出し者」であった庶民派の貴族たち、および政府の官僚である進士の中から、市井に飛び降りる者が現れ始めた。

 彼らには現実政治の知見があった。


 彼らは語り合い、合同し、各地の市民に声をかけ、王都郊外の王宮前で示威デモ活動を行った。


「真の理想政治の実現には行動あるのみ!」

「国王陛下は市民の声を聞くべし!」

「奸臣を排除せよ! 平等に税を取れ!」


 当時のデモ隊は比較的穏健な雰囲気だったらしい。

 やみくもに王国政府を攻撃せず、今の国王陛下が改心し「徳」を取り戻すことを主導者たちは期待していた。


「市民の声を聞かねばなるまい」


 国王・アンリ九世は当初から市民の不満に寄り添う姿勢を見せていた。少なくとも市民の声を聞こうとしたことは確実だったらしい。

 当時の宮廷には市民の不満を汲み取る機関が存在しなかったことから、国王は身分制議会の開催を表明した。


 しかし宮廷の高官である丞相じょうしょう尚書しょうしょたちに断固反対されてしまう。

 丞相は王権は神聖不可侵にして絶対であり、歯向かう市民は不徳であると主張した。

 根暗な王妃も「知らない人がいっぱい王宮に来るのはちょっと怖い」と否定的だった。

 愛妻家の国王は折れるしかなかった。


 宮廷の体たらくが外部に伝わると、市民の怒りは一気に燃え上がった。

 過激派に扇動されたデモ隊は王宮の外にある球戯場を占拠した。

 そして「国王陛下の御為に我ら会議場を用意致しました!」から始まる宣言文・連判状をもって、改めて身分制議会の召集を要求したが──丞相の指示を受けた衛兵隊に追い払われてしまった。

 市民と宮廷の対立は決定的となった。


 折しも北の空に彗星が現れ、漠然とした恐怖が広がりつつあった。

 それは良くも悪くも関係者全員の背中を押す結果に繋がったのだろう。


 一七八七年・七月七日。

 ライム王国の近衛兵である侍衛親軍じえいしんぐんの兵士たちが、王宮前のデモ隊排除に動いた。

 将兵は発砲をいとわなかった。早朝の銃声は市民を恐慌させた。

 デモ隊は総崩れとなる。


 弾圧から逃げ延びた市民は王都に戻ると、街頭において「罪の無い市民が数多く撃たれた!」と盛んに喧伝した。

 彼らは瞬く間に数万人の群衆となり、宮殿前に戻ってきた。


 もはや近衛兵が制止できる数ではない。

 革命が始まった。


「国王を殺せ!」

「王妃を殺せ!」


 過激派が宮殿に雪崩れ込む。質素な格好の貧民が多かったらしい。長年の搾取に対する恨みつらみが彼らを突き動かしていた。


「国王は我々の味方だ! 奸臣を討つべし!」

「国王陛下に市民の窮状を訴えよう!」


 穏健派も宮殿内に進軍した。

 過激派より先んじて王宮の執務室に向かっていた庶民派の貴族たちは、国王夫妻に身の安全を保障すると伝えた。

 彼らは国王を王宮のベランダに立たせ、丞相の国外追放と新しい議会の設立を約束させた──。


 かくして、ライム王国が新たな時代を迎えつつある中。

 僕は城館の自室に叔母や姪の衣服を持ち込み、独りで美少女ファッションショーに興じていた。

 美少女とは自分のことだ。今、姿見に映る自分の容貌はそう呼んでも過言ではない。

 ポーズを取れば、母親譲りの栗毛が心地よく浮き上がり、アーモンド状の双眸が何よりも目を惹く。顔つきのバランスが良すぎる。十二歳でこれなら将来どうなってしまうのやら。我ながら末恐ろしい。


「お一人で何をやっているんですか」

「試験勉強から解放されたわけだし、可愛いを極めようかと思って」

「人を玩べば徳を失い、物を玩べば志を失いますよ」


 様子を見に来たジーナに冷たくなじられるが気にしない。

 むしろ人手が欲しいところだった。僕は彼女に背中を向ける。


「ちょうど良かった。ジーナ。背中のボタンを留めてくれない? 全然手が届かなくてさ」

「それってジャン様の叔母君の古いドレスですよね。後でジャン様が勝手に借りていたとお伝えしておきます」

「今すぐお返しさせてもらうよ」

「全く。可愛いを極めるなら、もう少しマシな服があるでしょうに」


 ジーナはため息をつくと、一体どういうつもりなのか、自分の部屋からいくつかの衣服を持ってきてくれた。

 どれも伝統を感じられる庶民的な衣服だ。派手なドレスとは対照的にシンプルなデザインで可愛らしい。

 今の自分なら完璧に着こなせる自信がある。


「あたしの普段着でよろしければ、ジャン様に差し上げます」

「い、いいの?」

「村を出てから四年、もうサイズが合わなくなっちゃいましたし。今のジャン様の背格好ならピッタリでしょう」

「ありがとうジーナ。大切にするよ」

「その代わり。経典の勉強は続けてもらいますからね」

「女の子の格好辞めます」


 彼女から押しつけられそうになった衣服を突き返し、僕は元の姿に戻らせてもらう。

 もちろん叔母さんの部屋から持ち出したドレスは脱いでおく。ジャンには全く似合わない。

 ジーナは不満そうだ。


「お言葉ですが。院試制度の廃止は過去にも例があります。しかしその度に復活しているのです」

「今回は市民革命なんだよ?」

「今、革命政府の中核を為しているのは院試の申し子・進士及第の知的階級でしょうが。彼らが後進の育成を考えない程度に阿呆ならば、畢竟ひっきょう、革命なんぞ数年以内に倒れますよ」

「院試に似た制度が再び作られるってことか」

「それに地方にはお父上のような方も多くいます」


 ジャンの父であるファニョン伯は熱心な王党派だ。

 王都の革命政府を断じて許さず、州の刺史ししとして挙兵の用意を進めているらしい。

 ちなみに国王が出した『旧時代的制度の廃止宣言』により刺史・太守といった旧来の地方官も廃止されたのだが、我が父は宣言自体を認めていない。


「ジャン様はご存じないかもしれませんが、お父上は先日革命政府の使者を殺しています」

「えっ。そんなことしてたの」

「相手はお父上と同じ試験で進士及第となった同期生だったそうです」

「覚悟が決まってるなあ」


 父親は戦争を辞さないつもりらしい。

 本格的に女装して遊んでいる場合ではない気がしてきたが、だからといって今の自分に出来ることなど何もない。

 ジャン・ド・ファニョンは十二歳の少年である。伯爵家の次男坊。前世の知識を持つ。秘密の女体化魔法が使える。ただそれだけの存在だ。

 逆に考えれば「もしも」の時に備えて、今のうちに女装の練習を積んでおいたほうが良いかもしれない。


「敵兵から逃げる時は女の子の格好のほうが良いかな?」

「あの容姿ですと落ち武者狩りの雑兵に狙われますよ」

「あ、やっぱりジーナから見ても女の僕って可愛いほうなんだ」

「心底うざいなぁ」


 付き人から心無い言葉をぶつけられたが、彼女なりの肯定だと判断させてもらう。

 もっとも僕の目からすれば、まだ幼さが残る自分より彼女のほうが遥かに魅力的だと感じられる。

 ジーナが我が家に来てから四年。

 十七歳の彼女には方々の名家から「お誘い」が舞い込んでくるが、彼女自身は教え子が院試に合格するまで身を固めるつもりがないという。

 院試制度が廃止された今となっては意味を為さない願掛けだった。


 彼女は小さく咳払いをする。


「ともかく。試験勉強は続けるべきです。魔法の存在も隠し続けてください」

「前向きに検討するよ」

「冗談ではありませんからね。もしお父上に知られたら新大陸の魔法学校に島流しされるかもしれませんよ」

「新大陸に魔法学校なんてあるの? 初耳なんだけど!」

「ウキウキしないでください。ジャン様が行くってなったら、あたしまで新大陸送りになるじゃないの!」


 彼女は城館を離れたくないらしい。

 こちらの両肩を掴み、必死の形相で哀願してくる彼女の存在が、今の僕にとってはありがたくて仕方なかった。


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