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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第二章 角の頂(1)

 翌朝は、朝から雨模様だった。

 昨晩の食事と比べると質素ともいえる朝食を済ませたあと、宿舎の軒先でラグルと合流したシルフィナとエリオルは、彼に案内されるまま、雨粒が跳ねる石畳の上を歩いた。

「門の方へ戻るんですね」

 不思議な気がして、シルフィナが問いかける。ネリーメアの国内では、雨具として、傘は一般的でない。彼女も、ラグルも、フード付きのマントを、雨具として身に着けていた。竜や飛竜は雨を気にしない為、エリオルやターナは、平然と雨に打たれるのに身を任せていた。

「まあな」

 と言っただけで、ラグルが言葉を濁す。彼は誰に会うのかも説明せず、通りを門に向かって歩いた。

 そして、何処にも立ち寄らず、ついに、昨日ラグルに通された門まで、辿りついてしまう。ラグルに集落を出るように促され、疑問に思いながら、シルフィナはエリオルを連れて集落を出た。

「うーす」

 ラグルが適当に、その日の門番に挨拶すると、今日の門番は、彼に片手を上げただけの挨拶を返した。今日の門番は、蝶の翅を生やした小型の竜、妖精竜が相棒のようだった。

「こっちだ」

 と、ラグルが、崖路を歩きだす。崖路は、角ヶ峰を下る方向だけでなく、さらに登る方向にも続いている。ラグルが示したのは、上への道だった。

 門が見えなくなるまで黙々と歩いてから、ようやく、ラグルが、

「さて」

 と、普通に口を開いた。足をとめたあたり、やっと説明が聞けるのだと、シルフィナにも理解できた。

「今日会う人間は、歩いて行ける場所に住んでいない。角ヶ峰の天辺に、居を構えている。まあ、そんな場所に住んでいるってくらいだから察しがつくだろうが、角ヶ峰でも一番厳しい師匠だ」

 ラグルの言葉に、また、昨日と同じように、ターナが彼を突く。

「悪い。二番目だ。ターナよりは、厳しくない」

 彼は即座に訂正した。その訂正に満足したらしく、ターナも彼を突くのを辞めた。

「分かっていると思うが、君の雛は規格外だ。そのくらいの覚悟でなければ、君自身の身を滅ぼすことになる。制御できない力を抱えた者の末路がどういうものか、魔導師の君に、いまさら説明する必要はないよな?」

「はい」

 シルフィナ程の素質を備えた者でなくとも、魔導師の修業をする者であれば、真っ先に師から繰り返し教えられることだ。それを疎かにした者の末路は、シルフィナも、教訓としてこれでもかと実例を暗記させられた。生々しく、赤裸々に。子供にはあまりにもショッキングな内容だったものだが、そのくらいで丁度良かったのだと、シルフィナも今は納得している。彼女は修業中の身のつもりでいて、弟子をとる予定はないが、もし、断り切れずに弟子をもつ身になるようなことがあれば、同じように教えるだろう。

「すごい方とお知り合いなんですね」

 それよりも、ラグルに今は紹介してもらえる人物の話だ。シルフィナが首を傾げると、ラグルはなんとも言い難い、苦い顔をした。

「俺の師匠だ。養父でもある」

 と。何やら事情がありそうだった。

「聞いてもいいことですか?」

 あまり立ち入るべきではないのかもしれないとシルフィナは遠慮したが、

「いや、単に山に棄てられて俺を拾って、一人前の竜乗りに育ててくれたってだけの話だ」

 ラグルはたいした経緯じゃない、と、明かした。

「で、山の頂にひとりで住んでいる理由だが」

「いえ、少し待ってください」

 話を続けようとするラグルを、シルフィナが遮る。角ヶ峰のことであれば、ある程度は知っているからだ。その頂には。

「頂には、マグラダ老が住んでいる筈では?」

 マグラダ老。その名も、魔導師であれば、知らない者はいない。角ヶ峰の賢者といわれ、その正体は、人化の術を修めた老竜でもある。魔術の神様のような、存在だった。

「ああ、これから会いに行くのは、まさに、そのマグラダ老だ」

 ラグルは頷いた。竜に竜を扱う術を教わる。それも、エルカールの子を連れて。門前払いされてもおかしくない。こんなに失礼な話はないからだ。一説によると、マグラダ老は、同族を、特に人を積極的に襲う竜を、ひどく嫌っていると聞く。故に、同族である竜達からは、同族としてみなされない、はぐれ竜として扱われているとも。あまりの強さに他の竜も直接手出しをしないが、お互いに険悪な関係だと伝わっていた。

「あの。あの方はまずいです。その、他に居ませんか?」

 最悪、エリオルが食い殺されかねない。あまり入門を試みたいとは、シルフィナには思えなかった。むしろ、できればエリオルには近付かせたくない、とさえ思う。

「駄目だ。その子を扱えるのは、角ヶ峰の師匠達の中でも、おそらくマグラダ老だけだ」

 普通の竜使いや竜飼いでは、もしエリオルが暴れたら抑えられないだろう、と、ラグルはかぶりを振った。大人しく見えても、そのくらい危険な竜に違いないというのだ。

「でも」

 ラグルは、エリオルがエルカールの子だとは知らない。だから、マグラダ老に会わせることが危険だとは分からないことは仕方がない。その素性を明かすべきか、シルフィナは迷った。

 しかし、その必要は、なかった。

『分かっておる。昨晩飛来した時より、とうに気付いておった。気にせず連れて来なさい』

 山の上の方から、雷鳴のように声が響き、それは神秘の魔法言語で発された言葉となって降ってきた。術者が対象と定めた人物以外には理解できない、他の者には意味のない唸りにしか聞こえない魔法であった。

「マグラダ老だ」

 とは、ラグルにも分かるらしい。だが、彼にはマグラダ老のメッセージは、言葉として伝わっていない様子だった。

「君を呼んでいるのかもしれない」

 という言葉から、シルフィナにはそう推測できた。

「はい。連れて来なさいって」

 エリオルがエルカールの子であることを、シルフィナがラグルに説明する必要はなくなったのだとも判断できた。おそらくそれはマグラダ老も賛成できなかったのだろう。思ったよりは、怖くないのかもしれない、そんな風にも、シルフィナは感じた。

「なら、行くか」

 ラグルが、彼の飛竜であるターナの背に跨る。飛竜には、竜と違い前肢がない。彼がターナに騎乗するのに、ターナの助けを借りることはなかった。

「はい」

 シルフィナは、エリオルの手を借りながら、自分の竜の背に登った。

 ラグルはターナの背を軽く叩くことで飛行の指示を出すが、シルフィナはその合図をまだ知らず、エリオルはターナが舞い上がるのを追いかけて、自発的に飛んだ。

 雨空は鈍色で、雨を嫌ってか、角ヶ峰に住む野性の飛竜や妖精竜達も、空に姿を見ることはできない。眼下に見える山肌を登る道は険しく、山中に開いた洞穴の前で途切れていた。

 ターナの飛行は、速度はエリオル程とは思えなかったが、旋回が滑らかで、むしろ優雅に見えた。或いは女性的とでもいうのかもしれない。緩やかなカーブを描いて上昇していくターナを追うエリオルの翼は、ターナの羽ばたきよりも激しい音がしていた。

 角ヶ峰の高みを間近で見るのはシルフィナにとっても初めてのことだ。書籍で読み、人伝に聞いた印象よりも起伏が激しく、山中の視界も悪そうだ。ごつごつとした岩肌と、鋭く天を睨む穂先のような岩が乱立し、その合間に隠れるように、ところどころに樹木が生えていた。空から見ても、岩の陰になっている部分が多いように、見える。

 飛竜と竜が連なって飛び、山の頂を目指して登っていく。その姿は、夜の闇に紛れていた昨晩とは異なり、陽光に照らされてこそいないものの、山中の岩の間からも、はっきりと見えた。

 実際、それを眺めている人物はいた。一人ではない。複数の人間が、それを見た。

「なかなか目ぼしい飛竜が見つからないもので」

 と、一目で兵士と分かる人物が言い訳じみた報告している最中に、彼等はそれを見た。

「む」

 兵士の言葉を無視したように、青年が空を見上げる。ロゼアとよく似た容姿の青年だ。赤いマントを背に垂らし、上半身には銀糸の装飾の入った紫生地の服を纏い、下半身には白灰色のゆったりとしたズボンを穿いていた。両脇に女達を侍らせ、天蓋のような笠の両端もたせて、雨を避けていた。女達は笠の内側に入ることは許されていないかのように、自分達は雨に濡れていた。

「立派な竜だ。誰かの竜か?」

 彼は聞くが、一介の兵士が知る筈もない。

「すぐに調べさせます」

 そんな返事を、兵は取り繕うように返した。


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