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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第一章 雛竜の名前(6)

 シルフィナがエリオルの背から降りるのを、見張りの男が手を貸した。彼女がエリオルの横に立つと、男は一歩下がり、改めて一礼をしてから、口を開いた。

「見かけない方ですが、今日は如何なる用件で来訪されましたか?」

 相手が子供だと分かっていても、敬いの態度で接する。決まりごと通りの対応なのだ。門を抜ける前に、一応のチェックがあるということは、シルフィナも話には聞いていた。

「幸か不幸か、竜の雛を拾ったんです。懐いてくれたみたいなんですけど、見ての通り、わたしは魔導師で竜乗りでも竜使いでもありません。竜の世話の仕方を学びたいと思い、お邪魔しました。それに、今日出会ったばかりで、まだ未登録の野良の雛ですから、わたしの相棒として、認可をもらいたいんです」

 シルフィナが答える間、エリオルは大人しく立っていて、鳴き声さえ上げない。見張りの飛竜が警戒するように睨んでいるが、気付いていない振りをしているように、目を合わせる素振りさえ見せなかった。

「随分立派な竜を拾ったものですね。これで雛とは驚きですよ。それに、良く状況を理解しているように見える。きっといい相棒になるでしょうな」

 集落の門番は頷きつつ、シルフィナをまじまじと見た。人相をチェックしているのだ。手配されている人間でないことを、記憶を頼りに確かめているようだ。

「む。よく見れば。失礼ながら、魔導師シルフィナさんでしょうか」

 ふと、手配書以外の記憶に合致する人物がいたとばかりの、軽く驚いた表情で、門番が問う。隠しても仕方がない。シルフィナは、素直に認めた。

「はい、そうです。いい噂で知られているのならいいんですけど。改めて顔を知られていると分かるのは、ちょっと恥ずかしいですね」

 笑顔で応じてみせる。笑顔を取り繕うことは、シルフィナは得意なつもりだった。内心の緊張と怯えを誤魔化す癖が、ずっと前からついている。

「ええ、勿論良い噂ですとも。むしろ悪い噂など流れているのですか? 私は聞いたことがないですよ。私が聞いた限りでは、魔導師としての才覚を備えながら、謙虚さとおくゆかしさも忘れない、たいへん立派な神童だと」

「そんな。わたしは、品性も経験も足りない、ただの子供です。その噂は人違いです、多分」

 褒められて嬉しくないという訳ではないが、過大評価は恥ずかしいものだ。シルフィナは、笑顔を少し歪ませた。

「そんな風に期待されても、実物はたいしたことがないなとがっかりさせてしまいます」

「そんなものですよ、噂という奴は。基本無責任に誇張されるものですから。気にされないことです。とはいえ、これ程立派な雛に懐かれるようであれば、噂はあながち間違っていないという印象ですがね。偉大な人物は、偉大な竜にも分かるのかもしれませんよ?」

 門番の言葉に、

「は、はあ」

 ついに、シルフィナは内心の困惑を隠しきれなくなった。溢れ出す感情に蓋をし続けるのは難しい。そのあたりは、年齢相応といえた。

「ははは、正直な方だ。どうぞ。問題ないです、お入りください」

 その様子はむしろ好印象だと、門番はシルフィナの前を離れ、門を開けた。両開きの鉄の門だ。鉄の扉の両側に塔をもつ門の両側は、集落というには物々しい、頑丈そうに黒光りする金属で補強された、まるで城砦のような石造りの壁に続いていた。竜とそれを連れている者達が集う集落だ。竜が暴れた時の備えも万全だという証拠だった。

「ありがとうございます」

 お辞儀をして、門番が開けてくれた扉を抜け、集落にシルフィナが入る。エリオルも、てくてくと歩き、それに続いた。

 シルフィナの速度に合わせるように、少し小股で歩くに門番が愛らしいものを見る目で笑って見送っていた。飛竜は外を警戒したまま、シルフィナ達に視線を向けることはなかった。気を散らさず外部警戒を保つよう、訓練されているのだろう。流石は竜の修業地といえた。

 背後で門が閉まるのを待って、シルフィナはひとつ、

「はあ」

 と、大きなため息を漏らす。建物の壁や入口脇の松明の灯が並ぶ石畳の通りに、その声は溶けて消えていった。

「うう、わたし、魔導師なのに情けないですね。手玉に取られました。うまくいきません」

 見透かされていたことも、理解していた。精一杯取り繕って平静を装ったつもりだったが、正直、動揺しまくっていたことを、看破されていたと感じた。

「がう」

 ようやく、エリオルが声を出す。相変わらず、シルフィナを励ますような鳴き方だった。

「通れましたし、忘れます」

 結果的に、問題なく集落に入れたのだ。シルフィナ自身は何かを引き換えにされたような気分だったものの、それは悪い取引を強要されたという意味ではなく、ただ単に、子供をあやすように扱われて(実際子供なのだが)恥ずかしかった、といった話だ。きっと、噂話に、ほんの少しの間、普通の子供と変わらなかった、という逸話が追加されるだけだろう。人々にさほど興味ももたれず、そのうち消えるだけの。

「疲れました。まずは休むところを見つけましょう。竜使い向けに、竜と一緒に泊まれる宿舎があった筈です」

 集落は大きくはないが、通りは広めだ。竜と共に生活しやすいように工夫されているのだ。遠くから、咆哮も聞こえてくる。竜飼いの牧場だ。竜使いや竜乗りのすべてが、野性の竜を捕まえてなれる訳ではない。竜と共に活動する者のほとんどは、竜飼いで育てられた竜を購入し、相棒とする。潜在能力は野性の雛を捕まえた方が高いのだが、恒久的に言うことを聞いてくれるかのリスクも伴い、竜飼いで育てられた竜の方が扱いやすい、というのが一般的な常識だった。

「がう……?」

 通りの両脇の建物から、いろいろな臭いが漂ってくる。竜を連れていない人間向けの宿屋や食堂が、門の近くには軒を連ねていた。そこから漂ってくる料理の香りだ。エリオルには、はじめて嗅ぐ臭いだ。

「お腹すきました? 休むところを見つけたら、一緒に食事にしましょう」

 エリオルと一緒に食べる初めての食事だ。竜は基本的に雑食で、選り好みなく何でも食べる。その代わり、体格相応に、食欲は旺盛だという。書物で学んだ知識では、少なくとも、その筈だった。

「あなたは何が好きなんでしょう。やっぱりお肉でしょうか」

 そんなことを言いながら、シルフィナが通りを歩きだす。エリオルも隣に並び、歩幅を合わせて歩いた。ロダルーシュは竜と並んで歩ける集落だと、シルフィナも聞き齧っていたが、実際に竜と歩いてみて、本当なのだと感心した。

「がう!」

 エリオルが一声上げ、一件の建物を腕で示す。その建物の壁には、パン屋の金属看板が取り付けられていた。

「パン? 食べたことがあるんですか?」

 だとしたら驚きだ。竜の巣穴で、パンが簡単に手に入るとは思えない。

「がう」

 エリオルは、シルフィナの背中を示す。シルフィナは、何も背負っていないため、一瞬、意味が分からなかった。

「あ、旅人の背負い鞄ですか」

 通常のパンではないが、携帯食として持ち歩いている旅人達はいる。基本的に魔法でどうにでもなるシルフィナには荷物や携帯食を持ち歩く必要がないが、それは魔力が人並み外れたシルフィナだから可能なことで、普通の旅人には真似のできないことだった。

「……」

 納得しかけたシルフィナだったが、いや、納得しては駄目な話だ、と、気付く。

「……え?」

 それは、どう考えても、エルカールに殺された旅人の荷物を漁ったということにしか思えない。人として、聞き流してはいけない問題だ。

「ええと、ここでは他人の荷物を漁っては駄目です。分かりますか? 奪うのも駄目です」

「がう」

 分かっているらしい。エリオルははっきりと頷いた。思った以上に、エリオルは賢いらしい。それに。

「それにしても、よくあれがパン屋だと分かりましたね」

 そのことにも、シルフィナは感心せずにはいられなかった。言葉を知らないというだけで、想像よりも、エリオルはいろいろなことを理解しているのかもしれなかった。

「がう」

 誇らしげに、エリオルが胸を張る。がう、しか言わないこの竜の雛が、言葉を覚えたら、どれだけの知識と洞察力を見せてくれるのだろう、シルフィナは少し先のことが楽しみになってきた気がした。

「あ、あれです」

 折も折、探していた宿舎をみつけ、シルフィナはエリオルと一緒にその建物の入口へ向かった。建物には戸はなく、アーチを抜けるとすぐに大きなロビーになっていた。

 ロビーも広い。まるでホールのようだった。


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