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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第四章 自由への飛翔(7)

 城壁が壊れたのも、授業料だ。

 コッドはそう嘯いた。

 兵にはもっと厳しい訓練が必要なようだ、勿論、自分も含めて、な。

 ロゼアは、自分の不甲斐なかった姿を、兄弟に恥じた。

 ようやく兄さま方や姉さまと、お会いできました。

 ニーナは嬉しそうに微笑む。そして、彼女が、何が問題だったのか、どうしてこんな騒動になったのかを、すべて理解している、と語った。

 とはいえ、ニーナは病弱な身だ。長くは起きていられないし、座っているだけで、実際、辛い。彼女は城内の賓客用の寝室に戻され、兄弟達に、兄弟達の疑問中に残っている疑問や蟠りに、すべて答える、と告げた。

「まず、レイ兄さま。お会いしとうございました。同じ母さまから生まれたのは、ニーナと、レイ兄さまだけですから。けれど、それは禁じられていました。何故なら、兄さまは、母さまに染められていて、同じ思想を持ってしまっていたからです。目を覚ましてくださいませ。兄さまは、母さまの呪いに、今でも蝕まれておられるのです」

 か細い声で、ニーナが告げる。

「多分、コルギッド兄さまも、ロゼア姉さまも、デュード姉さまも、ご存知ないでしょう。側室であった母さまが、何故城からいなくなったのかの、真相は、父さまの胸の内に、仕舞われましたから」

「……」

 レイは無言を貫いていた。視線は、ニーナに合わせない。当然だ。自分の妹が、よもや、自分が恐れ、忌み嫌う、虹瞳の持ち主だとは、まったく知らなかったのだ。

「母さまも、レイ兄さまのように、虹瞳をひどくお嫌いな方でした。その母さまがニーナを生み、ニーナは、幸か不幸か、虹瞳をもって生まれてきました。母さまはそれが受け入れられなかったのです」

 そして。

「母さまは、生まれたばかりのニーナを、殺そうとされました」

 ニーナはそのせいで、満足に地上生活を送るのも難しい体になった。そして、側室は、その罪で、王城を追われた。処刑されなかったのは、国王マグドーが、それでも側室を愛していたからだ。死罪を言い渡すことができなかったのだ。

「ニーナが遠方で暮らすようになった理由はその為です。父さまもレイ兄さまが、母さまの思想に染まっておられることはご存知でした。同じ凶行に走るおそれがある、そう危惧したお父さまは、ニーナを遠方に隠してくださったのです。そして、本当は、コルギッド兄さま、ロゼア姉さま、デュード兄さまがニーナに会うことには直接問題がなかったのですが、自分だけが会えないことにレイ兄さまが疑問を抱くことをおそれ、父さまは、兄さまたちがニーナに会いに来ることを、等しく禁じられたのです。すべては、母さまの歪んだ教育の呪い。だから許してあげてくださいとは申しません。ただ、それだけは理解していただきたかったのです」

 そこまで話し、ニーナは深く枕に身を鎮め、大きく息をした。そして、また、笑う。

「ごめんなさい。ニーナは、こんなにたくさん話したのは、初めてなのです」

「……それがなんだ。結局、僕の刑が軽くなる訳でもないでしょう。僕は王家を揺るがした。宮廷魔導師ギルと一緒だ」

 レイは吐き捨てる。ニーナは強い否定の言葉を返した。

「それは違います。兄さま。あなたと、おじさまは、まったく違うのです」

 と。

「おじさまは、単に急ぎすぎただけです。おじさまが何故あのような短慮に走ったのかを知るには、コルギッド兄さまと、ロゼア姉さまの、次期王位争いを、正しく把握しなくては、いけません。コルギッド兄さまと、ロゼア姉さまの仲たがいは、国民の幸福の為に、国に、どのように栄えてほしいかの、描く夢が違うからなのです。それはレイ兄さまにはないものです。どうかお認めになって」

 ニーナが語る。その話を、コッド本人が継いだ。

「現在、父国王は、治安維持、経済発展という二本柱を重視し、国を治めておられる。しかし、私はそれよりも、子供達の教育を重視したい。皆が互いを尊重しあえることこそ国の原点になり得ると考えているからだ。勿論、経済や治安が疎かに出来る訳ではないが、あくまでそれは、皆がその意義と重要性を正しく認識できて初めて意味をもつと信じている」

 そして、ロゼアも語った。

「私も子供の教育は重要だとは考えている。だが、子供の教育を常時行うには、国の安全とその支出を支える国力があってのことだと信じる。特に、安全だ。エルカールは去ったとはいえ、同様の脅威がいつまた現れんとも限らん。経済も、教育も、あれらの脅威の前では簡単に喪われてしまう。有事に対処できる国防が最重要と考えているのだ」

「それは恐怖政治の入口だ。レイがやったことを見ただろう。力は人を恐怖と不安で押しつぶす。そうならないという強い信念が育っていなければ、軍事に比重を置くのは危険だ」

「兄上こそ何を見たのだ。エルカールの襲来で、父の集めた軍隊は総崩れだったではないか。見ただろう、私の無様な姿を。あれこそまさに今のこの国の実情だ。弱い。弱すぎる。私は悔しい。あれで民の何を守れるというのだ。国はもっと強くあらねばならんのだ。私も含め、軍の再構築は必須で急務なのだ」

「いいやそれは驕りだ」

「兄上こそ考えが甘いのだ」

 コッドとロゼアが、議論とも言えない口論を始める。これだ、といいたげな顔を、ニーナは見せた。

「お分かりになったでしょう?」

 と、彼女はレイに尋ねた。

「実際、少し前までは、誰もがコルギッド兄さまが国を継ぐものだと疑っていませんでした。ですが、姉さまのおっしゃることにも一理あります。どちらが良い悪いではないのです。どちらもやらねばならないのですから。当然、お二人が最重要とされていない、経済についても。それは置いておいても、日増しに、姉さまに賛同される方も増えてきています。そして宮廷魔導師ギル、ニーナに魔法を教えてくださったおじさまは、コルギッド兄さま派でした。姉さまが影響力をつけてきていることに、ずっと危機感を抱いてらしたのです。それが、おじさまを間違った道に走らせることになりました。おじさまは、自分が罪人となり、罰を受けることを恐れてはおられませんでした。純粋に、兄さまを次の国王にしたかったのです。今であれば、まだ兄さまの方が、優勢です。それ故に、これ以上姉さまが影響力をつける前に、父さまを退位させたいと、画策するに至ったのです。国を愛するがゆえに。勿論、だから許されるという話ではありません。でも、おじさまが、野心や我欲であのようなことを起こしたのではないと、信じていただきたいのです。その証拠に、罪をニーナには被らせない為に、おじさまは、ニーナには、何もおっしゃいませんでした。ニーナには、父さまを守るための魔法を教えてくださり、それは間違いなく正しいものでした。おじさまはそれを捻じ曲げるおつもりでしたので、最初から、正しい魔法を教えてくださる必要もなかったというのに」

 ニーナは目を閉じて、祈るように、呼吸を繰り返す。それから、静かに、

「最初から、ご自分一人で罪を被るおつもりだったのです」

 と、囁くような小さな声で言いなおした。

「分かった。疲れただろう? あまり長く話させるのも良くないのだろう。あと一つだけ、私は聞いて、ニーナを休ませたいのだが、皆はそれで良いだろうか」

 コッドが兄弟達を見回し、

「私は構わん」

「私もです。なんだか、頭がくらくらしそうで、聞きたいことなんか思いつきません」

「ご自由にどうぞ。僕は聞きたくもないです」

 ロゼア、デュード、レイの順で、答えを返した。

「ありがとう。ニーナ、疲れているだろうがすまない。最後に一つだけ教えてほしい」

 コッドは、兄弟達の合意を受けて、ニーナに尋ねた。

「それだけの真実を、どうやって、知ることができたんだ?」

 その理由は、彼にとっては最大の謎だった。嘘は言っていないと信じられる。おそらくニーナの話が真実であることに、間違いはないのだろうと。だが、ニーナが何処でそれを知ったのかが、分からなかった。

「それも、おじさまのお陰なのです」

 ニーナは答え、静かに目を開け、天井を見上げた。そして、自分の兄や姉の顔を、順番に見回した。それから、にこやかに笑う。

「ご自身から真実を話す機会がなくなることで、兄さまたちが苦悩されることを、おじさまは恐れておられました。それで」

 彼女は、魔導師ギルを今この時点でも尊敬し続けていると、憧れるような顔をした。

「おじさまは、ニーナに、知るべき時に、知るべきことを、知ることができる魔法を、授けてくださったのです。この時の為に」

 白髪虹瞳のニーナであれば、魔法は正しく機能すると言って。コッドは納得し、頷いた。

「さあ、出よう。レイの後始末が残っている」

 コッドに急かされ、兄弟達は、部屋を出た。

「お休み、ニーナ」

 姉が扉を閉める。ニーナは既に眠っていた。


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