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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第四章 自由への飛翔(6)

「え」

 ロゼアが声をあげた。

「嘘だろう?」

 その言葉を、コッドは繰り返した。

 未だかつて誰も勝てた試しがない人食い竜を。

「がう」

 一匹の雛が、殴り倒した。

 それはあまりにも非現実的で、あまりにもシュールな光景だった。自分が見た光景を、その場の誰もが理解することを放棄した。シルフィナでさえ、頭が真っ白になったのだ。

 ただ独り。

「は、わははははは!」

 叩き伏せられた、当のエルカールだけが、楽しそうに笑った。のそりと起き上がり、また叩きのめそうと前肢を振りかぶるエリオルに、

「待て。参った。父の負けだ。降参だ」

 と、かぶりを振ってみせた。

「すげえ」

「勝ちやがった」

 難を逃れた兵士の中からも、驚きと困惑の囁きが漏れている。だが、勝った方も竜だということから、素直に喜べないでもいるようだった。

「がう」

 エリオルが振り上げた前肢をおろし、エルカールに頷く。まるきり子供をあやしている父親の顔で、エルカールも笑い続けた。

「凄いぞ、うむ。エリオルは強い。お前が最強だ。わはははは」

 その姿は、コッドやロゼアに、思うところを湧き立たせるのに、十分だった。

「なんというか、こう見ると、人間と変わらんな」

 ロゼアが、バルコニーの上で、立ち上がる。それを見上げ、その視線をエルカールに向けながら、コッドも頷いた。

「そうなのかもしれない」

「そうだとも。お前達人間から見れば俺達竜は脅威で、俺達から見れば、お前達は脅威だ。どちらが悪いという話ではない。あり触れた生存競争でしかないのだからな。お前達が、俺達が人の巣を襲い、皆殺しにするのを憎むように、俺達も、お前達が竜の巣を襲い、根絶やしにしていくことを憎む。そこに善悪の基準を挟む余地はない。お互い、やっていることは、同じだ。知っているぞ? お前達も、竜の肉をステーキにして食うのだろう? それこそ、俺が人を食うのと何の違いがある訳でもない。お前達を責めるつもりもない」

 エルカールは言い、

「お互いに、すべての個体がその確執を捨てようというのは非現実的な夢物語だ。すべての竜が敵でないのと同じで、人間にも邪な輩が絶えることはない」

 コッドも同意した。そして、考え込む。

「そうか。先に人間がお前に近しい誰かの巣を襲ったのだな、エルカール。それで合点がいった」

 とも。エルカールの目が細められる。感心したようであった。

「ほう」

 と。一言だけ、返した。エルカールがコッドの次の言葉を待ち、コッドもそれを察して言葉を続けた。

「何故人食い竜と恐れられるお前が、マデラ山から降りてこないのか。何故その悪名に反して国中に被害が広がらなかったのか。私は、ずっと疑問だった。その謎が解けた気がする。別に人間を食べることに忌避感がある訳でもないが、人間を好んで食べる訳でもないのだね」

「じゃらじゃらといらんものを身に着けておるせいで、お前達は食いにくいからな」

 と、エルカールは笑った。大きく頷く。

「だが分からんぞ? 食いたくなったら理由などなくとも食うのも事実だ。それが竜だ」

「互いに不干渉。それが正しいのかもしれないな」

 コッドも笑った。その瞬間、人食い竜と人の王子は、互いに共感した。

「だが、事実俺は人食い竜である。そして我が子とはいえ、人に味方する者に、今日、負けた。親の欲目とはいえ降参は降参だ。敗者は大人しく去ろう。海の向こうにでも行くとする。近くでは、また戻るかもしれんと、人間共には、不安がる者も多いだろうからな」

 実際、エルカールはまだ戦えた。降参を口走ったのも、我が子可愛さによるところが大きい。それでも、一度負けを宣言したことを、嘘や冗談と曲げることはしなかった。

「お前はどうする?」

 と、エルカールは、エリオルに尋ねた。エリオルが、シルフィナに視線を向ける。シルフィナは未だ、王家との約束の中に縛られている。それを無視にすることもできるが、彼女にはその意志がないだろうと分かっているのだ。

「そうですね。この唇の化粧があるうちは、わたしは一緒に行けません」

 シルフィナが認める。個人的な、できる、できない、の話をすれば、してもいいのだが、のちの世のことを考えると、そのルールを破っては申し訳がなかった。別にシルフィナは、ネリーメア王国が嫌いになった訳ではない。マグドー国王が目覚めた時に、困るような状況にも、しておきたくはなかった。

 だが、王国に残れば、待つのは死だ。彼女の唇は黒く、それは罪人の色だ。罪人となった紫髪虹瞳の魔導師は討伐されなければならない王国の敵と見なされ、シルフィナが抵抗しなければ、処刑される。

「私は、構わない。王国を離れ、自由になってもらっていい。君は既に十分助けてくれた」

 コッドは、シルフィナが唇の化粧を落とすことに、同意した。今は王が意志を示すことができない。王子や王女達の意志で、シルフィナの運命は、決まるのだ。

「私もだ。欲を言えば、我々に贖罪の時間をくれと思わんでもないが、それは言うまい」

 ロゼアも。

 だが、シルフィナの背後で、拒否をする声も上がった。

「僕は認めません。僕はまだこの魔導師には、敗けた訳じゃない。逃げることは許しません」

 この期に及んで。コッドやロゼアの視線は鋭くなったが、彼等に意見を無理強いする権利もなかった。王族からの排除の手続きが済んでいればレイの意志は無視できたが、まだ現時点では、レイのも王の子としての権利が残っていて、発言を無視することもできなかった。

 それでも、二体一だ。このまま意見が挟まれなければ、シルフィナの化粧は拭い去れることになる。そこへ、居館から、もう一人の王子が、出てきた。

「私も、認めない。紫髪虹瞳の魔導師の力は、私達の王国には必要な物だ」

 デュードだ。彼はレイの隣に並ぶと、

「それに、王家に逆らった罪を消すことは許されない。約束に従い、かの者には、罪人として刑に服することを、私は要求する」

 それは、死ね、という宣告だった。彼の言い分はこうだ。

「その者が、かの竜を城に連れこまなければ、レイが愚かな行動に出ることはなかったし、城も破壊されることもなかった。兵にも被害が出ている。それをすべてなかったことにすることは、王家としても、宜しくない筈だ。責任は取らせるべきだ」

 二体二。王子王女達の間では、シルフィナの化粧を拭い去ることが拒否される流れに、風向きは変わった。それを非難できる立場には、コッドもない。彼の口から嘆息が漏れるが、彼にはどうすることもできなかった。このままいけば、シルフィナは、処刑されることになる。

「はは、決まりですね」

 レイも、そうなることを確信したのか、少しだけ溜飲が下がったと言いたげな笑みを見せた。

「いや」

 はあ、と、バルコニーからも、嘆息が上がった。

「外に出ないで済むなら良いと思っていたのだがな。こうなっては仕方がない。少し結論は待て」

 そう言って、ロゼアがバルコニーから姿を消す。話し合いの時の、違和感。あの時に、彼女は何と言っていたか。シルフィナにも、その行動の意図が、理解できた。

 しばらくして、ロゼアが再び、バルコニーに姿を見せる。その腕には、儚く微笑む、白髪の少女の姿があった。

「ニーナも、認めます」

 あのとき、ロゼアは言った筈だ。全員揃った、と。話し合いの席には座れなかっただけで、城内に、あの時すでに、ニーナはいたのだ。ロゼアを通して話し合いで質問したのも、思念でシルフィナを励ましたのも、すべてニーナだ。そう考えれば、シルフィナが感じていた疑問も解消した。

 ここに、王の子五人の意志が、揃った。

 結果は三対二。シルフィナが自由になることが、許可された。

「ありがとうございます」

 礼を言い、シルフィナが自分の口元に手を当てる。彼女の魔法で化粧は消滅し、手が下ろされると、普通の少女何ら変わらない色の、瑞々しい唇が、笑顔をつくっていた。

「行きましょう、エリオル」

 シルフィナが手を伸ばす。エリオルはそれを掴み、自分の背中に、シルフィナを乗せて飛んだ。向かった先は、父竜である、エルカールの背だ。二人が背に乗ると、エルカールはその強大さを誇るように大きく翼を広げ。

 蒼穹の下、舞い上がっていった。


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