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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第四章 自由への飛翔(1)

 レイは、竜の雛を臆面もなく居館へと連れて入った。エリオルの両腕で両肩をがっちりホールドされて運ばれるのは、シルフィナにとって衝撃的な経験だった。想像していたよりも、エリオルは力が強い。抜け出すどころか、身を捩ることさえ、シルフィナには難しかった。

 運ばれたシルフィナが辿り着いたのは、地下牢の前だ。レイは紫髪虹瞳の子が王家の命令には逆らえないことを良いことに、エリオルだけでなく、シルフィナにも横柄な命令を下した。

「牢に魔法封じを掛けろ」

 それが意味することは、シルフィナにもすぐに分かった。魔法が使えない牢に、自分が囚われるのだ。そう分かっていたが、シルフィナは逃げることも拒否することもなく、牢に言われた通りの魔法封じを施した。

「シルフィナ、入れ」

 と、命じられる。レイの命令に従い、シルフィナは、大人しく魔法が使えない牢に、入った。

 鉄格子の扉が閉まる。ギルが入れられた牢とは違い、シルフィナが入ったのは、鉄板の牢ではなかった。鍵が閉められる音が、やけに石壁に反響したように響いた。

 牢を閉めると、レイが周囲を確かめる。見回りの兵が見ていないかを、確かめたようだった。

「お前はずる賢そうですからね。竜に掛けた魔法に細工があった時の保険になってもらいます。お前が僕の手の中にあるうちは、この雛の魔法が解けたとて、そう舐めた真似はできないでしょう。せいぜい大人しくしていてください。人質としての価値があるうちは、なるべく生かしておきたいですからねえ」

 レイは挑発するように、シルフィナを牢に入れた理由を勝手に喋る。どうせ王家に歯向かうことはできない。そう知ってのことだった。

「それが殿下のご命令であれば」

 シルフィナは、牢の中で、抵抗の素振りも見せずに床に座り込んだ。逆らう意志はない、彼女の従順な態度に、

「お前、僕を馬鹿にしているな」

 むしろ、レイは気分を害したとばかりに、牢の鉄格子を蹴った。瞬く間に表情は憤怒に変わり、彼は激高して叫び続けた。

「王家に逆らう権利もないくせに! お前のような奴は、僕達の許可がなければ満足に表も歩けないんだぞ! 分かっているのか! その化粧がなければ、お前は国中から命を狙われるんだ! その化粧が青い間だけだ! 僕に服従している間だけ、人の振りをすることを、辛うじて許されているだけなんだ! お前は人間じゃない、その化粧を僕達が施してやらなければ、国の民全員から恐れられる存在なんだぞ! お前は化け物なんだ!」

 大声を張り上げ、レイはシルフィナを激しく罵る。その権幕と罵声に、シルフィナは、罵倒されるのも、思っていたほど怖くはないな、と感じた。

 レイが言葉を切り、大きく肩を上下させ、息を整える。そして、さらに一言を、付け加えた。

「お前は化け物で、人間と呼ばれるべきじゃないんだ。チェンジリングめ!」

 憤怒から変わった侮蔑の表情。勝ち誇ったような薄ら笑い。だが、その奥に、シルフィナは、確かな恐怖を見た。おそらく、だから、シルフィナはレイの罵声を恐いと思わなかったのだろう。

「わたしは王家の敵ではありません。どうか、それだけはお忘れにならないでください」

 少なくとも今のうちは。多分でしかないものの、レイの考え方が変わらない限り、シルフィナはいずれレイと対決しない訳にはいかなくなるのだろうと、理解した。

 相手は王族で、レイと対決することがあれば、忠誠の誓いを反故にしたことになる。それは、反逆の証拠として、唇にすぐに表れるだろう。それでも、それさえも、恐いとは、シルフィナは感じなかった。

「ふん。何処までも面の皮の厚いガキだ」

 自分も同年齢だというのに、レイはシルフィナをそう呼んだ。その姿は道化のようであり、シルフィナからは、ひたすらに滑稽に見えた。しかし、レイの横には今、エリオルが立っており、睨みつけるようにシルフィナを見ている。レイがエリオルに間違った命令を下すような状況にする訳にはいかなかった。

「申し訳ありません、殿下。ここに改めて、王家への恭順をお誓い申し上げます」

 シルフィナは、床に座り込んだまま、レイに対し、深々と頭を下げる。それは誰の目にも明らかな、屈服の行動で、服従のサインだった。

「それでいい。やればできるじゃないですか」

 漸く満足したのか、レイは冷静さを取り戻したように、返した。とはいえ、目にはまだ狂気に似た憎悪が残っている。彼は、如何にも勝ち誇った悪党がするような高笑いを地下牢階の中に響かせて、エリオルを連れ、牢の前から去って行った。廊下はしばらく進んだ先で右に折れていて、すぐにレイ達の姿は、牢からは見えなくなった。

「はあ」

 頭を上げ、小さく、シルフィナがため息を吐く。同じ王家のこと言っても、コッドやロゼアとはずいぶんの落差だ。シルフィナは、あれもマグドーの子供とは、あまり信じたくない気分だった。

「とりあえず、何をしていましょうか」

 牢の中には何もない。呪文も自分自身が牢に掛けた魔法封じで使えない。そこは、レイを嵌めた訳でもなく、シルフィナは、言われた通り、しっかりと命令に従っている。嘘をついて、魔法を封じた振りをしても、どうせ即座に見破られるからだ。真面目に従う以外の選択肢はなかった。

 通路がぼんやりと明るくなる。地下牢の見回りの兵が持ったカンテラの明かりだ。鉄鎧の足が石の床を踏む音が響き、シルフィナの牢の前を通り過ぎ掛けて、止まった。

「む、何処から入っ……え? 魔導師シルフィナ様ですか?」

 兵が狼狽える声から、レイから何も聞かされていないことが、分かる。なんとも、杜撰な話だ。

「何故牢に?」

 別にシルフィナが兵と顔見知りという訳ではないが、ネリーメア王国の国民であれば、髪と目を見ればすぐにシルフィナをシルフィナと分かる。紫髪虹瞳の魔導師は有名人で、今の時世の紫髪虹瞳の魔導師は、ネリーメア王国にはシルフィナしかいない。

「レイ王子殿下が入っていろとおっしゃりましたので」

 シルフィナが笑ってみせると、

「王子が?」

 兵はさらに驚くばかりだった。シルフィナも、首を傾げる。

「行違いませんでしたか? 竜を連れていた筈なんですけれど」

「いえ、それは、はい。見かけましたが。何もおっしゃっていませんでした。何をなさったのですか」

 見張りの兵は、完全に混乱状態のようだった。魔導師の唇は青く、王家に逆らったという訳でないのは、見れば分かる。兵には、シルフィナが牢に入れられねばならない理由が、まったく分からなかったのだ。

「確認してもらった方が、早いと思いますよ。わたしの口からは、なんとも。分かりますよね?」

 シルフィナが自分の唇を指先で撫でてみせると、兵士も納得したようだった。

「急ぎ守衛所の者にすぐに確認させます。窮屈な思いをさせ恐縮ですが、しばしお待ちいただけますか」

 兵士は走って去って行った。さて、王子はどのように言い訳をするのだろう。シルフィナには興味がもてなかったし、兵士が確認した結果でも、牢から出してもらえることにならなかったとしても仕方がないと受け止めていた。現状では、まだ、どちらでも状況としては大きな差はないと考えていたからだった。

 シルフィナの顔に焦りはない。ただ、エリオルには申し訳がないので、少しでも早く解決したいとは思っていた。

「そういえば」

 牢の中には毛布すらなかった。夜を明かすことになったら、どうやって寝ようか。その方がずっと心配になった。

「あとで兵士さんが戻ってきたら頼んでみましょうか」

 あくまで、呑気に。差別的な扱いを受けたことはない訳ではない。としても、シルフィナも牢に閉じ込められる程の経験は、初めてだった。

「ただ退屈なだけで、あんまりいい経験じゃないかも」

 少なくとも、興味深くはない。もっとも、投獄されるのが、良い経験であっては困るとも言えた。牢の中の方が楽しいようでは、軽犯罪者が増えてしまうことは、想像に難くない。二度と入りたくないと思わせることは、必要だろう。

 しばらくして、兵士が戻ってきた。

「レイ王子の命令で、出すことはできません。何でも狂暴な竜を連れているとか? 命が惜しければ命令に従っておけ、と上から言われまして」

 兵士は告げ、シルフィナに頭を下げる。

「エリオルは狂暴じゃないですけど」

 シルフィナは、それだけは主張した。

「たぶん強いので、その方がいいと思います」

 人の力では、エリオルはどうにもならない。


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