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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第三章 王子と姫の間で(6)

 ギルを打ち倒した後、シルフィナは王の寝室に入った。

 厚いカーテンが閉められ、カーペットが敷かれた部屋。ベッドがひとつ置かれ、ぐったりと横たわった王の姿があった。壁はシックな木板張りで、一枚、王の家族を描いたのであろう、幸せそうな絵画が飾られていた。

 一見、普通の部屋だ。シルフィナはコッド達の横を通り抜け、その窓際まで行くと、カーテンを開けた。

 日の光が差し込み、室内を照らす。その行動では、それ以上の変化は起こらなかった。

「今度は廊下へ。デュード様とレイ様は、見ておられない方がいいかもしれません」

 コッドに告げ、シルフィナは反応を待った。コッドとその弟達は廊下へ出たが、部屋が見えない場所に隠れた者はいなかった。

「私も見ておこう」

 少年ながらも、毅然を装おうとした言葉で、デュードが答える。コッドを幼くしたような容姿だ。やや声が震えているのは、シルフィナへの恐れからかもしれなかった。デュードは、シルフィナの記憶が確かなら、次男だ。

「僕もです。お願いします」

 何をするつもりなのかはよく分かっていないようだが、三男のレイも頷いた。女の子のような容姿をしている。顔はロゼアと似ていて、だが、髪と瞳の色は、コッドと同じであった。

「はい」

 王家の者達に向かい膝をつくように身を屈め、シルフィナが床のカーペットに手を触れる。その瞬間、室内の様子が、一変した。

 禍々しい黒に、毒々しいまでの赤。その二色が織りなすコントラストが、部屋中に散りばめられた無数の魔法陣を描き出していた。常人なら幾日もいれば気が触れてしまうだろう様相で、明らかに害があるものだと、誰の目にも明らかだった。

「これが陛下のお身体を蝕んでいたものの正体です」

 その中で、シルフィナの姿だけが輝いていた。まるで室内に毒に、彼女だけは穢すことがない聖なるもののように。

「何故、これ程のものになるまで、誰にも気づかれなかった」

 コッドが、青ざめた顔で尋ねる。シルフィナは、吐き捨てるように答えた。

「気付いていましたとも。いえ、最初から知っていたと言いなおしましょう。ただ、報告をしなかっただけです。隠していたんです。王宮魔導師が気付かない筈がないんです。それこそが、廊下で倒れている、ギルという男が、これをやったことの証明です。宮廷魔導師に隠されては、王宮の誰に気付けましょう」

「何故こんなことを」

 コッドは言うが、

「それは、わたしには分かりません」

 シルフィナはかぶりを振るだけだった。そして、彼女が床に触れていなかった手も、床に置くと、穢れに埋め尽くされていたような室内の様子が、もとの王の寝室内に戻った。窓が開く。少しだけ熱い、夏を呼ぶような風が、室内を洗い流すように入ってきた。

「解除しました。二、三日もすれば、陛下も目を覚まされるでしょう。大事をとって、五日のうち程は、安静にしていただいた方がいいかもしれません。そののちは、徐々に活力が戻ると思います」

「流石は、紫髪虹瞳の魔導師です。素晴らしい」

 声を最初にあげたのはレイだ。称賛の声だった。

「父はまた玉座に戻れるのだな?」

 その言葉を噛みしめるように、コッドが聞いた。

「はい。宮廷魔導師ギルが、おかしなことをしなければ、ですけど」

 シルフィナが頷く。それを聞き、コッドが周囲を見回した。

「近衛の兵はどこだ? 何故いない」

 と、疑問の声を上げる。王が臥せっているのだ。寝室の傍に近衛兵が警護についていないのは、怠慢というより不自然であった。

「殺されていました」

 近衛兵がいない理由。それは、いち早く王の寝室に駆けつけたのだろうデュードが知っていた。ギルに、殺されたのだ。

「ギルが父に反逆したのだということはその惨状を見ればすぐに分かりました。コッド兄さんが来られた頃には近衛兵の死体は溶けるように消えてしまった後でしたが、先に駆けつけたデュード兄さんと、その後で駆け付けた僕も、間違いなく見ました」

 レイもデュードの言葉に間違いはないと証言する。最早ギルがすべての元凶であることは明白だ。おそらく、シルフィナがニーナの部屋の魔法を解いたことで、自分の工作が白日のもとに晒しだされるのも時間の問題だと悟り、ギルは直接の凶行に及んだのだろう。その直接的暴挙も、シルフィナが危惧していた通りだった。

「ひとまず、ギルを捕らえよう。細かい真相を聞き出すのはそれからだ。魔導師シルフィナ、すまないがもう少し協力してもらえるか。牢獄に魔法封じを掛けてもらわねば、私達だけの力ではギルに脱走されてしまう」

 コッドの要請に、シルフィナは頷いた。

「分かりました」

 宮廷魔導師をやっているくらいの熟練の術師だ。牢屋からこっそり抜け出すのに使える魔法など、幾らでも知っているに違いないからだった。魔法の対策は、捕らえておく為に、必須だ。

「助かる。子供のお前にこんな役目を押し付けてはいけないとは分かっているのだが」

 コッドは、幾分悔しそうな表情を見せた。実際、本来であれば、そういう時の為に役に立つのが、宮廷魔導師でなければならない筈なのだ。宮廷魔導師自らが、その無力化させられる方になっていたのでは、話にならない。

「いえ、大丈夫です。こういった時にお役に立たないと」

 シルフィナの返答は硬い。勿論、本心ではないからだ。不平不満を表に出さないようにすれば、感情を押し殺すことになる。本音をいえば、役になど立てなくていいと、考えていた。

 紫髪虹瞳の魔導師が必要な事態など、たいてい始末に終えない時だと分かり切っていて、自分も楽しい思いをしないし、王家にとっても起きてほしくない事態に他ならない筈だ。そんなことは起こらない方がいいのは当然だと思ってしまうのも仕方がないことだった。

「すまないな。本気で王子として恥ずかしい」

 それは、コッドも同じ意見のようだった。彼もシルフィナの心情を察し、詫びた。とはいえ、謝罪されたところで、シルフィナの木は晴れなかった。それならもっとしっかりやってください、そう言えたら、幾分かは、楽だったのだろうか。もしそれが禁じられたことでなかったとしても、シルフィナは、自分がそんな言葉を口にできる気がしなかった。純粋に、他人が怖いからだ。罵倒されるのはもっと怖い。

「それよりも、宮廷魔導師ギルが気を失っているうちに」

 ギルを投獄しておく方が建設的だ。早く事態を収束させて、城を出たい。シルフィナが願うのはそれだけだった。

「そうだな」

 今更ながらに、増援の兵が廊下を走ってきているのが見える。コッドは現れた兵達に命じ、気を失っているギルを拘束させ、地下へと運ばせた。

 兵と共に地下へ向かうのは、コッドとシルフィナだけだ。デュード王子とレイ王子は、万が一に備え、王の寝室で父を見守ると、残った。

 城というのは、地上階は明るく豪奢でも、地下は一変、無骨で無機質なものだ。絨毯も敷かれていない、冷たそうな石組の床を歩き、シルフィナはコッドに続いて、兵士の隊列の後ろをついていった。

 ギルを閉じ込める老は、地下牢階の、一番奥だった。王城の地下二階にあたる。その牢には窓はなく、裏手は湖の筈だった。牢の手前側は覗き戸のついた鉄板で、扉もぴったりと隙間なく閉められるようにできた、一枚板だった。牢の外の、壁につけれたボタンを押すと、扉が床にスライド収納させて開くからくりだ。開いたドアから見える牢の岩壁は、大人の頭よりも高い位置でくっきり色分けされたように、そこから下が変色している。

「……」

 思わず、シルフィナは目を逸らした。変色の理由は考えたくもなかった。だが、考えるまでもなく、彼女にも分かってしまうのだ。余程察しの悪い人間でもなければ、分かる筈だ。

 扉が閉められる音がする。ギルは牢に放り込まれても、起きることはなかった。兵士が生死の確認はしている。死体でないことは、分かっていた。

「では、頼む」

 コッドに声を掛けられ、シルフィナは再度、今は一枚板のようになった鉄の壁を見る。精巧に作られた鉄の扉と壁とには隙間がなく、何処が扉なのかは、一見しただけでは分からなくなっていた。天井近くに二つ、小さな通気孔が開けられている以外、まるでただの壁のようだ。

「はい」

 静かに頷き、シルフィナが片手で円を宙に描き出す。一瞬だけ、その円を基準にして、空中に魔法陣が浮かび上がり、すぐに消えた。

「終わりました」

 と、シルフィナが抑揚なく告げる。

 コッドが一度だけ、頷いた。


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