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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第三章 王子と姫の間で(5)

 結局、シルフィナが真実をニーナに告げることはなかった。

 ニーナの体は弱く、すぐに部屋に戻らなければ倒れてしまう恐れすらあったのだ。ロゼアが聖堂の警備の兵に頼んで、部屋まで送らせた。

 ロゼアとシルフィナはバルコニーで短い会話を交わし、シルフィナとエリオルは、ロゼアを聖堂に残したまま、都を目指すことにした。

 ロゼアには、しばらく聖堂には、警備の兵と王家の人間以外の立ち入りを措置するように頼んである。

 逆に、シルフィナはロゼアから王家の紋章が入った懐刀を預かり、城の門で咎められるようであれば、それを衛兵に見せて、ロゼアの名を出すことになっていた。

 ジュネを離れ、サーラを目指す。シルフィナが確認した結果、やはり国王マグドーは、ニーナの魔力で冒されていたことを、確認できていた。だが、それは、ニーナが父の寝室を呪った訳ではない。それは事実だった。ニーナの心には怨みなどなく、純粋に、マグドーを敬愛していることも、シルフィナは確信が持てていた。

 第三者が、ニーナ王女の魔力を捻じ曲げていたのだ。その魔法を、シルフィナがニーナの部屋の天井に放った魔法は、打ち消した。

 おそらく、ニーナの王女の部屋に細工をした術師は、既にそのことに気付いているだろう。ニーナの傍にある程度信用できる人間を置いておかなければ、ニーナの部屋を元の状態に戻されてしまうおそれがあった。それを防ぐために、ロゼアには残ってもらう必要があったのだった。

 サーラに向かうエリオルの速度は、ロゼアを乗せていた時よりも速い。それは荷重が減ったからだという理由だけではなかった。

 シルフィナも、エリオルもある程度、ロゼアを信用できると判断したが、完全に信頼した訳ではなかったからだ。巡航速度は、エリオルの能力を知るうえで、重要な情報のひとつだ。それを正確に知られない為に、ロゼアも一緒に乗っていた時には、わざと速度を落として飛んでもらっていたのである。

 都は、昼を過ぎるより前に着いた。ネリーメア王国の都サーラは、モーズ川と名付けられた川が、ミザイン湖という大きな湖から流れ出す畔にあり、王城は背後となる西に湖を背負い、北側にモーズ側を、西に城下の都を抱く立地になっている。銀色の屋根を戴く三本の高い円塔が目を引く、立派な城であった。

 城門前に、都の市街地の頭上を超え、エリオルは直接降りる。兵達や市民は大騒ぎをしているだろうが、それを気に掛けている余裕は、シルフィナにはなかった。

「し、紫髪虹瞳の魔導師様? どうなさいました? お、王家の許可なき登城は、困ります」

 城門を守る衛兵も、シルフィナを一目でシルフィナと気付いた。だが、説明や問答の時間も、シルフィナには惜しい。彼女は乱雑にロゼアの懐刀を手に掲示し、

「ロゼア様の許可を得ています。陛下の命に関わりますから、通らせてもらいます」

 エリオルを滑空させてそのまま城門を抜けた。ニーナの魔法をゆがめたのが誰なのかはまだ分からない。だが、王城の関係者である疑いは濃く、既にその魔法が除去されたことも、当人には気付かれている筈だった。つまり、国王の命が、直接狙われてもおかしくない、危機的状況でもあると言えた。

「待て」

 そんなシルフィナとエリオルの前に居館へと続く前庭で、二人を阻む者が現れる。王の長男、コッドであった。

「その竜の入城は認められない」

 コッドは仁王立ちで行く手を塞ぎ、シルフィナは兎も角、エリオルは駄目だと二人を止める。王子の命令を無視する訳にもいかず、シルフィナがエリオルを滞空させると、城仕えの兵がすぐに集まってきて、シルフィナ達を取り囲んだ。

「陛下のお身体の具合が悪かったことは伺っております、殿下。その原因を突き止めましたので、陛下をお救いしたく、参りました」

 シルフィナが告げるが、

「それは朗報だ。しかしだ。そうであったとしても、その竜を城に入れることは許さん」

 コッドは、頑としてエリオルを連れてはいることを、許可しなかった。

「分かりました」

 王家の人間にそう言われてしまったのであれば、従う他ない。シルフィナはエリオルの背から降りた。

「少しだけ、待っていてくださいね」

 エリオルに告げ、シルフィナが歩き出す。エリオルはやはり状況を理解していることを、その場に留まることで、示した。

「その竜は丁重に扱え。無理に動かそうとするな」

 集まってきた兵に命じ、コッドもシルフィナに並ぶ、シルフィナよりも歩幅があるコッドはすぐにシルフィナを追い越し、居館の扉に、先に手を掛けた。

「聞こう。父の病の原因は何だ」

 コッドは、シルフィナの言葉を疑わなかった。この辺りは、ロゼアとよく似ている。シルフィナはコッドが開けてくれた扉を抜けながら、

「この城内の誰かが、ニーナ王女殿下の、父を想う気持ちを、利用したんです」

 シルフィナは、原因についての説明を、そう表現した。

「ニーナに会ったのか?」

 その言葉に、コッドが驚く。彼のの足が止まった。

「はい。あちらには、ロゼア様に残っていただいております。魔力を歪める魔法をかけ直されないよう、見張っていただく為に」

 シルフィナは待たなかった。ニーナが父を想い、紡いだ魔法は感知できている。それを追えばいい。国王陛下の寝室を探す必要はなかった。紫髪虹瞳の魔導師の、面目躍如といったところだ。

 居館のホールの階段を上がり、二階の廊下を進み、また階段を上がる。小走りに近いシルフィナを、コッドも狼狽えながら追ってきていた。

 三階への階段を昇っていると、剣戟と、くぐもった悲鳴が聞こえ始めた。

「ぐっ」

「はあっ」

「ぬっ」

 三人の声が混ざっている。二人は若く、少年の声だった。そして一人は低く、大人の男の声であった。

「あっ」

 と声を上げたのは、コッドだ。三階にシルフィナとコッドが辿り着いた時だった。

 扉のひとつが開いていて、室内を背に、少年達が二人、剣を手に扉を守っている。二人と対峙した、ローブ姿の男が、押し入ろうとしていたようだ。

「ギル、何をしている」

 コッドが、男に声を掛けた。扉は王の寝室のもので、扉を守っている少年達は、二人とも、コッドの弟であった。

「デュード、レイ、大丈夫か」

 コッドも、シルフィナの傍を駆け足で離れ、弟達を庇うように立つ。

「何をしている!」

 もう一度、彼は宮廷魔導師を詰問した。激しく咎める口調が、彼の心情を、如実に表していた。

「おどきください、殿下。これは殿下の為なのです」

 臆面もなくギルが訴えるが、

「弟達を害し、父の部屋に推し入ることが私の為と言うなら、私は罪人として裁かれよう。私はお前にそんなことを求めたつもりはない」

 断じて。王子の強い口調が、そう物語る。ギルはよろめくように後ずさり、周囲を見回して、その視線が、廊下の離れたところで見ていたシルフィナを射抜いた。

「紫髪虹瞳の魔導師……お前か! お前が我が術を退けなければうまくいったものを!」

 語るに落ちたと言っていい。誰が聞いても、ニーナ王女の魔力を歪めたのは自分だと、白状しているのだ。それを聞き、シルフィナの目元も、鋭さをもった。

 相手は宮廷魔導師だ。だが、王家の者ではない。国と王家に忠誠を誓うシルフィナだが、それは王城のすべての者に対して、等しく服従するということではない。況や、相手は王家を害しようとしている輩だ。宮廷魔導師であろうと、貴族であろうと、シルフィナからすれば族と同じであった。

「コルギッド殿下。デュード様とレイ様を、部屋の中へ」

 告げて、両腕をシルフィナが広げる。その仕草に本気を見たコッドが、弟達を部屋に引き摺り入れた。それを待ち、シルフィナは両手を、円を描くように、動かした。

 閃光がほとばしる。宮廷魔導師が先に術を放ったのだ。シルフィナに向かい伸びるそれを、

「マジック・トゥ・ゼロ」

 シルフィナの声で放たれた、エルカール以外には敗れたことがない閃光が破った。その魔法はギルの魔法ごと、彼を貫いた。

 そして、同時に。

「手加減はしました」

 シルフィナの魔法は、ギルを失神で済ませるように、手加減されたものでもあった。

「これが……」

 コッドが呟く。彼も、紫髪虹瞳の魔導師の魔法を、すぐ近くで体験したのは、初めてのことだった。


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