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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第三章 王子と姫の間で(4)

 エリオルは、大きく旋回し、都へ向かうルートから逸れた。ニーナが生まれてからずっと暮らしているという、海辺の村ジュネに目的地を変えた為だった。

「もし、ニーナ様が誰かにそんな危険な呪文を教わっていたとするなら、それを止めて差し上げることが先決です」

 シルフィナが行先変更を提言したからだった。原因がそれであり、王の寝室が呪われ続けているとするなら、ニーナ本人にも相当な負担になっている筈なのだ。

「陛下より先に、ニーナ様の命が危険かもしれません」

 というのが、シルフィナが危惧したことだった。ロゼアも同意し、シルフィナ達は、目的地を変更した。

 といっても、ニーナを止めるのは、ロゼアの役目だ。シルフィナにはニーナの行動を否定する発言は許されておらず、場合によってはニーナを力尽くで止めなければならないかもしれないからだ。言葉でさえ許されないのだから、シルフィナがニーナを魔法で止めることが許される筈もない。その為、シルフィナが同席するのは事実確認の検証までで、それが済んだら退出することになっていた。

 ジュネは、ララーカからは北東、サーラからだと南東に位置する、入り江の村だ。国内の街道のつながりと、都市や村の位置関係はシルフィナも熟知している。ロゼアの案内がなくとも、迷う心配はなかった。

「ほら、エリオル。見えますか?」

 遥か前方の眼下に広がる、光の帯のようにも見える景色を指差し、シルフィナはエリオルに教える。

「あれが海です。あなたは、見るのは初めてかしら」

 海原を眺めるエリオルも、

「がう」

 と、答えた。否定と肯定のどちらなのかはシルフィナにも分からなかったが、エリオルがその眺めを楽しんでいることは確かだった。

「お互いを大切にしているのが分かるな」

 ロゼアは、そんな二人をそう評した。彼女は、この二人を引き離すのは罪だ、と肝に銘じているようだった。

 入り江が見えた。それに寄り添うように建ち並ぶ、木製の、小屋のような家々も。その中に、一つだけ石造りの、聖堂と分かる青い屋根が眩しい建物が見えた。

「あれだ。話が本当であれば、あの聖堂に、ニーナは身を寄せている筈なのだ」

 都合がいいことに、聖堂ならではの広いバルコニーが、二階に見える。そこへエリオルを下ろすように、ロゼアはシルフィナに指示した。それを断る権利はシルフィナにはない。指示を無視する理由も。それ以前に、シルフィナが改めて指示を出さなくても、エリオルは要求を正確に理解していた。

 仮にも王族の末娘が逗留している聖堂だ。警備兵はバルコニーにもいる。唐突に飛来した竜に驚き、弓矢を番えて警告の文言を叫ぼうとするも、

「私だ。ネリーメア王国国王の長女、ロゼアだ。火急確かめたいことがあり、立ち寄った。武器を降ろせ」

 ロゼアが先に名乗ったことにより、困惑の様子を見せながらも、兵は武器を収めた。

「し、しかし姫。王子王女の立ち入りは許可されていない筈ではっ」

 一番近くにいた兵に問われるが、

「叱りを受けるのは覚悟の上だ。国王の命に関わる問題なのだ。筋を通さず悪いが、中を改めさせてもらう」

 ロゼアは聞く耳を持たず、エリオルの背から飛び降りると、バルコニーの扉を開け放った。扉は両開きで、中も広く、天井は高い。

「魔導師様、ご足労感謝いたします。どうぞ調べてくだされ。さあ、どうぞ」

 シルフィナを振りかえり、最大限度の礼を尽くしているという素振りを見せて、シルフィナを促した。周囲の兵に対しての、アピールだ。

 シルフィナが答えるまでもなく、シルフィナを背に乗せたまま、エリオルの方がロゼアの求めに応じた。のしのしと扉を抜け、手近な兵士に暴れるつもりはないと告げるように、

「がう」

 とだけ、柔和に鳴いた。兵にも、エリオルの目元に浮かぶ、穏やかな労わりに気付いたらしく、

「は、はあ」

 と、挨拶に応じるように僅かに頭を下げた。

 バルコニーから中に入ると、大理石の廊下が続いている。左右には扉が続き、その一つに、鍵とは違う封鎖の魔法陣が浮きあがる扉があることに、シルフィナは気付いた。右側の壁にある、バルコニーから二番目の扉だった。

「ひとつ、魔法で封じられている扉があります」

 シルフィナ達が廊下に入るのを待ってからあとに続いたロゼアに、シルフィナが告げる。ロゼアは迷わず、

「私には見えないな。魔導師でなければ気付くこともできないということか。解いてもらえるか?」

 そう、シルフィナに頼んだ。シルフィナも躊躇うことなく、ロゼアの頼みに応じた。扉を封じているのは、単純な魔法陣だ。エリオルの背から降りる必要もなく、片手で僅かに印を描くだけで良かった。

 パリン、という破砕音が上がる。鎖が千切れるように、扉に浮かび上がっていた魔法陣が、粉々に壊れて消えた。シルフィナには、まったく難しいことではなかった。シルフィナがエリオルの背に、両手で捕まりなおすと、

「終わったのか?」

 破砕音すら聞き取ることができなかったらしく、ロゼアは疑問の表情を、シルフィナに向けた。そして、その時だった。

「誰? おじさまじゃ、ないのね?」

 部屋の中から、幼子のそれに似た、高い声が聞こえてきた。部屋の中にいた人物には、破砕音が聞こえたようだった。

「ニーナか? 私は、ロゼアだ」

 ロゼアが問う。その声に、部屋の中の声が、さらに一段と、声が高くなった。

「ロゼア姉さま? まあ。ニーナも、ずっとお会いしたかったです。お入りになって。どうか、ニーナにお顔を見せてください」

 ニーナであることを肯定する声は、とても国王を呪っている張本人だとは思えない程に、無邪気であった。

 小走りに、ロゼアが扉に駆け寄る。シルフィナを乗せたエリオルも、すぐにそれを追った。扉の前にロゼアが立ち、その隣に、エリオルが並ぶ。シルフィナ自身、必要がなければ、室内まで足を踏み入れるつもりはなかった。魔力を読み解くだけであれば、廊下からでも十分可能だ。

 ロゼアが扉を開く。室内の空気は清浄で、ベッドだけがある白い部屋は、監獄のようでもあった。ベッドの上に上体を起こす、青白い顔をした少女が、いた。髪は白く、瞳は虹色だ。毛布の上に置かれた両腕は細かった。

「お初にお目にかかります。こんな弱々しい姿でごめんなさい。ニーナです」

 ロゼアに挨拶する表情も儚げだ。ロゼアも知っていた、ニーナが病弱であるという話は、方便ではなく、本当だった。

「ロゼアだ。お前の、三人上の姉になる。長男コルギッドの次だ」

 ロゼアが挨拶に応じている間に、シルフィナが半分だけ顔を覗かせ、こっそり部屋を覗う。それから、約束にはなかったが、シルフィナは魔法を室内の天井の真ん中に飛ばした。

 シルフィナの魔法は天井いっぱいの、円形の複雑な魔法陣として広がり、すぐに染み込むように見えなくなる。それを見届けると、

「うん。エリオル」

 部屋の中には聞こえないように、エリオルの名前を呼んだ。エリオルの知性は、もう疑っていない。シルフィナの期待通り、エリオルは彼女が促していることを察し、廊下を歩き、バルコニーに戻った。ロゼアとニーナを、二人だけにしてあげる為だ。王家の姉妹の会話など、盗み聞きするものではない。それも、長年会えなかった初めての邂逅なのだ。邪魔をするのは無粋だと、子供のシルフィナにも分かった。

 ロゼアを待つ時間はそれ程長くなかった。彼女がニーナを支え、すぐにバルコニーに姿を現したからだ。

「妹のニーナだ。できたら仲良くしてやって欲しい」

 まるで長年可愛がった妹であるかように、ロゼアがシルフィナとエリオルに向かい、紹介した。それからロゼアは、

「魔導師シルフィナと、その友の、エリオルだ」

 ニーナに対し、シルフィナのことだけでなく、エリオルのことも、紹介した。ニーナはまずエリオルに微かな笑顔を向けて、その次に、シルフィナの目を真っ直ぐに、見た。

「お聞かせください。魔導師様。ニーナは、お父様に、何をしてしまったのですか?」

 同じような虹色の瞳に見つめられている。だが、決定的な違いが、シルフィナとニーナの間にはあった。シルフィナに問い掛けるニーナの唇には、青い化粧はなかった。

「ニーナ様、殿下は、国王陛下に魔力を届けられただけです。どうかお気を安らかに」

 シルフィナは、王家の人間から聞かれた質問に、答えない訳にはいかない。だが、今は、赤裸々に真実を突き付けることもできなかった。

「悪いことは何もなさっていません。ご安心ください」

 と。そう答えるしかなかった。


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