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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第三章 王子と姫の間で(2)

 コッドが予想した通りに、状況は進んでいる。シルフィナはロゼアに呼び寄せられ、一時的にシルフィナの竜は彼女と引き離された。

 狙っていたチャンスが、予測していた通りに訪れたのだ。呼び出した宮廷魔導師も夜間のうちに着き、コッドの求めに応じ、ロダルーシュ内に潜伏した。

 ロゼアの手勢にも気付かれていない。魔導で集落の屋内にこっそり侵入し、そのまま民家に潜んだ熟練の魔導師を発見する術は、ロゼアの手のうちにはなかった。

 潜伏さえしてしまえば、あとは難しいことはなかった。強大な竜の片鱗を見せるとはいえ、所詮は雛だ。呪文を成功させる工夫は、枚挙に暇がない。また、竜舎とロゼアとシルフィナがいるバルコニーとの間にはある程度の距離があり、シルフィナに気付かれないように、単純な呪文を掛けるくらいであれば、容易なことだった。魔力に気付けるかどうかは、才能よりも、経験が重要だ。竜に対して、強い術を掛けるようなリスクを負う必要は、現状なかった。

 送り出したコッドも、宮廷魔導師がしくじるとは思っていなかった。気になるのは報告の内容だった。彼の期待に見事に宮廷魔導師は答え、コッドの陣で朝食ができあがる頃には、宮廷魔導師は瞬間移動で再び戻ってきた。

「手間をかけた」

 まずは宮廷魔導師を労い、

「どうだった」

 それから、コッドは首尾を確かめた。

「王子の推測通り、あの竜の雛には重大な秘密がありました。流石ですな」

 宮廷魔導師はくすんだ緑灰色のマントで姿を覆っており、フードを目深に下ろし、人相も隠していた。そのフードを跳ね除け、頭を見せる。眉が太く、口髭と顎鬚を、両方長すぎない程度に生やした中年の男であった。名を、ギル、という。

「聞こう」

 やはりな、と王子はほくそ笑む。朝食をとるよりも、ギルの報告を聞く方を優先した。

「あの雛は、かのマデラ山の人食い竜、エルカールの子です」

 ギルがエリオルに対し行使した呪文は、相手がどこの誰であるかを暴き出す呪文だった。それ以外の効果もなく、短時間で呪文の効果が消滅する為、たいていの場合、読み取られた本人も、その呪文が使われたことに気付くことはない。初級呪文ではないが、強力な呪文という程のものでもなかった。

「ほう。それは確かに重大な問題だな」

 その呪文の成果は、聞いたコッドも、満足できる内容だった。慎重に行動したのは正解だったと嬉しくなる。彼の笑みはますます楽しげに増し、次にとるべき行動が明確になった以上、その相談に入らない理由もなかった。

「支配する方法はあるか」

 と。野放しにするのは危険だが、それだけの強大な竜の子であれば、完全に支配できれば、国を盤石にする戦力にできる。その手段の有無の差が、駆け引きの勝敗を分ける鍵になるだろう。

「余程の強制力がある魔法でなければ、破られるでしょう。私でも確実に支配するのは不可能です。加えて、中途半端な隷属は却って危険でしょう。紫髪虹瞳の魔導師レベルの術師が、持てる魔力を全力で絞り出し、王家に隷属するよう命じて、漸く安心できるのでは」

 と、ギルは見立てた。

「それは解決にならないな。シルフィナ自身にやらせる訳にはいかない」

 だがその案には、コッドはいい顔をしなかった。紫髪虹瞳の子は、滅多に生まれてくる者ではない。数十年に一度、とさえ言われている。少なくとも、コッドが知る限り、シルフィナ以外の紫髪虹瞳の人物は、噂にもなっていなかった。

「子供を脅し、自分の竜に対し、主を王族に変え、隷属するよう命じさせるということだ。そんな馬鹿げた話があるものか」

 コッドがシルフィナに強要すれば、シルフィナは拒否できない。方法としては不可能ではなかった。だが、コッドの心情として、やりたくはなかった。

「しかし、極めて危険な雛であると分かった以上、殺すか、隷属させるかのどちらかでしか、国の安全は確保できませんぞ。王子」

 ギルの言葉は、一理ある。国内で野放しにするのは論外であり、国外に追い払ったところで他国に利用されれば脅威になるだけだ。ネリーメア王国の安全を確保するには、シルフィナには腹を括ってもらう他、道はない。

「殺すくらいなら、隷属を命じる方を選択すると思うか?」

「殿下が、雛を粗末に扱わないことを、硬く約束すれば、そちらを選択するでしょう。そして、あの雛にそれを命じることを選択した場合、シルフィナが噂に聞く通りで娘であったとしたら、雛の傍で償う為に、また、殿下のもとに留まるのではないかと」

 ギルは答える。その意見に、感情の波はなかった。

「気分はよくないな」

 とは、コッドもいうものの。

「それが為政者であることの苦さというものです。国の為には、哀れに思う相手であったとしても、見逃すことができないことはあるのです」

 ギルが厳しく語ることも、真実だと認めざるを得なかった。シルフィナには、心の底では恨まれるだろう。それでも、コッドは王子であった。大切な国には、代えられない。

「そうだな。情に流され、民に被害が出るような判断を下す訳にはいかない。民が不安がる前に、然るべき対応が必要だ」

 そう、認めることは必要だった。天秤のどちらか一方をとらねばならない時の選択からは、王になろうというのであれば、逃げる訳にもいかなかった。

「しかし、やるのであれば、ロゼアが意見や邪魔ができないタイミングを見繕わなければ」

 実行するのであれば、覚悟を決めるのも、王子としての務めだ。しかし、闇雲に出て行って、雛の秘密を暴けばいいという物でもない。下手をすれば、ロゼアに情報を渡した挙句、シルフィナを連れて逃げられるおそれがある。

「もっともです。雛の秘密は、王子にとっては切り札です。然るべきタイミングで、公表されるべきでしょう。たとえば、民衆が集まる前で、ロゼア姫と対決するような」

 ギルは簡単そうに言うものの、当然、そう上手くいくものでもない。

「さて、どのように引きずり出したものか」

 コッドには、名案はすぐには浮かばなかった。彼が思案の中で唸っていると、

「王子」

 コッドのテントの前に、一人の兵が足早に近づいてきた。急ぎの報告があるといった様子に、コッドも思案を止める。兵は、コッドの指示を待たず、報告を始めた。

「ロダルーシュを見張る兵から、例の雛が飛び立ったとの報告が入りました。背にはシルフィナとロゼア姫の姿があったそうです」

 間違いなく、急いで伝えてもらわねば、コッドとしては困る内容だった。彼は、問いかえす。

「何処へ向かったかは分かるか」

 その問いに、兵は、

「確認はできておりませんが」

 と、前置きしてから、報告を続けた。

「おそらくは、都へ向かったものと思われるそうです」

 都。ある意味、好都合な話であった。どういう経緯があったのかまでは推測できないが、おそらく、ロゼアの案内で、城にシルフィナを連れて行こうというのだろうという確信だけは、持てた。

「ギル。お前の魔法で、私の兵を城まで送れるか」

 と、問う。歩いて行ったのでは当然追いつけない。しかし、魔法で瞬間移動できれば、城に着くのは、一瞬だ。昨晩も、ギルはそうやってコッドの陣に来たのだ。

「一度に全員は流石に。ですが、往復すれば問題ありません。それ程時間はかかりません」

 ギルは胸を張って答えた。ある意味、その方が助かるとも言える。コッドは無言で一度頷き、自分がすべき指示を、思考の中で整理した。

「周囲の兵を呼び戻し、陣を畳み撤収の準備だ。それが済み次第、ギルに都へと飛ばしてもらえ。私は一足先に城に戻る」

 兵達には、そう命じ、

「メダ、エイナ、お前達は兵の邪魔になる。私と一緒に来い」

 侍女達には、撤収を命じた。

「は」

「畏まりました」

 兵も、メダも異論は挟まない。コッドの命令が下ると、すぐにそれぞれが然るべき行動を取り始めた。

「ギル、まずは私とメダ、エイラを城に飛ばしてくれ。それから、兵達を迎えに来てやって欲しい。手間をかけるな」

 それを満足げに見ながら、コッドは、宮廷魔導師に瞬間移動の魔法を頼んだ。

「承知仕りました」

 ギルは一礼し、すぐに呪文の詠唱に入る。コッドには、呪文言語は分からない。魔法については、宮廷魔導師のギルが、頼みの綱であった。

 ギルがわざと別の呪文を行使したり、目的地を違えたりする理由もない。宮廷魔導師の詠唱が終わると、コッド、メダ、エイナ、ギルの四人の姿は陣の中から消え、彼等が瞬きする程の間に、コッド達は王城の一室に姿を現していた。そこは、コッドの私室であった。


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