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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第二章 角の頂(6)

 コッドの動向は集落の中に見えず、ロゼアは焦っていた。

「ここは先手をとって動くべきか」

 軍の駐屯砦に座して、ロゼアは思案する。幸い、シルフィナの行方は分かっているのだ。ロダルーシュ内の軍の拠点を抑え、竜を連れた兵を自由に動かすことができる分、自分が先手を打つことに利があると彼女は踏んでいた。

 ロゼアがいるのは、軍砦の中の、個室だ。王家の人間が視察に来た時や、貴族が立ち寄った時に寄宿する為の貴賓室であった。

「兄には妨害の手段もあるまい」

 集落の中に動向が見つからないということは、十中八九集落には留まっていないということだ。コッドが手ぶらでサーラに帰るような男だとは、ロゼアも思っていない。となれば、おそらく、コッドは角ヶ峰山中に潜伏しているだろうと、彼女は睨んだ。

「マグラダ老であれば、使者を門前払いすることはできまい。盟約がある」

 独り言は続く。普段なら思案している内容が口に出ることはないのだが、彼女はある種の冷静さを失っていた。

「接触の手段がないとはいえ、兄もあの竜を見ただろう」

 という確信がその理由だった。ラグルとシルフィナの会話を盗み聞きしたロゼアは、シルフィナ達がマグラダ老のもとに向かうことは知っていたが、あんなに不用心に、堂々と飛んでいくとは思っていなかったのである。シルフィナは優れた魔導師と聞いていたから、もっと身を隠して行動するだけの分別があると想像していたのだ。

「子供に期待しすぎたか」

 ロゼアは、自分の見込み違いを、そう自嘲した。何にしても、今すぐということはないだろうが、ぐずぐずしていれば都から竜乗りの兵を呼び寄せ、コッドもシルフィナに接触してしまうに違いない。

「それは阻止しなければ」

 当然、その理由は王位継承権争いを睨んだものだ。ネリーメア王国でも貴族や豪商などの有力者達の支持を集め、国内外に影響力の根を張ることの重要性は変わらないものの、それだけでは権力争いに勝てないのが、ネリーメア王国では王位争いを複雑化させていた。その主な原因が、竜の圧倒的な暴力と、魔法の万能性である。

 それは容易に影響力を逆転させた。誰もが命を危険には晒したくないもので、強大な竜使いや竜乗り、魔導師を敵に回したくないのだ。その為、その力は、国内外の富と権力を欲する者達の支持を、簡単に逆転させた。彼有力者達とどれだけの友誼と約束を重ねても、命が危ないかもしれないという危機感だけで、簡単に鞍替えされるのだ。

 その両方が、一気に王位検証権争いの天秤の上に吊り下げられた。それも、魔導師も、竜も、自分達の価値に全く自覚がない。ロゼアが焦るのも、当然であった。

「しかし、相手は子供だ。できれば権力争いの渦中には巻き込みたくないものだ」

 さらに決断を難しくしているのは、シルフィナがまだ若すぎる子供だということだった。そして、ロゼアも、子供相手に権力闘争の片棒担ぎをさせて平気である程、悪党ではないつもりだったことも、原因のひとつだ。

「兄が変な気を起こさないと分かれば、直接の接触までは必要ないのだがな」

 そこが、読めない。保護するべきか、そっとしておくべきか。自分では保護したつもりでも、王位継承権争いの天秤に一緒に乗せてしまうことになりかねないことは、ロゼアも十分に把握していた。そして、自分がその気になれず、そっとしておいたとしても、コッドに自分の陣営に引き入れでもされれば、敵が影響力をつけるリスクと、自分の影響力を増すチャンスを、みすみす見逃したことになってしまう。

「ええい。悩んでいても仕方がない。一度、会うか」

 そもそも、シルフィナ自身が、ロゼアを受け入れるとも、コッドを認めるとも限らない。拒絶されることだって大いにあり得るのだ。だとすれば、細かいことは直接会ってから考えても遅くはないとも思えた。

「兄も今日中には使者を出せまい。シルフィナがマグラダ老のもとに飛んだということは、竜の扱い方を学びに身を寄せているということに違いない。シルフィナに竜が制御できないのは、こちらとしても困る。一日待つか。明日の朝、マグラダ老に使者を出そう」

 少なくとも、マグラダ老のところにシルフィナがいるうちは、コッドも簡単に手は出せない筈だ。焦りすぎても良いことはない。ロゼアは、一旦自分を落ち着かせる為に、剣を取り、椅子から立ち上がった。

「ロゼア様。失礼します」

 そこへ、一人の兵が、扉をノックした。タイミングが悪いことだ。ロゼアは剣を置き、椅子に座り直した。

「入れ」

 と、声を掛ける。彼女が許可してはじめて扉は開かれ、全身に金属鎧を着た重装兵が、入室した。

「都の兵士が、山を降りて行くのを、ロダルーシュの駐屯兵が見たと、報告がありました」

 兵の報告を聞き、

「兄の手勢か」

 ロゼアは、問い返した。

「おそらく」

 重装兵は頷き、だが、確認はとれていないことを、短い言葉で端的に返した。

「竜乗りの兵を呼び寄せる伝令だろう。兄の方も使者を出す決断をしたようだな」

 でなければ、兵を走らせたりはすまい。誰が考えても、それ以外の意図がある筈もないと分かることだった。

「では、ロゼア様も」

 と、重装兵が鎧を鳴らす。見た目ではほとんど変わったように見えないが、姿勢を正したのだろう。

「兄の方の竜乗りの兵も、今日中には着くまい。伝令が走るにしても、馬でも都につく頃には夜だ。それに、シルフィナには竜の扱いを学ぶ時間が必要だ。今日は使者を出すな。出すのは、明日の朝だ」

 ロゼアが、自分の考えの説明を加えながら、指示を飛ばす。

「は。畏まりました。明日の朝一番に出せるよう、今日中に使者の兵を用意させます」

 重装兵は、指示に対する対応を、明確に返答した。意識のすれ違いがないように、非常時以外の呼応は言葉でするように、というのが、ロゼアの手勢の決まりであった。

「それでいい。頼んだぞ。ああ、それと」

 今日のところの対応はそれでいい。ロゼアは返答に満足したが、一点だけ、訂正を入れた。

「兄が夜陰に紛れて兵を出し、こちらを出し抜こうとするおそれがある。ロダルーシュの駐屯兵の中に、夜警対応ができる竜乗りがいないか、すぐに調べてくれ」

 ロゼアの指示に、兵は迷ったように時間を置き、結局確かめるべきだと決めたように意見した。

「ですが、ロダルーシュの兵達には何と言って夜警の目的を告げましょう」

 それは慎重さが求められる判断だ。王家の内情を、地方の兵に勘繰られるのは得策ではない。

「なるほど」

 ロゼアもその疑問には、考慮の必要があると認めた。しばらくの思案ののち、彼女は答えた。

「私の夜歩きの警備とでもしておいてくれ。実際に集落の外を適当に出ていることにする」

 実際には、夜通し火をもちながら兵が空を飛び回り、コッドが隠れて竜乗りの兵を飛ばしにくくできればそれでいいのだ。実際にコッドの動向を見つける必要はない。

「夜通し外出されるのですか?」

 だが、ロゼアが下した判断は、そういうことを意味していた。

「たまにはキャンプとしゃれこむのも乙なものだ。白み始めた早朝には戻る」

 ロゼアは自分の方は、たいした負担ではないと、うっすらと笑った。

「兵を集めすぎるなよ。明日の警備もあるのだぞ。集落の兵の負担も考えてやらねばな」

「は。畏まりました」

 重装兵は敬礼し、部屋を出て行った。彼等の行動は迅速だ。それがロゼアには頼もしく感じる。

「さて」

 再度、ロゼアは椅子から立ち上がった。だが、先程立ち上がった時とは違い、剣を振るいに行くつもりで、ではない。

「テントを調達してくるか。自分でキャンプ料理を作るのも久方ぶりだな。何を作ろうか」

 テントと、夜の間に食べる食材の調達の為だった。ロゼアは一人で野宿をした経験もある。なかなか機会には恵まれない為、それも本当に久しぶりのことだった。仮にも王家の姫である。いつもなら、警護の兵が煩い。

 砦の窓に視線を向け、空を見る。雨は随分前に上がっていた。運がいいと、自然に表情が綻ぶ。

「これなら買い物も楽だな」

 雨を避ける必要もないと分かれば砦で時間を潰しているのもつまらない。ロゼアは集落の商店を巡る為に、砦の廊下に出て、外を目指した。

 ロゼアの部屋は、砦の三階だ。出口は、螺旋階段を降りた先だ。彼女は階段を、靴音を響かせて降りて行った。

 カツン、カツンと、踵が石を踏む。楽しげにスキップしているような音が、壁に響いた。


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