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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第二章 角の頂(4)

 時間がない。

 その言葉の通り、マグラダ老からの修業は、すぐに始まった。最初は座学からだった。シルフィナは魔導師で、座学は苦にならない。それどころか、新たな知識が得られる機会と、楽しんですらいた。

「まず、お前さん。竜使いと竜乗りについてじゃが、何処まで知っておるかのう?」

 というマグラダ老の問いから、座学は始まった。

「必要とされる資質と、修める技術が異なると」

 シルフィナは答える。真髄まで理解しているとは言わないが、真面目に魔導師の修業をしているのであれば、一般的に生業として存在する道については、ある程度理解しているものだ。

「うむ。竜使いと竜乗りの大きな違いは、竜と並び立ち、友として、仲間として連携し合うか、竜に乗り、一体となることで、双方の力を合わせるかの違いがある。前者が竜使いで、後者が竜乗りじゃな」

 マグラダ老も、シルフィナの答えに満足げに頷いた。そして、如何にも気難しい老人がそうするように、顎鬚を撫でながら、

「では、なぜ両方技が統合されないのかは、知っておるか? 本来であれば、臨機応変に両方のスタイルを切り替えられた方が心強いじゃろうに。両方の才能に恵まれた者もいよう?」

 と、問うた。才能が異なると言えばその通りだが、誰も彼もが、どちらかの才能しかないという訳でもないだろう。そう言われれば、奇妙な話だった。必要とされる才能が異なるから、としか、シルフィナも知らない。

「うむ。答えを言うとな。人間は覚えられても、竜の方が嫌がるのじゃよ。特に飛竜など、人間ほど知能は高くない。臨機応変というのが難しいのじゃ。そして、知能が高い竜ほど、プライドが高い。乗り物代わりの扱いに甘んじることは少ない。故に、知能が高い竜程、前者の関係を好む。知能が低い竜程、後者の関係の方が、安心する。そして、竜使いも、竜乗りも、竜や飛竜に認められ、信頼できる相棒を得て、はじめてなれるものじゃ。一度竜を得たら、必要のない方の技術を修めるべきではないのじゃよ。竜の為にな。例外はあれど、概ねそんなところじゃ」

「エリオルとも前者の関係を目指した方が良いと?」

 その理屈で行けばそういうことになる。シルフィナは、竜使いの技を修めるべきなのだろうと理解した。

「まあ、とりあえずは、そうじゃな。あの子は聡い子じゃ。信頼関係があれば、手綱を常に握っておく必要はなかろう。自己判断に任せられる状況は多い筈じゃ。じゃがのう」

 と、マグラダ老は、難しい表情を見せた。どうにも、単純ではないというように。

「あの子は例外じゃ。お前さんを背に乗せることを、楽しんでいるふしすらある。それを考えると、お前さんは、両方の技を修めるべし、ということもできる。問題はお前さんが既に魔導師だということじゃ。それも明らかに魔導師を貫くべき器じゃ。魔導師の修業には時間が必要じゃ。ワシ自身、魔導師なのだから、よく知っておる。お前さんが竜乗りや竜使いの修業にかまけるのは、ちと勿体ない」

 ため息を漏らすマグラダ老に、

「かといって、あの子を使い魔には……」

 シルフィナも苦笑いを返した。

 魔導師であれば、そういった第三の選択肢はあるにはある。もっとも、できれば、の話であるが。

「やめておけ。お前さんがシワシワの婆さんになってしまうわい」

 使い魔には、主人の魔力を、使い魔の器に応じて分け与えるものだ。つまり、エリオルを使い魔にするということは、エリオルの魔法適正いっぱいにまで、シルフィナの力を分け与えるということなのだ。ただでさえ、竜は高い魔法適正をもつ生物だ。それがエルカールの子ともなれば、結果は試すまでもなく明らかだった。過ぎた使い魔は持てないのである。

「ですよねえ」

 おそらく、シルフィナであれば死にはすまい。普通の術者ならば憤死するが。だが、出枯らしになることは請け合いで、むしろ、出枯らしで済む方が驚異的でもあった。

「でも、高度な技術がなくても、あの子はわたしに合わせてくれる気がします。問題は、あの子に何かあった時に、わたしには何もできないってことの方かもしれません。全然、どうしていいのかが分からないですから」

 ひとまず、不測の事態はおいておいても、だ。シルフィナは、まさにそれを学ぶために、ロダルーシュの集落に来たのだ。

「うむ。その為には、知識だけでなく、技術を身につける必要がある。実技じゃな」

 それは間違いないと、マグラダ老は認めた。日々の生活のなかで起きるちょっとしたトラブルに対処できないのでは話にならないのは、誰の目にも明らかだ。

「さて、ではそれを教えるとしようかの。まあ、大半は知っている内容じゃろうが、おさらいだと思って聞いておいてくれ」

 マグラダ老が、そう言いながら立ち上がり、広間の奥にある、竜の置物へと歩み寄っていく。それには車輪がついているらしく、老人はそれをガラガラと引っ張り出してきた。

「ほいっ、と」

 そして、像を開く。竜の像は、縦に二つに開く構造になっていた。

「竜の解剖模型じゃ。よくできておるじゃろう? ちなみにモデルは若い頃のワシじゃ」

 と、マグラダ老が笑う。

「おほん。お前さんは魔導師じゃ。竜の身体は余すところなく魔法の道具の素材に仕えるから、構造図は見習い修業中に穴が開く程見たじゃろう。今更一つ一つ説明する必要はなかろうな。お前さんが覚えた解剖図と一緒じゃ。何しろお前さんが見習いをやってた頃には、教材はワシの著書になっておったからの。今もそうじゃ」

「は、はあ」

 妙に自慢話が多い。シルフィナは、その自慢は必要なのだろうか、と疑問を抱かずにはいられなかった。時間がないというのなら、脱線してほしくないと思うのも、当然のことだろう。

「おほん。ワシの偉大さが理解できたところで、ここからは、魔導師には必要ない、竜使いや竜乗りが覚えねばならん知識になる。人間と暮らす竜において、最も注意してやらんといかん身体部位は何処だと思う?」

 マグラダ老の問いに、シルフィナは竜の身体構造的弱点は何処だったかを、首を傾げて思い出そうとした。実際、何処を切っても隙のない、完璧の無敵生物だ。

「ふむ。まあ、そうじゃろうな」

 答えられないシルフィナに、マグラダ老は、さもありなんという顔で頷く。彼は説明を始めた。

「答えは、顎じゃ。何しろ、獲物に食らいついて食事をすることが減るし、人間が与える食事は柔らかいものになりがちじゃ。故に、顎の運動、特に噛む運動をさせてやる必要がある。じゃが、これがまた一苦労じゃ。その辺のものや森林の樹木を勝手に嚙み千切って回らせる訳にはいかんからのう。大迷惑じゃ。かといって、その辺の玩具じゃあ、竜の顎の力は強すぎて、すぐに粉々になってしまう。一番手っ取り早いことはこまめに戦わせてやることなのじゃが……あの子ではのう……」

 遠い目。想像しなくとも分かる。その通りだ。

「わたしがもちません」

 エリオルと力比べをさせても問題ない相手が、どれだけいるものか。シルフィナに心当たりがないではないが、それはそれで、相手が悪すぎる。

「本来ならワシがあやしてやりたいが、それは人間の王家が許すまい。よしんば許されたとしても、王家の者の管理下で、じゃろうな」

 野放しにはすまいとマグラダ老は見ている。野放しにできる訳がないのだ。不安要素が過ぎる。

「わたしから王家の方と約束を交わし、エリオル共々、庇護下に入るのはどうでしょう」

 シルフィナの質問に、

「悪くない選択よの。逃げ回るよりは賢い。じゃが、最善ではなかろう」

 マグラダ老は是とも非ともいえない顔をした。王家の事情はシルフィナより詳しい。というより、王家の事情を気にするには、シルフィナが子供でありすぎた。政治の難しい話はまだ関心が薄い。

「ええと、なぜですか?」

 分からない、と首を傾げた。

「うむ」

 マグラダ老は子供を愛おしむ目をする。無理もない、と感じたのだろう。

「今は国王に謁見できんからじゃ。というのも、このところ、具合が良くないらしい。長くないかもしれんとも聞く。国王には子もおるが、そっちはそっちで問題なのじゃ。王には子が五人もおる。多すぎるのじゃ。王の体調不振が続くがゆえに、王位継承権争いが表面化しつつある。下の三人はそれほど権力に執着しとらんと聞くが、上の二人がどうにもきな臭い。取り入れるとしたら上二人じゃが、それはそれで、危険な賭けになるじゃろう。選択によっては、王家から距離をとるよりも、悪い結果になりかねん」

「でも、王家の方が来られているんですよね? 距離をとるのはもう無理じゃないですか」

 シルフィナがかぶりを振った。

 マグラダ老は、無言で頷いた。


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