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最後の魔法は竜の背で  作者: 奥雪 一寸
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第二章 角の頂(2)

 青年の名は、コルギッドという。

 自分では、コッドと呼ぶようにと名乗っている。豪華な衣装や、兵士や侍女に囲まれていることから分かる通り、ネリーメア王国の第一王位継承者で、現国王の長男である。

「コッド様。一旦ロダルーシュの集落に戻られますか?」

 雨に濡れているのも気にせず、侍女の一人が問いかけた。右側にいる侍女だ。左側にいる侍女ともども、まだ若い。右側にいるその侍女は赤髪で、もう一人は銀の髪だった。

「いや。山中に陣を敷こう。集落には妹がいる。手の者もいよう。動きを悟られたくない」

 冷静な瞳で、赤髪の侍女を見る。

「笠はもう良い。お前達がずぶ濡れではないか。風邪を引かぬうちに暖をとらせてもらえ」

 そう告げ、手近の兵を手招きした。

「メダとエイナがこのままでは体を壊す。急ぎ、テントを張ってやれ」

 と、命じる。声色には冷酷さはなく、むしろ、彼女達が自ら進んでコッドの雨避けになっていた事実を匂わせる、労わりの響きさえあった。

「は。直ちに」

 兵達も、コッドの命じる内容に、即座に対応する。命令だからやっている風でも、王子を恐れてやっている風でもなかった。

 女達は動かない。コッドの命令には応じず、笠を保持し続けた。

「やめろと言っている。私は多少濡れたところで問題ない」

 コッドは笠を下げろと再度命じたが、結果は変わらなかった。侍女達は、梃子でも動きそうにない様子だった。

 仕方がない、と嘆息し、コッドは集まってくる兵士に混ざる。自ら、テントの設営を手伝うつもりだった。

「今すぐに。王子はどうか、離れてお待ちください」

 兵士からも、暗に手を出すなと言われた。コッドができないと言っている訳ではない。邪魔なのは、両側をがっちりキープしている侍女達の存在だ。流石に三人並ばれると、場所をとる。

 兵士達の動作はきびきびと手慣れている。士気の高さも伺えた。すぐに二、三個のテントが設営され、大きくはないが、雨露を凌ぐには十分な陣が完成した。中央に王子用の大振りなテントがあり、それを守るように、二つのテントが囲んでいる。周囲は岩の柱が乱立し、足元も岩肌だった。

 テントに椅子が置かれ、コッドはそれに腰掛ける。侍女たちも、ようやく笠を手放し、コッドの左右に落ち着いた。雨天が災いして火は起こせないが、山の地熱のお陰で山中の空気に体温を奪うことはなかった。

「しかし、立派な竜だったな。飛竜に先導されていたようだが、誰かの持ち竜であろうか」

 赤毛の侍女に、コッドが話しかける。侍女は僅かに首を傾げながら、話題に応じた。王子がメダとエイナと名を口にしたうちの、メダというのが彼女の名であった。赤毛だけでなく、大きな赤みの強い瞳も特徴的だった。

「恐れながら。誰かの持ち竜であったとしても、王子にこそふさわしき竜に見えました」

 やんわりと笑う。艶やかな笑みには、何処か悪戯を仕掛ける意地の悪さのようなものがあった。

「メダ。王子を困らせるものではないわ」

 金髪の侍女が、はじめて声を上げる。彼女がエイナだ。メダと違い、やや冷ややかな目元をしていて、瞳は緑だった。

「うむ。エイナが正しいだろう。他人の竜を奪ったとて懐くとは思えぬ。竜が自らの意志で主を見限るのであれば話は別だが、それを期待し、あてにするのは、人の道に外れよう」

 コッドが頷き、メダも今度は素直に笑う。

「それでこそネリーメア王国の王子です。民は虐げるものでなく、敬うものです」

「まさにその通りだな。だが、もしあれが持ち竜であるとしたら。あのような見事な竜に認められる人物は、さぞたいした人物なのだろう。近づきになりたいと願うくらいは、許されるのではないか? あわよくば、臣下に加わってほしいというのは、欲張りすぎか」

 コッドが冗談半分で笑い、どんよりと厚い雲が垂れ込める空を見上げた。

「羨ましい気持ちがないと言えば嘘になる。あのような竜であれば私が選ばれたかったのは事実だ。誰かの持ち竜と決まった訳ではない、という期待もしている」

 そもそも、コッドが都のサーラを離れ、ロダルーシュを訪れているのは、視察などとの公務が目的ではない。彼が兵を伴って角ヶ峰に籠っているのは、ひとえに、彼が抱く、自分の竜を得たいという望みを叶える為だった。

 勿論、ネリーメア王国の王家の者が相棒となる竜を得なければならないなどといったしきたりがあったりもしない。完全に、コッド自身の我儘だった。

 強いて言えば、妹であるロゼアへのコンプレックスが理由であるとは言えた。というのも、コッドは剣の勝負で一度もロゼアに勝ったことがないのである。それ故に、コッドは王の臣下達から、ロゼアの方が頼もしいと思われているのではないかと、内心、僻んではいた。自分自身の力だけでは勝てないからこそ、竜を共にすることで、ロゼアに勝ちたいという願望があるのは確かだった。

「勿論、野良と考える方が、無理があるだろう。目的地を定めて飛んでいたように見えた」

 過度な期待をするつもりは、コッドにはなかった。それに、権力を笠に着て他人から取り上げるつもりも。角ヶ峰はネリーメア王国の一部で、ここで竜を飛ばしているのであれば、竜の主は、おおかたネリーメア王国の民ということになる。自国の民から奪う王家であってはならない、というのが、父である国王からも厳しく学ばされている、コッド自身の哲学であった。

「殿下」

 コッドがメダやエイナとの会話に興じていると、竜の素性を調べに走っていた兵達が戻ってきた。どうやら、調べがついたらしい。

「あの竜は、まだ登録されておりません。ですが、連れている者はいるとのこと。紫の髪と虹の瞳をもった、まだ子供と言っていい少女であったとの話を、門番からも聞けました。一緒に飛んでいたのは、ロダルーシュの所属の兵で、ラグルの飛竜であるそうです」

 そんな報告を、神剣な面持ちでコッドは聞いた。兵の言葉が切れるのを待ち、

「紫の髪に、虹の瞳か。唇は青だったか?」

 そう、呟くように聞き返した。

「青白かったらしく」

「では、うちの国の民だな」

 強い魔力を秘めている外見的特徴をもつ人間が、唇に青色の化粧をするのは、ネリーメア王国内の、特徴的な定めだ。他の国では見られない法である。その為、その容姿に合致するのは、ほぼ間違いなく、ネリーメア王国の民だと考えて良かった。

「子供か……。カルザークの若き天才魔導師と噂に聞く、シルフィナか?」

 その噂は、王子であるコッドの耳にも届いている。シルフィナの名は、そのくらい、ネリーメア王国内では噂になっていた。

「おそらくは」

 兵士も同じ推測をしたことを認めた。シルフィナ。実際、コッドも、彼女には関心を寄せていた。

「ますます臣下にほしい理由が増えたという訳か。幸運というべきか、厄介というべきか。いずれにせよ、彼女は竜使いや竜乗りではなく、魔導師だった筈だな。……む。そうか。それで合点がいったぞ。頂に向かったのか」

 そう考えれば、自然と辻褄があうように思えた。何しろ、竜の轟きは、コッドも聞いた。

「すると、あれはマグラダ老の声だったのだな。呼ばれたのだろう。無理もなかろうが」

 コッドは魔導師ではないが、角ヶ峰の頂に住むマグラダ老のことは知っている。彼は王族だ。国内の目ぼしい情報を知らないでいることは、罪だと言える。

「しかし、そうなると、我等では門を叩けぬな」

 そこへ至る道はない。人の足では辿り着けない場所に、マグラダ老は住んでいる。マグラダ老のもとにシルフィナがいるうちは、せっしぃ奥の方法はないということも、意味していた。

「さて、どうしたものか。妹はまだロダルーシュにいる様子だったか?」

 できれば、ロゼアとは鉢合わせしたくない。ロゼアがコッドに動向を隠したがっているのと同様に、コッドもまた、顔を合わせたくないと考えていた。ある意味、似た者同士と言えるのかもしれなかった。

「は。まだ手の者も潜り込ませ、殿下の同行の探りを入れている様子でした」

 コッドの兵も、そのあたりの事情を、熟知している。しっかりと、ロゼアの方の動きも、調べてきていた。

「まったく。ロゼアはどうしてこう、鼻が利くのか。となると、我慢比べか。野外のこちらの方が、分が悪いな」

 何故そこまで互いに牽制しあい、直接顔を合わせるのを避けるのか。ただ格好がつかない以上の理由が、何かありそうであった。

「待つしかない。それとも、本腰をいれて、飛竜を手懐けるか?」

 それもまた、手段のひとつだ。しかし、コッドは、あの竜を見たあとでは、普通の飛竜では満足できそうになかった。飛竜の方も、そんな態度の彼を認めてはくれないだろう。

「お前達、飛竜を手懐けられそうな者はいないか?」

 兵に聞く。

 芳しい反応を示す兵は、いなかった。


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