お嬢様が暗殺された侍女は、幽霊と…
華やかな令嬢たちが断罪され、婚約破棄でズタボロに。そんな物語は、世の中にあふれている。でも、その裏にいる侍女たちは?彼女たちの気持ちは無視されてきた。主のお嬢様が断罪された時、その陰で静かに仕える侍女たちは、主の悲劇をどんな気持ちで見ていたのだろう?
今回は、愛するお嬢様を失って、復讐を誓った侍女、マリーの物語である。
◆◇◆
侍女のマリーは仕事着であるメイド服に身を包み、亡きキャサリンお嬢様の愛用していた白いレースのハンカチを手に握りしめていた。
そこは、バロー男爵邸の薄暗い使用人部屋。蝋燭の炎がゆらめく中、ハンカチにキャサリンの愛用していたローズマリーの香水の匂いを染み込ませていた。
「マリー、それを客間へ。ボブを怯えさせるのよ。」
この世のものではない邪悪な声が、侍女マリーの口から漏れた。
それは、悪霊となってしまった、バロー男爵家長女キャサリンの声だった。
キャサリンの霊は、マリーに憑依していた。
そして、マリーは使用人専用の通路を抜け、いつも通り、侍女として当たり前のように屋敷の客間に入り、ソファーの隅にハンカチを落とした。マリーは音を立てないよう静かに部屋を後にし、廊下の角で息を潜めた。
数分後、ロイド子爵令息のボブが客間に入ってきた。キャサリンの元婚約者で、今ではキャサリンの妹エマの婚約者になってしまった、あの男。ドアが軋む音が響き、すぐに彼の甲高い悲鳴が屋敷中にこだました。
「まただ! またあのハンカチが! キャサリン、許してくれ! 頼むから!」
ボブの叫び声を聞いて、マリーは自分の行動に一瞬戸惑った。
「私がこんな大胆なことをするなんて……」
だが、キャサリンの声が即座に答えた。
「あなたは私のためにやってるのよ、マリー。私の無念を晴らすために。」
追い打ちをかけるように、キャサリンの霊が彼女に更に囁く。
「もっと怯えさせて、ボブを追い詰めて。だって私、ボブからすれば悪役令嬢なんでしょう?」
マリーは深く頷いた。
「お嬢様のお望みとあらば、喜んで。」
マリーは唇の端を上げ、満足げに微笑んだ。
ボブが怯えた姿を見届けた後、男爵邸の薄暗い廊下を、マリーは静かに歩いていた。蝋燭の炎がゆらめき、石壁に彼女の影を長く投げかける。まるで過去の亡魂が彼女を追いかけてくるかのようだった。マリーの心は、あの日の記憶に囚われていた。
その頃、「キャサリンは悪役令嬢だ」といういわれもない悪評が立ち、マリーは心を痛めていた。妹のエマを階段から突き落として怪我をさせたとか、他の令嬢に花瓶の水をかけたとか。無実の罪ばかりが膨れ上がり、キャサリンが悪女だという噂が流れていた。
――どうして皆嘘ばかり言うの?お嬢様がそんなことするはずがないのに。
主であるキャサリンお嬢様の噂を流した犯人を探ろうと、マリーは躍起になっていた。
そしてあの日、マリーはキャサリンの婚約者ボブと、キャサリンの妹のエマが密会している所に出くわしてしまった。
――あれは、ボブ様とエマお嬢様。でも、どうして?
「エマ、君こそが私の真実の愛だ。キャサリンとの婚約は、ただの政略だよ。さっさと彼女との婚約を破棄して、君のそばに居たいんだ。」
ボブの甘ったるい声が、キャサリンの妹エマに向けられていた。マリーは恐ろしいものを聞いてしまったと使用人専用の狭い通路に逃げ込み、壁の向こうの会話を盗み聞きながら、拳を握りしめていた。
「ねえ、あとどれくらい?」
「大丈夫。もうすぐだよ。噂もあるし、僕には切り札があるんだ。」
エマの含み笑いと、ボブの熱を帯びた囁きが、マリーの胸を抉った。
キャサリンはボブとの婚約を心から喜び、未来を夢見て微笑んでいた。それなのに、ボブは裏切った。お嬢様の妹と婚約者の裏切りを知ったあの瞬間、マリーの心は凍りついた。
そして、その数日後、キャサリンに婚約破棄の通達が届いた。噂になっていた、身に覚えのない理由ばかりが並んでいた。
キャサリンの父であるバロー男爵も再調査を依頼したりと奮闘していたが、その矢先、キャサリンは死んだ。本当ならば行われるはずだったボブとの結婚式の、ちょうど1カ月前のことだった。
彼女は突然倒れ、息を引き取ったのだ。そして、キャサリンの葬儀当日、姉の遺志を継ぐように、エマとの婚約が発表された。
キャサリンの死因は公式には「原因不明の急病」とされたが、マリーにはわかっていた。
ボブが毒を盛ったのだ。キャサリンが愛した婚約者に裏切られ、殺されたのだ。
その証拠に、キャサリンが死んだ次の日には、なぜかキャサリンが大好きだった砂糖菓子の瓶が無くなっていた。ボブからプレゼントされた、お気に入りの砂糖菓子が。
その時、マリーは涙をこらえながら決意した。
――私が、キャサリンお嬢様の無念を晴らすのだ。
葬儀の夜、マリーの部屋に異変が起きた。窓の外は嵐で、雷鳴が遠くで響いていた。
突然、部屋の空気が冷え、薄暗い光が揺らめいた。
そこに、キャサリンの姿が現れた。生きていた頃とは違う儚げな半透明の身体をしていた。かつての美しい金髪が月光に輝き、哀しげな瞳でマリーを見つめた。
「マリー……私の恨みを晴らして欲しいの。」キャサリンの声は、風のように儚く、しかし確かな憎しみに満ちていた。
マリーは震えながらも、向こう側が見えるキャサリンの手を握った。その瞬間、冷たい感覚が彼女の全身を駆け巡った。マリーには分かる。キャサリンの霊がマリーに憑依したのだ。マリーの心はキャサリンの怒りと共鳴し、復讐への決意がさらに強まった。
――キャサリン様、必ず復讐してみせます。
その日から今まで、毎週土曜日、ボブが来る日に合わせ、マリーはキャサリンの幽霊に導かれ、復讐を行っていた。
ボブは男爵邸に来るたびに憔悴していった。彼の目は血走り、顔は青白く、まるで幽霊に取り憑かれたかのようだった。それでも、新しい婚約者であるエマに会うため、毎週末の土曜日に屋敷に訪れたのだった。
「やめろ! キャサリン、もうやめてくれ!」
きっと、今度はキャサリンの髪飾りでも見つけたのだろう。今日も彼の叫び声は屋敷中に響き、使用人たちが駆けつけていた。
ボブの異常な様子に、男爵邸は「キャサリンの亡霊が復讐している」という噂でざわつき始めていた。
マリーは復讐が順調に進むのを見て、内心で満足していた。だが、キャサリンの憑依は彼女に重い負担となっていた。夜中、マリーはキャサリンの記憶を悪夢として見せられ、汗だくで目覚めることが増えた。
キャサリンの憎しみがマリーの心を侵食し、彼女は自分の感情とキャサリンの感情が混じっていっていることに気づいた。
「お嬢様、私、どこまでが自分なの?」
と呟いたとき、キャサリンの声が答えた。
「私たちは一つよ、マリー。私の恨みはあなたのもの。私たちは一緒にボブを追い詰めるの。」
マリーはキャサリンの言葉に頷いて、復讐の喜びをかみしめていた。けれど、憑依の影響で彼女の体もまた弱っていった。鏡に映る自分の顔は青白く、瞳にはキャサリンの金色の輝きが宿っているように見えた。
――それでも、私はキャサリンお嬢様のために戦う。
誓いを立てているのは、マリーの心なのか、キャサリンの亡霊なのか、もう分からない。どこかで自分の心が失われる恐怖を感じながらも、彼女は止まらなかった。
キャサリンの恨みを晴らすため、そして自分の忠義を貫くために。
◆◇◆
ある秋の日、男爵邸の使用人たち全員が大広間へと集められ、一人の女性が紹介された。
彼女は黒髪が夜のように滑らかで、赤い瞳が炎のように鋭い吟遊詩人だった。
彼女は緋色のマントを羽織り、肩には古びたリュートを提げていた。
バロー男爵が重々しく口を開いた。
「わが娘、キャサリンが死んでもう2カ月。この屋敷にはキャサリンの亡霊が出ると噂になっている。そして、ロイド子爵から、エマとの婚約を継続するために、この屋敷の悪霊退治をするようにとの通達があった。」
初めて聞かされる内容に、広間がざわついた。
男爵はなおも話を続ける。
「ここに居るのは、かの有名な吟遊詩人、「霊能のレノーラ」だ。レノーラ殿は、悪霊を祓う歌が歌える、数少ない吟遊詩人だ。ボブの怯える原因を突き止め、屋敷に平穏を取り戻してくれるだろう。」
広間のざわめきは大きくなるばかり。
「あれが噂の霊能のレノーラ?」
「思ってたより若いわ。まだ小娘じゃない。」
「やっぱり、この間私が見たのは、本物の幽霊…。」
レノーラは穏やかに微笑んだが、その瞳は使用人たち一人一人を鋭く見つめていた。
マリーは彼女の視線に耐えきれず、目を逸らした。
心臓がバクバク鳴る音が聞こえ、冷や汗が背中を伝った。
自分が仕掛けた幽霊騒動が、こんな形で明るみに出るとは思っていなかった。
キャサリンの霊がマリーの心の中で囁いた。
「気をつけて、マリー。この女、ただ者じゃないわ。」
マリーはなんとか平静を装ったが、内心は恐怖で震えていた。
レノーラは子爵の案内で屋敷内を歩き回り、ボブの怯える様子や使用人たちの噂話を聞いて回っていた。
翌日も、レノーラは屋敷に来ていた。
たまたま通りかかった時に、レノーラを見つけてしまったのだ。
マリーは箒を片手に柱の陰に隠れ、聞き耳を立てて様子を伺っていた。
――あの吟遊詩人、さっさと別の所に行ってくれないかしら。
レノーラは屋敷の裏庭に腰を下ろし、リュートを手に取っていた。
そして、恐ろしいことに、楽器でしかないはずのリュートがレノーラに話しかけていた。
「ワガハイに言わせれば、この屋敷に悪霊などおらん。どう思う、レノーラ?」
「確かに、悪霊の気配はないわね。だけど、妙な雰囲気はある。……憑依よ。キャサリンの霊が、誰かに憑依してるわ。問題は、それが誰かよ。」
レノーラの導き出した答えに、マリーの心臓が飛び出しそうになった。
――もう、あの吟遊詩人が答えのすぐそばまで来てるなんて!
「ちょっと、よろしいかしら。」
マリーが掃除を続けていると、声をかけられた。
振り向くと、そこにはレノーラが立っていた。
「あら、えっと…吟遊詩人のレノーラ様?」
いきなりレノーラが現れ、心臓の音がバクバクと聞こえる。
「ええ。貴女はキャサリン様の侍女のマリーさん、でしたっけ?」
「そうですよ。」
名前を呼ばれ、キャサリンの名前が出たところで、首筋を冷や汗が伝った。
――平常心、平常心を保たなければ。いつも通りに。冷静にならなきゃ。
「ところで、男爵家の皆さまから話を伺っていまして。お話、いいかしら。」
マリーは、男爵邸の書庫に連れて行かれた。
重厚な木の扉がゆっくりと閉まり、書庫の静寂が二人を包み込んだ。
高い天井まで並ぶ本棚の間には埃が舞い、蝋燭の明かりがゆらめく。
窓の外では夜が深まり、月光がステンドグラスを通して淡い光を投げかけていた。
レノーラはリュートを手に持ち、赤い瞳でマリーをじっと見つめている。
その視線は鋭く、まるでマリーの心の奥底を切り裂くようだった。
マリーは緊張で息を詰まらせ、キャサリンの霊が心の中で囁く声を聞いた。
「気をつけなさい、マリー。この女は危険よ。決して真実を明かしてはいけない。」
レノーラは静かに口を開いた。
「マリー、キャサリン様の霊を見ました?」
その声は穏やかだが、刃のように鋭くマリーの心を突き刺した。
マリーの身体が一瞬硬直した。彼女は目を逸らし、震える声で答えた。
「いいえ、見たことありませんわ。」
だが、彼女の声には微かな震えがあり、一瞬、キャサリンの優雅な口調が混じった。
キャサリンの霊が心の中で叫んだ。
「嘘をつくのよ、マリー! バレたら私たちの復讐が台無しになるわ!」
マリーは唇を噛み、汗が額を伝うのを感じた。キャサリンの声が彼女を支配しようとしていたが、マリー自身の恐怖がその声をわずかに揺らがせていた。
レノーラはマリーの動揺を見逃さなかった。
彼女は一歩近づき、リュートを軽く弾いた。
低く響く音が書庫にこだまし、まるで霊的な波動を呼び起こすようだった。レノーラの赤い瞳がマリーを捉え、彼女の周囲に漂う冷たい、霊の気配を空気を感じ取った。
だが、レノーラの推理を決定づけたのは、マリーの言葉そのものだった。
「ふぅん、幽霊を見てない、ね。」
レノーラは目を細め、口の端に皮肉な笑みを浮かべた。
「この屋敷、キャサリンの亡魂がうろついてるって大騒ぎよ。使用人たちはみんな、妙な気配や物音に怯えてる。なのに、あなただけが『幽霊を見てない』だなんて、ありえないわ。」
マリーは息を呑み、書棚に背をぶつけた。
「何……何を言ってるんですか? 私はただ……!」
彼女の声は途切れ、キャサリンの霊が心の中で叫んだ。
「黙るのよ、マリー! 」
レノーラはさらに一歩近づき、言葉を続けた。
「こんな幽霊騒動が起こっていて、幽霊を見てないなんてありえない。ありえるのは、幽霊の代わりに自分の手を汚している、幽霊に憑依された操り人形だけよ。」
レノーラは、マリーを見透かすような目で眺めていた。
「ふぅん。…あなた、キャサリン様の霊に憑依されてるわね。彼女の恨みを代わりに実行してるの、あなたでしょ?」
マリーの顔が青ざめた。彼女の震える手がスカートの裾を握りしめ、涙が頬を伝った。
「何のこと……! 私はそんなこと……!」だが、彼女の否定には、微かに人ならざる者の声が混じって、2重になっていた。
レノーラはリュートを手に握り、リュートの中に居る何かに話しかけていた。
「やっぱり憑依ね。ルート、どう思う?」
「ワガハイの見立てでは、キャサリンの霊は強い恨みでマリーに取り憑いておる。だが、マリーの忠義心がその憑依を強めておるな。単なる幽霊騒動ではないぞ。」
リュートから渋い声が響いた。
マリーはルートが話すのを聞き、目を丸くした。
「そのリュートが……喋った!?」
レノーラは微笑み、リュートを軽く叩いた。
「ルートヴィッヒ5世、略してルート。私の相棒よ。驚くのはわかるけど、今はそれどころじゃないわ。マリー、あなたのやってることはバレバレよ。キャサリンの霊があなたを動かしてるけど、あなた自身も彼女の復讐を望んでる。だから、こんな大胆な策略を思いつけたんでしょ?」
マリーは震えながら立ち上がり、レノーラを睨んだ。
「あなたに何がわかるの? お嬢様は私にとって家族のような存在だった! 無実の罪までかけられて、殺されたのよ! 私はただ、彼女の無念を晴らしたかっただけ!」
彼女の声にはキャサリンの憎しみが強く混じり、言葉の端々に復讐の炎が燃えていた。
彼女の瞳は一瞬、キャサリンの金髪を映すような輝きを放ち、書庫の空気がさらに冷えた。
「ったく、忠義と憎しみのコンボって、ホントややこしいわね。でも、このままじゃあなたまで飲み込まれるわよ。」
マリーは目を伏せ、涙を拭った。
「お嬢様の声が、いつも私の心に響くの。彼女の記憶も……毎晩悪夢になって襲ってくる。私、どこまでが自分なのか、わからなくなる時があって……。」
彼女の声は嗚咽に混じり、キャサリンの憎しみが彼女を縛っているのが明らかだった。
レノーラはマリーの言葉に頷き、静かに言った。
「キャサリンの霊はあなたを選んだ。あなたの忠義心が、彼女の恨みを増幅してるのよ。でも、せっかく幽霊を祓っても、あなたが幽霊のフリをして騒ぎを続けることもできてしまうわね。だから、提案がある。あなたたちの復讐、手伝ってあげる。ただし、私のやり方で。」
マリーは目を丸くした。「復讐を……手伝う?」
「私は吟遊詩人だからね、面白い暴露ショーにしてあげるわよ。」
レノーラは微笑み、リュートを軽く弾いた。
「よし、決まりね。ルート、準備しなさい。派手なショーになるわよ。」
「人遣いの荒い娘じゃ。まあ、よい。ワガハイも楽しみにしておるぞ!」
リュートから笑い声がこだました。
◆◇◆
数日後の、ある満月の晩、男爵邸の大広間にボブ、エマ、そして両家からロイド子爵とバロー男爵が集まっていた。レノーラは中央に立ち、リュートを構えた。
彼女は「鎮魂の歌」を歌い、キャサリンの幽霊を祓う儀式を行うと宣言した。
だが、それは表向きの話だ。真の目的は、ボブとエマの罪を暴くことだった。
レノーラの歌声が響き渡る。美しい旋律が広間を満たし、まるで空気が震えるようだった。
すると、マリーの身体からキャサリンの幽霊が現れた。彼女は白いドレスをまとい、憎しみに満ちた瞳でボブを睨んだ。ボブは顔を真っ青にし、エマは怯えたように男爵の後ろに隠れた。
「キャサリン……お前、なぜここに!」
ボブが叫んだ。
レノーラは歌を止め、静かに言った。
「悪霊は恨んでる相手のところに出るものよ。ボブ、あなたが彼女を殺したのよね?」
「な、何!? そんな証拠は……!」
ボブは慌てて否定したが、動揺は隠せなかった。使用人たちの視線が彼に集中し、広間に緊張が走った。
「そしてエマ、あなたはボブと共謀して姉を裏切った。」
レノーラの赤い瞳がエマを射抜いた。
「キャサリンの霊が現れるのは、彼女の恨みがあなたたちを許さないからよ。」
キャサリンの幽霊は、ボブとエマを指差し、静かに囁いた。
「あなたたちに、殺された。」その声は広間に響き、まるで氷のように冷たかった。
子爵は驚愕し、二人を厳しく問いただした。ボブはついに耐えきれず、泣き崩れながら罪を白状した。
「私が……私がキャサリンを殺したんだ! エマと一緒になりたかったんだ!」
エマもまた、涙ながらに共謀を認めた。
「姉さんが邪魔だったの!」
子爵は激怒し、二人を屋敷から追放することを即座に決定した。使用人たちはざわめき、広間は騒然となった。
儀式の後、レノーラはマリーと二人きりで庭に立った。月光がキャサリンの幽霊を照らし、彼女の姿はまるで星屑のようにきらめいていた。
「もう恨みはないわよね? 無念、もう晴れたでしょ。」
レノーラは静かに言った。
キャサリンは微笑み、頷いた。
「ありがとう、マリー。そしてレノーラ。」
彼女の姿はゆっくりと薄れ、やがて夜風に溶けるように消えた。彼女の魂は、ようやく解放されたのだ。
マリーはレノーラに深く頭を下げた。
「ありがとう……お嬢様の恨みを晴らせました。あなたがいなければ、こんな結末にはならなかった。」
「ったく、面倒な仕事だったわよ。」
レノーラは肩をすくめ、マリーに握手を求めた。
「でも、あんたのおかげで面白い依頼だったわよ。スカッとしたわ。」
数時間後、レノーラはリュートを抱え、男爵邸を後にした。
彼女の背後で、夜風が静かに吹き抜け、キャサリンの魂が安らかに眠ることを告げていた。屋敷は再び静寂に包まれ、平穏な日々へと戻っていくのだった。