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万引き

作者: 木こる

小学生の息子が万引きしたと連絡が入り、

俺は部長に事情を説明して早退させてもらった。


あの真面目な息子がなぜ?

……いや、心当たりはある。

俺は仕事、仕事ばかりで家庭を蔑ろにしてしまい、

それが原因で元妻は他の男に走ったんじゃないか。


息子も寂しい思いをしていたに違いない。

試し行動というやつだ。

わざと悪いことをして、親の愛情を確かめたかったのだろう。

でも、やっぱり、なぜ?という気持ちでいっぱいになる。


なぜ連絡してきたのが不動産屋なんだ?

あいつはいったい何を万引きしたというんだ?

備品の文房具とかを盗もうとしたのか?


俺は困惑しながらも安全運転で現場へと急いだ。




事務所に着くと、そこには項垂れて椅子に座る息子の姿があった。

だが不貞腐れているわけではなく、肩を縮こまらせており、

差し出されたお茶には一切手をつけていない様子だった。


ああ、やはり息子が万引きしたというのは本当だったのか。

何かの間違いであってほしかったが、あの態度を見て確信した。

人様に迷惑をかけるようなことはしないようにと教えてきたが、

あいつはとうとう一線を越える行いをしてしまったのだ。


「この度は誠に申し訳ありません!

 愚息がとんでもない間違いをしでかしたのは、

 全て父親であるこの私の教育不足が招いた結果です!」


そうだ。俺の責任だ。

もちろん万引きした本人が悪いのは百も承知だが、

その原因を作ってしまったのは他ならぬ俺自身である。


「まあまあ、お父さん

 頭を上げてください

 そうかしこまらなくても平気ですよ

 息子さんはしっかり反省しているようですし、

 我々もそこまで気にしていませんので」


と、人の良さそうな男性が話しかけてくる。

やはり息子が盗もうとしたのは取るに足らない物なのだろうが、

それでも他人の財産を奪おうとしたことには違いない。

水に流してくれそうな雰囲気だが、その優しさに甘えてはいけない。

俺はあいつの責任者として、務めを果たさなければならない。


「それで、息子はいったい何を盗もうとしたんですか?

 もしそれを傷付けたり汚していたら、当然ながら弁償させていただきます」


「顧客名簿です」


「はああ!?」


とんでもない回答が返ってきた。




顧客名簿……。

え、どういうことだ?

普通、小学生がそんな物を欲しがるか?

それを手に入れたとして何に使うんだ?

というか方法はどうやって……?


予想だにしない展開に、俺の頭は混乱するばかりだった。

だが、とりあえず事実を把握するためにも質問せねば。


「えっと……

 それで、無事なんですか?

 その、顧客名簿は……」


「あ〜、いえ

 情報屋に売っちゃったそうです

 あっという間の出来事で、我々もびっくりしましたよ〜」


「全然無事じゃなかった!!

 万引きで済まされるレベルの話じゃないですよ、これは!!」


「あはは、そうかもしれませんね

 まさか小学生にデータを抜かれるとは思ってもみませんでしたよ

 最近は学校でプログラミングの授業があるみたいだし、

 それをきっかけにハッキングの才能に目覚めたのかもしれませんね

 将来有望なお子さんで羨ましい限りですよ〜」


「知能犯って言うんだよ!!

 くそ、なんなんだこの状況は!!

 この人はどうして落ち着いてられるんだ!?」


俺はますます混乱するばかりだった。




俺は差し出されたお茶を一気に飲み干し、

少し落ち着いてきたところで息子に尋ねた。


「それで……

 どうして顧客名簿なんて盗んだんだ?

 しかもそれを情報屋に横流しまでして……

 お小遣いなら充分な額を渡していたつもりだが、

 それでも足りないと感じていたのか?」


「米の転売をするにあたり、元手が必要だと思って……」


「なんて邪悪な動機だ!!

 その発想も、時期も最悪だと言わざるを得ない!!

 俺はお前をそんな人間に育てた覚えはないぞ!?

 いや、本当に……どうしちゃったんだお前!?

 なんでこんな、こんな……!!」


俺は膝から崩れ落ち、自身の言葉を振り返った。

『そんな人間に育てた覚えはない』。

ああ、まさにそれこそが答えなのだ。

俺は息子に不自由な暮らしをさせまいと激務に打ち込んだ気でいたが、

その実、家庭という場所から逃げる口実に会社を利用していただけだ。


最後にあいつと一緒に食事を取ったのはいつだ?

友達はいるのか?好きな教科は?普段はどんな音楽を聴いてるんだ?

なんだ、全然果たせていないじゃないか。親の務めを。

俺は父親失格だ。




床で泣き崩れる俺の肩に、不動産屋の人が手を置いた。


「まあまあ、お父さん

 もうそのへんで勘弁してやってください

 さきほども言いましたが息子さんは反省していますし、

 我々も学校に告げ口したりとかは考えてませんので」


「え、学校……?

 いや、そんな次元の話じゃないでしょう

 これは警察……ああ、そうだ警察

 警察はいつ来るんですか?」


「あ〜、いえいえ

 警察には知らせてませんので、ご安心ください」


「はあ?

 極秘情報が情報屋の手に渡ってしまったんですよ?

 何かしら悪用される前に手を打つべきでは……」


「いやあ〜、我々としましてはこの件を隠し通したいんですよね

 顧客のデータが漏洩したなんて世間に知れ渡ってしまったら、

 ましてや小学生相手に出し抜かれた事実が明るみになったら、

 我々の信用がガタ落ちになっちゃうじゃないですか」


「それを隠蔽するほうが信用を失うと思いますけど……」


「そんなの、黙ってればいいんですよ

 ちなみにもう手は打ってあるので心配無用です

 こちらにも情報通の知り合いが何人かいましてね、

 彼らが顧客名簿の行方を突き止めてくれるでしょう

 たとえどんな手段を使ってでも……ね

 まあそういうことなので、くれぐれも内密に頼みますよ?」


その含みのある言い方に、なんだか薄ら寒いものを感じた。

ああ、そっちのスジの人間が動いているんだ。

一介のサラリーマンが関わってはいけない人たちが。


これ以上ここにいるのは危険だ。

俺は直感に従い、息子を連れて速やかに事務所から立ち去った。




帰り道、赤信号で停まったタイミングで助手席の息子が口を開いた。


「父さん、ごめん……

 僕、自分の力がどこまで通用するのか試したくなって、

 ついやりすぎちゃって……本当にごめんなさい」


「ああ、もういいんだ

 今日の出来事は早く忘れよう

 その、なんだ……

 俺はパソコンに詳しくないからうまく言えないんだが、

 そういう技術は悪いことじゃなくて良いことに使おうな?」


「うん、今度からはそうするよ

 それと、二度と万引きはしないって誓うよ」


「ああ、約束だぞ

 ……ところで腹減ってるか?

 せっかくだし、どこか寄っていこうと思うんだが」


「本当!?

 それじゃタコわさ食べたい!

 最近ハマってるんだ!」


「それはまた意外なリクエストが来たな……

 よし、じゃあタコわさを扱ってる店に行こう」


「やったー!」


こうしてると普通の男子小学生なんだがな……。

まさか不動産業者の顧客名簿を盗んで情報屋に売って、

その金を元手に米の転売をして儲けようと企んでいたとは……。

『二度と万引きはしない』……か。

放っておくと、他の悪事に手を染めてしまうのではと不安になる。


やっぱり大人がそばにいないとだめだ。

仕事を減らして、こいつと一緒に過ごせる時間を増やそう。

それから再婚相手も探そう。

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