表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/34

第七話 vs 超人類②

「ど、どうなってるの!?」

「うわぁあああ……っ!?」


 僕らの目の前で、みるみるうちにその学生は姿を変えて行った。黒い、得体の知れない濁流が彼の全身を蝶の繭のように包み込む。右腕はガトリング砲に、左腕はビームサーベルの形状になり。ツノが生えキバが生え、背中から黒い翼が生えた。僕は肌が粟立(あわだ)つのを感じた。


 まるで……まるで悪魔の化身ではないか。


「ゲギャギャギャギャギャ!!」


 怖気(おぞけ)を呼び起こす、敵意に塗れた獣の咆哮が、鼓膜を、本能を震わせる。逃げた方が良い。僕は直感的にそう悟った。


 だけど、だけど体が動かない。余りのことに視線を逸らせない。そうこうしているうちに彼は生え立ての翼を一、二度羽ばたかせ、初めはぎこちなく、やがてグワリと身体を宙に浮かせた。僕の手のひらの中で、『超人類発見装置』がブルブルと暴れていた。


「ま……まさか……」


 道端でゴミを啄んでいたカラスが数羽、慌てて飛び去って行った。茜色に染まっていた空がゆっくりと、帳を下ろすみたいに、暗く、黒く塗り替えられて行く。それが、『災厄』の造り出す『境界』と呼ばれるものだと僕が知ったのは、もう少し後になってからだった。


 黒く染まった街の上で、空中に静止した青年が小さく息を吐き出し、ニタァ……と唇の端を釣り上げた。


「下種共め。逃げられると思っているのか」

 不意に彼の瞳が紫色に光った。その途端、

「あ、うわわ、あ……!?」

「何これぇっ!?」


 僕らの体が、まるで風船みたいに空に浮かび上がり始めた。


 慌てて手足をバタつかせるも、残念ながら無駄な抵抗だった。体がどんどん地上から離れていく。やがて屋根の上にまで、空に浮かんだ青年よりも高良いところへ打ち上げられ……そこで急にピタリと止まった。くるくると、内臓が持ち場を離れて右往左往して、僕は目を白黒させた。


「『サイコキネシス』」


 青年がそう呟いた。サイコキネシス。念じただけでモノを動かす能力。それで、打ち上げられているのは僕らだけではなかった。昆虫標本みたいに、帰宅途中の学生やらサラリーマンやら、大勢の人々が空中にピン留めされている。彼はそちらに右腕を向けた。


「ちょっ……!?」

「やっやめ」


 僕は目を見開いた。黒い悪魔の形をした青年は、僕らの方に視線をやり、ニヤリと嗤った。そして、

「や……!」

 撃った。

 彼の右腕が、ガトリング砲が、無抵抗な市民たちに向けて容赦無く火を吹いた。


 時間が止まった。気がした。耳鳴りにも似た破裂音が鼓膜を(つんざ)く。目の前がブルブル震え出し、最初僕は、空が割れたのかと思った。毎分4000発の弾丸が、局地豪雨のように降り注いだ。


 そこから先は地獄絵図だった。

悲鳴。

絶叫。

断末魔。

やがて聴力を取り戻した時、止まっていた現実が、一気に押し寄せてきた。蜂の巣にされた死体が、潰れたトマトみたいに中空で真っ赤な血を噴き出す。空からペンキを一斉に溢したみたいに、街はあっという間に赤黒く染まり、肉片が(ひょう)のように降り注いだ。


「ザマァみろ。思い知ったか、下等種族が」


 彼はそう吐き捨て、愉悦に目を細めた。わざと遠くの市民を狙い、しばらく『的当て』を愉しんで、肉塊の飛び散る、汚い花火大会に興じた。


 悪魔の化身じゃない。悪魔そのものだ。口の中に胃液が逆流し、僕は宙吊りになったまま、思わず涙で顔を歪ませた。


「……何だよ?」


 僕の視線に気付き、悪魔が再びこちらを向いた。僕は空中に浮かんだまま、凍りついた。何も言ってない。目の前で起きた余りにも非現実的な惨状に、もはや声すら失っていた。


「何だよその目は? 何か言いたいことでもあるのか?」


 彼はひょいと肩をすくめた。その拍子に、ガトリング掃射の形に沿ってコンクリートが抉れ、家屋が砕け、偶然そこにいた市民が穴だらけになって爆散した。


「俺、何か悪いことした?」

「…………」

「いじめっ子に仕返しして、何が悪いの? 君も見ただろ? 最初に喧嘩売ってきたのはあっちだろ? 君らの大好きな、スカッと美談復讐譚じゃん」

「…………」

「クソが。クソックソッ! どいつもこいつも偉そうに、この俺を見下しやがってよォ……!」


 彼は黒い翼を大きく広げ、ガリガリと自分の胸を掻き毟った。


「ああウザってぇ。死ねよ。みんな死ねば良いンだ。無能のくせに。何の能力もないくせに。空も飛べない、武器もない、念力も使えない『旧人類』は、この俺が滅ぼしてやる!」

 黒い悪魔がゆっくりと僕の方に近づいてきた。悪意と狂気に満ち満ちた目で、ギョロリと僕を覗き込む。


「まず手始めに、そうだな、いじめっ子は全員皆殺しだ。俺が天下を取ったらな、そういうクズ野郎から真っ先に粛清してやる。人間はもう終わりだ!」

「ひ……っ!?」

「これからは上位存在による、完璧な支配、完全な管理社会。いじめも、戦争もない、善人の善人による善人のための、平和な新時代を俺が築いてやるよ。悪人は死ね。役立たずは死ね。能力のない奴は死ね。ははは。ははははは!」


 黒い、墨汁よりも黒い濁流が、感情が、悪意が彼の全身から迸った。僕はその瘴気に当てられて、空中に磔にされたまま、吐き気が、涙が止まらなくなった。


 頭が痛い。息が苦しい。心臓が、まるで僕の内側からドンドンと扉を叩いているみたいに、胸が張り裂けそうだった。


「これからはッ、俺の! 時代だァ!! ハハハハハ!!!」


 そして……本当に、胸が張り裂けた。


『……オマエノ?』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ