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第六話 vs 超人類

「三畳クン。キミは『超人類』って知ってるかい?」

「『超人類』?」


 一週間ほど経った頃だった。


 退部届を一時預かりと言う形にされ、その処遇が曖昧になったまま(「()()の陰謀よ!」)、僕は白峰先輩に半ば強引に引っ張られる形で、『滅亡部』に顔を出していた。悲しいかな、部屋中に染みついたアルコールランプの独特な匂いも、今や慣れっこになってしまった。


 放課後の理科準備室にて。僕の前で、白衣に身を包んだ瑪瑠奇(メルキ)先生が、いつもの卑屈な笑顔でメガネをクイっと持ち上げた。


「そう……人類は未だ進化の過程にある。アウストラロピテクス、ネアンデルタール、ホモ・サピエンス……その先が『超人類』だ。二足歩行、そして火と言う魔法を手に入れた人類は、さらに次のステージへと到達する!」

「はぁ」

「次の人類は……ひひ。一体どんな『能力』を手にしているか。羽が生えているか、ツノが生えているか……もしそんな『超人』が誕生してしまったら、我々『旧人類』はあっという間に彼らに駆逐され、あるいは家畜のように飼育されてしまうかも知れない!」

「そしてその『超人類』は、すでに誕生しているのよ」


 すると横から、同じく白衣の陰謀論者……もとい白峰先輩が口を挟んできた。僕は小さくため息を溢し、散々練習させられた台詞を吐いた。


「ど……どう言うことだシラミネ!?」

「ウフフ」


 白峰先輩が満足そうに笑みを浮かべた。何故だか分からないが、この時ばかりは苗字を呼び捨てにしなければならないらしい。


「中国ではすでに、2014年、小型猿のゲノム編集に成功しているの。猿の次は当然、ヒトゲノムよ。もちろん建前上は禁止されているけど。政府は人類の遺伝子を改竄し、密かに『超人類』を造っているのよ!」

「な、何だってー!!」


 ここまでが様式美である。ちなみにここまでの台詞の流れを間違えると、もう一度最初からやり直しになる。つまり僕は『滅亡部』で、リアクション芸人の真似事をさせられていると言うわけだ。


「改造人間、ニュータイプ……呼び方はご自由にどうぞ。ゲノム編集技術の発達で、容姿、身長、体重、性別、筋肉量、性格、知性……まるでゲームのキャラクター作成画面みたいに、今や生命を詳細設定できる時代になったのよ」

「あるいは機械との融合かも知れないねぇ」


 するとまたしても瑪瑠奇先生が、彼女の陰謀に全力で乗っかってきた。この化学担当の滅亡部顧問は、仕事をしたくない一心で職場に来ているのである。授業中も脱線に次ぐ脱線、ガンダムやらエヴァやら余談だらけなので、真面目に勉強したい一部の生徒からは不評を買っていた。


 だけど実は、僕みたいな勉強嫌いの生徒には密かに人気がある。実際僕も、第一印象こそアレだったが、次第にこの先生が好きになってきた。


「右腕をガトリング砲にしたり、脳にICチップを埋め込んだり。実際問題、何処までの拡張機能をヒトと呼ぶのだろう? メガネだって補聴器だって、車椅子だってすでにあるわけだからね。勉強のできない子が、頭にAIを搭載して試験に通ったら、カンニングになるのかなぁ?」

「それは……」

「『超人類』によって人類は滅亡する!」

「な……何だってー!!」

「フフ。安心したまえ。そんな将来を憂う若い君たちのために、新しいひみつ道具を発明したんだ」


 瑪瑠奇先生が鼻の先を赤くして、待ってましたとばかりにカバンから、何やら小さな箱を取り出した。ルービックキューブを一回り小さくしたようなそれを、僕らはしげしげと眺めた。


「メルキアデス先生、これは?」

「これは『超人類発見装置』だよ」

「『超人類発見装置』?」

「そう。件の『超人類』がこの箱に近づくと、特殊な粒子を感知して、光と音で教えてくれるわけだね」


 小学生が首から下げてる、防犯ブザーみたいなものか。しかし、腕がガトリング砲になってるヤバい奴に遭遇して、こんなちっぽけなブザーが鳴ったところで、何の解決になると言うのだろうか?


「すごぉい!」

 白峰先輩は目を輝かせた。

「これがあれば、誰が『超人類』なのか一目瞭然ですね。あ、こないだの授業が自習になったのは、このためだったのね!」

「はっはっは。まぁ、こんなものは朝飯前だよ」


 朝飯前どころか、仕事をサボっている。こんなオモチャのために……残念な大人が胸を張っていると、突然理科準備室の扉が乱暴に開けられた。


「君タチィ!」


 突然狭い教室に怒号が轟いて、僕は危うく椅子から転げ落ちそうになった。驚いて振り向くと、見知らぬ生徒たちが数人、ドカドカと扉の前に詰めかけていた。なんだなんだ。僕は目を白黒させた。その顔色を伺うに、どうやら入部希望者……と言う訳ではなさそうだった。


「まだこんなところで、違法部活を続けているのかね!?」


 すると、先頭に立っていた七三分けのメガネの男が、金切り声を上げた。


「風紀委員の(なにがし)よ」

 白峰先輩が僕にこっそり耳打ちしてくれた。名前までは覚えていないらしい。

「だぁから先週も言っただろう!?」

 某風紀委員が、青筋を立てて唾を撒き散らした。


「『部活動には最低5人以上の部員が必要』だと! この学校の生徒である以上、きちんとルールを守りたまえ。君たちだけ特別扱いするわけにはいかんのだ!」

「だから先週も言ったように」

 白峰先輩が反論した。

「それについては今、クローン人間とアンドロイドを鋭意制作中だって……」

「ダメだダメだ! クローン人間もアンドロイドも我が校の生徒ではないではないか!」


 某が至極真っ当なことを言った。


「『ではないではない』かって、考えてみると変な表現だなぁ」

「先生、話の腰を折らないで……とにかく5人以上! 部員を集めない限り、こんな反社会的な部活動は、強制的に解散させてやる」

「そんな……!」


 白峰先輩が口元に手をやって僕の方をチラリと見た。僕は正直、どうでも良かった。むしろそっちの方が僕としてはありがたいくらいだ。


「あと3人だ」


 某も僕の方をジロジロ見ながら言った。


「来週までにあと3人集めない限り……『滅亡部』は滅亡する!」

「え? 僕もカウントされてるんですか?」

「そこは『何だってー!!』よ、三畳くん」

「フン。ここは瑪瑠奇先生の顔を立てて、来週まで待ってやる。良いか? 来週までだぞ! レッテル貼りしてやるからな。貴様らを、反社会的組織の構成員だって……レッテル貼りしてやるからな!」


 それだけ言うと、某は清く正しく美しい風紀委員たちを引き連れて、騒々しく去っていった。



「どうしよう、三畳くん。このままでは私たち、反社会的組織の構成員だって指差されてしまうわ」

「実際そうなんじゃないですか? 『滅亡部』て」

「何が社会的よ。現行の社会システム継続を何よりも優先するべきなどと言った伝統とは聞こえの良い単なる群れの論理とあたかも人類が生命の頂点に立ったとでも言いたげなその奢った価値観の押し付けによって」

「分かりました、先輩、ごめんなさい。僕が間違ってました」


 帰り道。隣でまた陰謀論者がブツブツと呪詛を唱え始めたので、僕は諦めて空を見上げた。


 夕暮れが西の向こうに沈みかかっている。赤く染まった街並みが綺麗だった。人気(ひとけ)は少ない。だけど、角を曲がった時に、またしても急に怒号が聞こえてきた。


「良いか!? 来週までに金持ってこいよ!」


 路地裏にいたのは、見知らぬヤンキーの集団だった。僕らは思わず立ち止まり、顔を見合わせた。F市は、中途半端に田舎なせいかまだまだ昔ながらのヤンキーが跋扈していて、古き良き時代に想いを馳せたり、毎年成人式を荒らすために切磋琢磨しているのだった。


「今度『バーコード決済しかやってません』なんて言ったら、ぶっ飛ばすぞ!」


 カツアゲだろうか。少なくとも清くも正しくも美しくもないことだけは確かだ。薄暗がりの中、数人の愚連(グレ)た集団が、何やら1人の男子生徒を取り囲んでいる。地面に倒れている方は、僕らと同じ高校の制服を来ていた。


「アニキ、人が……」

「あに見てんだよぉ!? あぁん!?」

「フン。行くぞ」


 ありがたいことに、ヤンキーたちはさっさと引き上げて行った。

「大丈夫?」

 奴らが去った後、僕らは倒れている生徒に近寄り、覗き込んだ。随分と殴られたようで、唇は切れ、顔に大きな青アザが出来上がっていた。

「うぅ……!」

 青年が唸り声を上げた。見知らぬ生徒だった。制服からして、二年生だろうか。何かスポーツでもやっているのか、随分筋肉質な、がっしりとした体格だったが、しかしアイツらに集団で囲まれてしまったのだろう。


「あれ?」

 不意に白峰先輩が眉をひそめ、僕の方を見た。

「何の音? 電話?」

「え?」

 僕はポケットを探った。中から電子音が……取り出して見ると、例の小さなルービックキューブがそこにあった。四角い箱が七色に輝きを放ち、けたたましく警告音を響かせている。


「これ……」

「『超人類発見装置』?」

「うぅ……っ!?」


 すると、倒れていた生徒が不意に胸を掻き毟り、苦しみ出した。


「きゃあっ!?」

「な……何だ!?」

「うぅう……うぅぅうぅッ!?」


 僕は目を疑った。突然、彼の体が黒く迸る泡のようなもので包まれていき……右腕が、ガトリング砲の形に変わって行った。

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