プロローグのエピローグ
人生はいつだって分岐点の連続だ。
それが進学や就職、結婚と言った比較的大掛かりな出来事ではないにせよ……たとえば今日、家を出て普段右に曲がる道を、たまたま左に曲がったら。いつも朝は食パン派だったけど、今日だけ、たまたまご飯と味噌汁に変えてみたら。
もしもあの時、ああしていれば。
あるいはあの時、ああしていなければ。
中国で1匹の蝶が羽ばたくとブラジルで竜巻が起こる……もしかしたらたったそれだけのことで、人生は枝分かれを繰り返し、世界はまるっきり違ったものになっていたかも知れないのだ。
そして今日、僕はそんな分岐点の上に立っていた。
分岐点……つまり『人類が滅亡するか否か』の分かれ道である。
突如空を埋め尽くした大量の円盤を見上げながら、僕はつくづく思い知らされた。閑静だった住宅街に、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
僕の目の前に現れた、人類が滅亡するかしないかの分岐点。たまたま左に曲がったら。たまたまご飯と味噌汁に変えてみたら。学生鞄を放り出し、僕は深々とため息をついた。
やれやれ。今日は『宇宙人襲来の日』か。
僕はポケットからメルキアデス先生からもらった薬を取り出し、口の中に放り込んだ。『災厄化』にも大分慣れてきた。慣れざるを得なかったと言うか、とにかくひっきりなしに奴らが襲ってくるので、こちらもそれなりに対処する必要があった。
「……っと」
襲来ってきた円盤をほぼほぼ撃ち落とし、僕は再び学生鞄を拾い直した。踵を返し、中空に出現した扉……『分岐点』を潜り抜ける。これで世界は元に戻る。倒した敵も元に戻ってしまうのだが、それはもう仕方ない。多分一生、決着は着かないんじゃないかな。先生はそう言って笑っていた。
結局僕らの世界は平和に……ならなかった。
油断してると『災厄』が襲ってくるし、病気も戦争も無くなったりしないし、それでなくても嫌なことはしょっちゅうだし。
だけど、それでも。僕は見慣れた通学路を駆け出し、学校へと急いだ。相変わらず勉強は嫌いだ。だけどそれでも、友達と会ったり、好きな人と会う生活は楽しかった。
「白峰部長!」
やがて通学路の先に見慣れた背中を見つけて、僕の胸は弾んだ。
「あ……三畳君」
白峰部長が振り返り、嬉しそうにほほ笑んだ。と、その時。
「……きゃあっ!?」
突然足元が大きく揺れ、周囲に地響きが轟いた。僕らは思わず地面に突っ伏した。『災厄』だ。さっき倒したばかりなのに、再び別の奴が襲ってきたのだ。
「大丈夫ですか!?」
「全く……奴らも懲りないわね」
揺れが少し収まった。僕は急いで駆け寄って、彼女を助け起こした。白峰部長は僕の手を取って、苦笑いを浮かべた。やれやれ。僕も笑った。この分じゃ、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ……は、当分先の話になりそうだ。
僕は彼女をそっと抱き寄せ、軽くキスをした。僕らの頭上を、赤い彗星が、輝きを放ちゆっくりと横切っていくところだった。
《完》




