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第三話’ vs 超新星爆発

「何だ……!? どうなってる!?」


 予期せぬ出来事に群衆がザワつき始めた。中庭は今や黒い霧に包まれていた。心臓がドキリとするような銃声。放たれた弾丸は、確かに少年の身体を貫いた……かに見えたのだが。


「何……? 何なの?」


 僕の隣で、白峰先輩が困惑した表情を浮かべていた。()も見た。あの並行世界の弱虫は、もう一人の自分は、確かに殺されたはずなのに。詳細を確かめようと、僕は貴賓席から身を乗り出した。


「オイ……あれ!」


 すると、誰かが不意に叫んだ。

 その途端、黒い霧の中から、目が潰れるほど眩い光が迸り、観客席を襲った。

「ぎゃああああああッ!?」

 突如出現した怪光線は、高い壁ごと、いや空間ごと観客を削り取り、細胞単位で破壊の限りを尽くしていった。一瞬、その場にいた誰もが息を呑んだ。


「あ、あれは……!」

「……『超新星爆発』!?」

「バケモノだぁあッ!?」

 

 ゆらり、と揺れた黒い霧の中から、巨大な影が首をもたげる。それはまさに、巨人だった。頭の天辺が、雲を突き抜けんばかりの大きなバケモノが、突如霧の中から姿を現した。


『……ォオオォオオオオォォオオオッ!』


 黒い巨人が天に向かって雄叫びを上げた。ビリビリと大気が震え出す。鼓膜が割れそうになる。巨人の体躯で中庭は今や暗く大きな影に包まれていた。磔にされていたはずのもう一人の自分が『災厄化』したのだ。奇しくも自分と同じ『超新星爆発』を発動させて。


「暴走か!」

「そんな……あり得ないわ!」

 白峰先輩が狼狽えた。

「アイツらは全員『災厄化』を防ぐ特殊な縄で縛っていたはず……」


 僕は貴賓席の近くで待機していた、黒衣の科学者を睨んだ。


「お前の仕業か……オルドビス!」

「ひひっ」

 オルドビスが卑屈な笑みを浮かべた。

「謀ったな! どう言うつもりだ!?」

「どう言うつもりも何も……私は最初から『世界の終わり』を望んでいた」


 黒衣の科学者がニヤつきながら肩をすくめた。


「『超新星爆発』はまだまだ成長段階にある。見てくださいよ。膨れ上がったあの巨大な悪意を! あれこそが正に『災厄』だ。私が見たいのは、陳腐な正義の勝利でもない、甘っちょろい少年少女の恋物語でもない! この世界が……」


 轟音がした。オルドビスが最後まで言い終わらないうちに、貴賓席に巨大な手が空から伸びてきて、天井ごと、科学者を握り潰した。

「ちっ……」

 僕は舌打ちしてその場を退いた。あちらこちらで悲鳴と怒号が交錯する。ガラガラと、瓦礫が雹のように中庭に降り注ぎ、群衆が、黒服たちが逃げ惑っていた。黒煙が辺りを包む。建物はすでに崩壊しかけていた。


「三畳君! 大丈夫!? きゃあッ!?」

「白峰先輩!」

 白峰先輩が瓦礫の雨に飲まれた。怪物の咆哮が頭上から轟いた。腕を足を、見境もなく振り回し、街を破壊して回っている。

 

「クソッ! 弱いくせに……随分と暴れてくれるじゃねえかよ!」


 このままじゃ埒が開かない。悪態を吐きながら、僕は僕の『超新星爆発』を発動させた。青い光が指先に灯る。暴走なんかじゃない、完璧に制御された真の『災厄化』だ。


「上等だ……」


 瓦礫の上に立ち、僕は怯むことなく化け物を睨み上げた。制御を失った巨大な悪意の塊が、低い唸り声を上げ、虚な目をしてこちらに首を向ける。僕は右手にエネルギーを集中させながら、ニヤリと嗤った。


 巨大化した化け物。

 暴走する悪意。

 迫り来る危機、絶体絶命のピンチ。


 最高だ。こういうシチュエーションを僕は待っていた。コイツをぶっ飛ばす。こう言う状況で奮い立たないで、何が英雄だ。

 

『ォオオ……!』


 巨人がゆっくりと、大きく口を開いた。周囲の空気が禍々しく歪み、赤いエネルギーが渦を巻き集まり始める。敵の手は読めている。僕はそれより一瞬早く、青い『ガンマ線バースト』を右腕から放射した。


『ォオオオオオ!!』


 中空で互いの『ガンマ線バースト』が衝突した。衝撃波が稲妻のように空気を切り裂いた。互いに同じ能力。だけど僕の方が一瞬早かった。徐々に、徐々に怪物は押し負け、衝突した互いのエネルギー球は、やがて怪物の巨体を包んで焼き焦がした。


 断末魔の叫びが中庭に谺する。『ガンマ線バースト』をもろに浴びた怪物は、風船が萎むように、身体が縮み始めた。後には人間サイズに戻った怪物が、傷だらけの三畳三太が地面に横たわっている。勝った。僕は小さく笑みを浮かべた。


「……ハッ。もうちょっと粘ってくれねぇと、これじゃ勝負になんねぇよ」


 僕は肩をすくめ、汗を拭った。虫の息で横たわるもう一人の自分に近づく。血だらけになった並行世界の自分が、ヒューヒューと口から空気を漏らしながら、驚愕の表情でこちらを見上げていた。


「うぅ……ッ!」

「お前じゃ俺には勝てねえ。これで分かったろ。どっちが上か。どっちが本物か。お前は……」


 そこまで僕が言った、その時だった。


「……あ?」


 僕は右手を掲げ、僕の同位体を完全に破壊するつもりでいた。だが……これはどうしたことだろう?

「何だ……?」

 指が動かない。それどころか、見えない力に押し戻されるように、ゆっくりと僕は腕を下げていた。


「?!……るいてき起が何」


 気がつくと僕は後退りを始めていた。さらには目の前の同位体が、もう一人の自分の傷が徐々に癒え始め、身体が再び膨らみ始めているではないか。訳が分からなかった。混乱する頭で、必死に僕は前に進もうと抗った。だが、そのたびに僕の体は後ろへ後ろへと押し戻された。


「?!……かさま」


 僕は目を見開いた。聞いたことがある。何処かの宇宙には、時間の流れが逆転している世界がある、と。『超新星爆発』の中心部にはブラックホールが生成されている。


 巨大な重力で、宇宙を収縮させているとでも言うのか!?


「……いなえりあ」


 気がつくと僕は瓦礫の上で、巨大なバケモノを見上げていた。時間が巻き戻っていた。そりゃ理論上は可能かもしれない。しかし、コイツは一体何処でそんな戦い方を覚えたんだ!?


「……ハハ」


 巨大化した化け物。

 暴走する悪意。

 迫り来る危機、絶体絶命のピンチ。


 黒い悪意が僕を覗き込んでいた。冷や汗が背中を伝う。やがて目前に巨人の足が降ってきて、僕は容赦なく、踏み潰されていた。



 ……次に目を覚ますと、僕は縄で縛られて、瓦礫の脇に転がされていた。先ほど異端者たちを捉えていた特殊な縄だ。目の前にはもう一人の僕や、白峰先輩の同位体、他の異端者たちも揃っていた。立場が逆転したと言うわけだ。


「貴方たち……覚えてなさい!」


 ふと顔を横に向けると、僕と同じように、縄に縛られ横たわっていた白峰先輩が、歯を剥き出しにして唸っていた。


「これで勝ったつもり……?」

 ふふん、と白峰先輩は不敵な笑みを浮かべた。

「貴方たちが『分岐点』を引き返せば、世界は元に戻る。これがどう言う意味か分かる? 私たちもまた元に戻るってことよ。私は、絶対に諦めない。必ず貴方たち全員、並行宇宙の偽物は全員見つけ出して、処分して見せるわ」

「……聞いたでしょう、三畳君」


 もう一人の白峰先輩、並行世界の同位体の方が、哀しそうに目を伏せた。


「この人たちは私の命を狙い続ける。私といる限り、世界を『災厄』が襲い続けるのよ」

「白峰部長……」


 僕が呆然としていると、白衣の科学者……確かメルキアデスとか名乗っていた、オルドビスの同位体……がこちらに近づいてきた。未だに自分の負けが信じられず、僕は呆然としたまま呟いた。


「ありえない……どうして俺が……」

「……確かに君は才能に溢れていた。ジグなしで完璧に『超新星爆発』を制御していた。驚異的だ。だが……」

「だが……何だ?」

「君はその力で、間違った人間だけを、悪人だけを滅ぼそうとしていた。だけど『災厄』ってのは、本来善人だろうが悪人だろうが、見境なく破壊してしまうものだろう? その時点で、君の力は本来の半減だったんだ。僕も今回学ばさせてもらった。『災厄』ってのはやはり、制御できるようなものではなかったんだよ」

「……人間の能力が」

 僕は歯噛みした。

「人類の叡智が、知性が、技術が、バケモノの本能に負けたってことかよ? そんなの……」


 ありえない。認めたくない。


 人間は自然に勝って。

 正義は悪に勝って。

 英雄は怪物に勝って。

 強者は弱者に勝って。

 本物は偽物に勝って。

 

 それが……それが正しい物語ってもんだろう?


「……そうだね。後は、まぁ……」

「……?」


 白衣の科学者は言葉を切って、もう一人の自分の方へ視線を向けた。向こうではもう一人の自分が、三畳三太が白峰白亜を抱き寄せているところだった。


「たとえどんな敵が襲ってきたって……僕が守ってみせますよ」

「三畳……君」


 その様子を見ながら、メルキアデスが肩をすくめ、笑った。


「最後に愛は勝つ……と言うことにしておこうかな」

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