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第二十七話 最初で最期

 朝が来た。


 明けない夜はないと言うが、なるほど今日ほどそれを恨んだことはない。僕らは縄に縛られたまま、建物の中庭、軽く体育館くらいの大きさはある広場に連れて来られた。縄に特殊な細工が施してあるらしく、僕らは『災厄化』を封じられていた。  


 四角い上空から照りつける日差しは目が潰れそうなほど眩しく、一睡も出来なかった頭が、鈍い痛みを訴えていた。やがて黒服の男たちがはけて行き、広場の中央にポツンと5人が取り残された。朝靄がひんやりと肌を撫でる。僕は震え上がった。


『ただいまより処刑を開始する!』


 突然四方から、トランペットや太鼓の音が猛々しく響き渡った。さらに大音量のスピーカーが、空気を震わせ何やら怒鳴っている。僕は気圧されながら、霞む目を必死に凝らした。前方、高いレンガの壁の上に貴賓席のようなものが作られ、そこに並行世界の白峰部長が座っているのが見えた。まどろっこしいから、こっちを白峰部長’と呼ぶことにしよう。


『十字架を!』


 怒鳴り声がしたと同時に、さっきとはまた別の黒服部隊が、ドコドコと鳴り響く太鼓のリズムに合わせて、珍妙な踊りを披露しながら広場に入ってきた。彼らの肩には、巨大な十字架が6つ担がれていた。十字架は広場の中央に、誕生日ケーキみたいに地面に立てられた。


 抵抗する術もなく、僕らはそのまま十字架に磔にされた。あまりにも事務的に。あまりにもあっけなく。次第に周囲がガヤガヤと騒がしくなってくる。観衆が集まってきた。皆おしゃべりを楽しみながら、ニヤニヤしたり、軽く興奮気味にこちらを覗き込んでいる。群衆のさざめきは、しかし徐々に小さくなり、やがて広場はシン……と静まり返った。


『異端者に死を!』


 異端者に死を!

 異端者に死を!

 異端者に死を!

 異端者に死を!


 大歓声の合唱が、地鳴りのように激しく広場を揺らした。やがて激しく打ち鳴らされる太鼓のリズムとともに、今日の処刑のメインディッシュ……僕らの世界の、僕が探していた白峰部長も運ばれてきた。


「部長!」

「白峰部長!」


 久しぶりの再会に、僕は、僕らは口々に叫んだが、白峰部長は応えなかった。気絶しているわけではないようだが、制服姿の部長は固く目を閉じ、口を閉ざしたまま、黒服たちのされるがままになっていた。部長はやがて、真ん中の、一際高く掲げられた十字架に磔にされた。万雷の拍手と歓声が広場を包む。


『白亜様。準備が整いました』


 スピーカーがそう唸ると、貴賓席にいた白峰部長’が満足そうに笑みを浮かべた。その隣にはもう一人の僕もいる。何だか何処ぞの王族みたいな衣装を身に纏っている。僕は首の可動域を限界ギリギリまで曲げ、すぐ横で磔にされているもう一人の白峰部長を見た。白峰部長はガックリと首を垂れ、全てを諦めたかのように静かに時が過ぎるのを待っていた。その様子に僕は胸がズキリと痛んだ。せっかくここまで来て、助けられないなんて。


 やがて銃撃隊が僕らの前に行進してきた。ほんの数メートル先……芝生の上にずらりと並んだ銃を見て、僕はようやく実感が湧いてきた。死ぬんだ。僕は今日、ここで殺されるんだ。冷水を浴びせられたかのように、さぁっと血の気が引いて行くのが分かった。


 広場は再び静まり返っていた。これから目の前で行われる血腥い儀式を期待して、皆が固唾を飲んでこちらを見守っていた。


『最期に何か言い遺すことはあるか?』

「え……俺?」


 銃を突きつけられながら、一番右端の、寒いおじさんから順に一人一人最期の言葉を遺すことになった。これも処刑を盛り上げるための悪趣味な意向なのだろう。泣き叫んだり、怒り狂ったりする様子を観て愉しもうと言うのだ。

「チクショウ! テメーら覚えてろよ! 絶対許さねえからな!」

 おじさんの怒鳴り声に、観客がドッと湧いた。僕は、まさかこの歳で辞世の句を遺すことになるとは思ってもいなかったから、焦った。急にそんなことを言われても困る。最期の最期、死ぬ間際に僕が遺す一言……?


「三畳君。今こそ部長に告白する時じゃないか?」

「えっ……」


 隣で縛られていた二宮先輩が、僕の方を見てそう囁いた。

「この状況でですか?」

 十字架に縛られたまま、僕は青い顔をさらに青くした。ムードもへったくれもない、これから銃殺される直前という、考え得る限り最悪のシチュエーションではないだろうか? 二宮先輩が笑った。



「大丈夫だよ……きっと上手くいくさ。失恋しても、心臓が破壊されれば、それはそれで」

「何ですって?」

「だけど、死んじゃったらそれも出来なくなるんだよ。今しかないんだ」

「うぅ……」


 やがて僕の番がきた。


『次! そこのお前だ! 早くしろ!』

「…………」

『言わないなら、お前から射殺してやるぞ! 白亜様の御慈悲を無駄にするな!』

「ぼ……ぼかぁ……っ」

 噛んだ。舌がビリビリと痺れ、口の中に血が広がるのが分かった。顔が熱い。どれだけ目を逸らそうとも、視界の端に銃口が映り込んでくる。僕は無意識に奥歯をカチカチと鳴らした。


「ぼ、僕は……僕は……っ!」

『何? 何だって? もっと大きな声で!』

「ぼぼ僕は……その……ぼ僕は!」


 全く。この期に及んで何を緊張しているんだろう。死ぬ気どころか、これから死ぬんだから、何も恥ずかしがることなんてないじゃないか。息を吸い込む。僕は覚悟を決めた。


「僕はッ! 白峰部長が……好きです! 付き合ってください!」


 会場が波を打ったかのように静まり返った。言った。言った。皆の視線が痛い。しばらく僕は、十字架に縛られたまま放心していた。


「さ……三畳君……!」


 隣で、白峰部長がオロオロと言葉を濁した。こんなに動揺している部長を見るのは初めてだった。


「その、もちろん気持ちは嬉しいけど……」

「は、はい……!」

「この状況で……どうやって付き合うの?」

「そ……それは……」

「それに言ったでしょう? 私、人間が嫌いだって」

 白峰部長が顔を背けた。


「私は人に愛される資格なんてない。それどころか、人間そのものを憎んでる。人類なんて、滅んじゃえば良いと、そう思ってるのよ」

「だ、だけど……!」

『面白いじゃない』


 いつの間にかマイクを手にしていた白峰部長’が、銀色の水着を着た方の白峰部長’が、貴賓席から身を乗り出し話しかけてきた。


『これから銃殺される人間の言葉としては、中々感動的だったわね。どう? 並行世界の三畳三太君』

「……?」

『貴方がその滅亡女を捨てて、この私に愛を誓うって言うのなら、貴方だけは命を助けてやっても良いわ。全てにおいて上位互換である、正真正銘・本物の白峰白亜にね』

 本物の白峰白亜とやらが胸を張った。

「三畳君……」

「部長。それ以上何も言わないでください」


 僕は部長に、隣にいる白峰部長の方に笑いかけた。


「僕は、白峰部長、貴女のことが好きになったんです。本物とか偽物とかじゃなくて。弱者とか強者とか、上位とか下位とかじゃなくて、貴女が好きなんです」

「三畳君……そんな……」

『この……ガキ……!』


 白峰部長たちが頬を紅く染めた。僕は。


「そんなこと言われても……私……」

『構わないわ! 撃って! 撃ち殺せぇ! そのクソガキから撃ち殺してちょうだい!』

「……困る」


 銃声が鳴り響いた。僕は。


 部長のその表情に。

 声に。

 仕草に。

 態度に。

 その存在に。


 心臓(ハート)を貫かれる思いだった。

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