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第二話 滅亡の興隆

「……分かった? このままでは人類は、滅亡してしまうのよ!」


 理科準備室の中に、少女の声が(こだま)した。どうやら校舎の端っこにある、この狭苦しい部屋が部室らしい。部活の名称は……『滅亡部』。何とも巫山戯た名前の部活動だった。部室は暗かった。西側の窓は遮光カーテンが降ろされ、下のわずかな隙間から、橙色の陽光が床に菱形の模様を作っていた。


「…………」

「…………」


 気まずい沈黙の中、換気扇の音がやけに耳障りに鼓膜を震わせる。僕は目を泳がせ、不安げに辺りを見回した。

黒いテーブルの上で燃えるアルコールランプ。

謎の化学式が書き込まれたホワイトボード。

ガラスケースに並んだ高級そうな実験器具。

 部屋には僕らの他には誰も見当たらなかった。確か、部活動には最低5人の部員が必要なはずだが……?


「……あら? 何だか反応が薄いわねえ」

「あ……いえ、す、すいません……!」


 丸いすを傾け、身を乗り出していた白衣の少女……部活のユニフォームなのだろうか?……が、少し不満げに鼻を鳴らした。白峰白亜。それが突然現れた美少女の名前だった。白亜と名乗った少女がメ、ガネをクイッとしながら咳払いした。


「良い? もう一回行くわよ? ……このままでは人類は、滅亡してしまうのよ!」

「は、はぁ……」

「違う! 『な、何だってー!!』よ! はいもう一回!」

「な……な……!?」


 それから僕は何度か『何だってー!!』の練習をさせられた。何なんだこれは。一体自分が、何をやらされているのか分からない。人類滅亡? 何を大袈裟な。馬鹿馬鹿しい、非科学的だ……そんな思いが僕の頭の中に渦巻く。誰だって、いきなりそんなことを言われても、信じられないのが当然だと思う。


「うーん……大分良くなってきたけど、まだまだ改善の余地はありそうね」

「あ、あの……ッ」

「ん?」


 白衣の少女はまだまだ練習したそうだった。勘弁してくれ。喉が潰れそうになっていた僕は、何とか話題を逸らそうと、慌てて質問を捻り出した。


「つ、つまりこの部活……『滅亡部』っていうのは、人類滅亡の原因を探って、それを何とかして止めるわけですか……?」


 何だか小難しい理論や数値を、レポートにまとめて学会に発表したりするのだろうか?

 だとしたら僕には全然向いていない。根っから勉強は嫌いなのだ。

 大体、さっきから延々と聞かされている『ナントカ紀』やら『ナントカ境界』の話も、まるで念仏でも聞いてるみたいに、僕にはチンプンカンプンだった。

 

 やっぱり、入部は断ろう。

 

 人類を滅亡から守るだとか、地球を救うなんて御大層な物語は、どっかの頭のおよろしい、清く正しく美しい英雄にでも任せておけば良い。そりゃ僕だって、環境問題だとかエネルギー問題だとか、ニュースで盛んに取り上げられてるのは一応知ってる。だけど僕はそんなんじゃなくて、そんな崇高な感じじゃなくて、もっと純粋に高校生活を楽しみたいだけなんだ。


 さて、どう切り出したものか。


「あ、あの……僕そのぉ……」

「何言ってるの?」

 僕がモジモジしていると、謎部活の謎部長が、キョトンとした顔で目を瞬かせた。


「滅亡させるのよ」

「は……?」

「どうして世界を守らなくちゃいけないの? 人類なんて、滅ぼした方が地球のためでしょ?」

「…………」

「私、人間嫌いだもの」


 彼女は至極真面目な顔でそう告げた。再び長い沈黙が準備室に訪れた。白衣の少女の、そのまっすぐな瞳は、何処までも透き通っていて、僕は思わず吸い込まれそうになった。



「はぁ〜……っ」


 自宅にたどり着くなり、僕はベッドの上に身を投げ出して、深々とため息を漏らした。


 全く、入学初日から散々だった。

 憧れの野球部に入るつもりだったのに、何故か『滅亡部』なんてものに勧誘されて……正直さっぱり意味が分からない。人類を滅亡させる部活動って何なんだ。あの人は悪の秘密結社にでも憧れているのか? いくら何でも……結局最後まではっきり断れなかった気弱な自分が、何だか情けなくなってきた。


 だけど……人間が嫌いだなんて、一体何があったんだろう? あんなに美人なのに……。

 

 不意に先輩の顔が、あの時の匂いが記憶として蘇って来て、僕は何故か胸が苦しくなって来た。


「ん……?」


 ふと物音に気づいて、枕に埋めていた顔を上げる。机の上には、勧誘の際にもらった大量のお菓子が積み上げられていた。そのお菓子の山の中から、何だかガサゴソ……と、妙な音がしている。


「何だ……?」


 クッキーの袋が小刻みに揺れている。虫でも紛れ込んでいるのだろうか?

 僕が恐る恐る顔を近づけると……

「……うわぁッ!?」

 ……突然お菓子の山から、黒い物体が飛び出して来た!


『ヨォォオーッ!』

「何!? 何!?」


 羽の生えた小っちゃな蛇みたいなヤツが、僕の部屋を、蛍光灯の辺りをブンブンと飛び回っている。いや、飛び回っているどころか、なんと喋っている。お菓子の山から生まれた謎生物が、こちらに話しかけて来たではないか。僕は腰を抜かした。


『俺様は地獄からやって来た死神の使者! ヴェルム!』

「ヴェ……!?」

『地獄で逢おうぜ、ベイビー!』

「……ターミネーター2?」

『ヒヒヒヒヒ!』


 信じられない。これは現実なのだろうか? 僕は驚きの余り、口をパクパクと動かした。


「な、ななな、なななな……!?」

『話は聞かせてもらったぞ! 人類は滅亡する!』

 

 ヴェルムと名乗った謎の生物が、僕を見下ろしながらケタケタと大笑いした。僕は在らん限りの声で叫んだ。


「な、何だってー!!」

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