第二話’ 興隆の滅亡
「すごい、すごいわ三畳君!」
近くで白峰先輩が歓声を上げた。白い霧が晴れて行き、やがて大きく抉れた道路が、建物の残骸が姿を現した。目の前の敵は、さっきの僕の一撃で木っ端微塵になっていた。
『超新星爆発』。
それが天使からもらった僕の『能力』だった。太陽100億年分のエネルギー砲をぶっ放す。最初は口から吐き出すだけだったが、才能のある僕は、そのうち手のひらや指先からも放射できるようになった。また1日に1発が限度だったが、訓練を重ね、数日後には連射も可能になった。
楽勝だ。こんなものは僕にとって、蛇口を捻るくらい簡単なことだった。神様から授かった天賦の才で、僕は早速白峰先輩と、人類を救う旅に出かけた。
「さすが正義の味方ね。1人残らず皆殺しじゃない!」
瓦礫と化した街の片隅で。周囲は肉片になって飛び散った敵の血で真っ赤に染まっていた。白峰先輩が駆け寄ってきて、嬉しそうに僕の首元に抱きついた。僕はたちまち頭に血が昇って、全身が、電気が通ったようにピリピリと刺激的な熱を帯びるのを感じた。嬉しいのは僕の方だ。先輩が喜んでくれるのが嬉しかった。世界が正しい方へ正しい方へと向かっているのが誇らしかった。
もっともっと殺そう。
僕は嗤った。
世界中の敵を滅ぼして、悪を駆逐して、清く正しく美しい理想郷を取り戻そう。
「そ……」
「ん?」
ふと何処からか掠れた声がした。見ると、瓦礫に挟まれて、先ほどの攻撃の巻き添えになった市民が、頭から血を流して倒れている。僕らの方を恨めしげな目で見上げていた。
「それでも地球は回っている……!」
「……ははは。バーカ」
僕は容赦無く、虫ケラでも踏み潰すみたいに、指先からビッ、とエネルギー砲を炸裂させた。罪深き市民は断末魔を上げる暇もなく、バラバラと藻屑となった。
全く、これだから陰謀論者はタチが悪い。僕はため息をついた。宇宙の中心は地球で、他の天体はその周りを回っていると言うのに。こんなことは僕らの世界では小学生の時に教わる。並行世界の奴らは、どいつもこいつも学が無さすぎて驚いてしまう。
残念だ。せめて強者に媚びへつらうとか、権力者に尻尾を振る程度の芸があれば、コイツも長生き出来たのにな。僕は異文化の文明的発展の遅れを大いに嘆いた。
「良かった。これでまた1人、この世から陰謀論者がいなくなったわね」
再び周囲が静まり返った。ピクピクと痙攣していた死体を見下ろしながら、白峰先輩が顔を綻ばせた。
「貴方のおかげよ、三畳君。貴方は世界を導く英雄だわ」
「何だかすごく良い気分だよ。悪い人がきちんと成敗されると、清々するね」
「えぇ、そうよ。悪者はいなくなった。これでこの世界もめでたしめでたし、ね」
先輩の笑顔を見ていると、身体がふわふわと、むず痒いような気分になって来る。僕はだんだん自信が湧いてきた。正直、異世界への扉を潜って敵を倒して回る……と言われた時はどうなることやらと思っていたけれど、やってみると案外簡単だった。むしろ手応えが無さすぎて拍子抜けしたくらいだ。
何故か地球が「丸い」と信じている世界。
宇宙人の存在を頑なに認めようとしない世界。
霊界や幽霊が否定され迫害されている世界。
なんて非科学的な奴らなんだろう。実際の地球は平らだし、宇宙人は友達だし、幽霊をいじめる奴は僕が許さない。やっぱりこいつらは、滅ぼすべき悪なんだ。
「さ、次の世界に行きましょう」
白峰先輩が僕の手を取って、次の並行世界への扉……『分岐点』へと歩き始めた。僕は頷いた。善い事をした後はやはり気分が良い。次はどの世界を大量絶滅させてやろうか。
「まだまだ別の宇宙には、間違った考え方、間違った世界が溢れているわ。一刻も早く、私達が正しましょう。正義は必ず勝つ。敵は皆、滅ぼさなくっちゃ」
「そうだね……でも」
足元は死骸で溢れていて、踏まないようにするのが一苦労だった。生命が皆息絶えた不毛の世界を後にしながら。僕は手を引かれつつ、思わず欠伸した。
「ちょっと弱すぎるかな。これじゃ敵を全員倒すまで、あっという間だよ」
「何言ってるのよ。敵はいつまでもいなくならないわ」
先輩が眩しい笑顔を僕に振り撒いた。
「足りなくなったら、また怒りを打つけるために、憎む用の敵を作れば良いだけの話なんだから。ね?」




