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第二十二話 囮の化

「あそこに扉が3つ見えるだろう?」


 そう言って、メルキアデスが東の空を指差した。二宮は暗がりに目を凝らした。初めは、空飛ぶ巨大ウツボに邪魔されて良く見えなかったが、なるほど確かに空中に扉が浮いている。開いた扉の向こうから、デロデロと大きなムカデが流れ落ちてくるのが見えた。


 並行世界への『分岐点』だ。相変わらず壊れた蛇口みたいにこちらの世界に『災厄』を垂れ流し続けている。


「おそらくあのいずれかが、オルドビスたちの潜む世界に繋がっているはずだ」

「はず??」

『いずれかぁ!?』

「正直確証は持てない。思いつく候補地はいくつかある」


 白衣の化学教師が肩をすくめた。ちょうど彼の頭の上を、千切れた鬼の首が砲丸投げみたいに吹っ飛んでいくところだった。


「それに、向こうだって待ち伏せくらいはしているだろうね」

「どうするんですか?」

 向日葵が不安そうに尋ねた。さっきから怪獣たちが、ちっぽけな人間などお構いなしに楽しそうにたたらを踏んでいる。このままではいつ自分たちがぺしゃんこにされてもおかしくなかった。

『早くしねェと、こっちが死んじまうぜ!』

 揺れる地面の上で、白龍がソワソワと羽を震わせる。メルキアデスは生徒たちの顔を見渡して、一つ咳払いをした。


「良いかい? 三畳クンを含め、あの『災厄』たちは覇権を獲ろうと互いに殺し合っている。飢えた獣みたいに、強力な『災厄』に惹かれてるってことだ。君タチは、あー、幸か不幸かそれぞれ『災厄』を宿してるワケで……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 二宮の顔が曇った。

「何か嫌な予感がする……」

「あの数だ。真正面から戦って勝てる相手ではない。ここから全力疾走であの扉に向かおう。3つの内いずれかひとつにでも飛び込めれば、その先は並行世界に繋がっている。三畳クンも引き寄せて、扉に放り込んでしまおう」

「それって俺らに……囮になれってことですか?」


 生徒たちに見つめられ、先生は黙って頷いた。


『なんだそりゃ!? 俺たちゃ餌かよ!』

「それって、他の怪獣もゾロゾロ着いてきちゃうんじゃ……?」

「むしろそれが狙いだ。体力も時間も、こっちの世界で余計な消耗はしたくない。本番は敵陣(あっち)だからね。上手く向こうの世界に『災厄』を連れ込めれば、相手にも脅威になるし、こっちの世界の被害も抑えられる。向こうに着いて、三畳クンの心臓に刺さった匕首を抜けば良い。それからこの薬を……」


 そう言って、メルキアデスは胸ポケットから薬を取り出した。さっきの治療薬は青色に輝いていたが、今度のは赤だった。怪しげな赤のゆらめきの向こうで、メルキアデスが目を細めた。


「さっき研究室から掻っ払ってきた。試作品だが、これを飲めば、ジグがなくても一時的に『災厄』を制御できるだろう。本来の暴走状態とは程遠いが、『超新星爆発』なら、むしろ力を弱めて十分過ぎるくらいだ。軽く星一つは消し飛ばせるエネルギーはあるよ」

 

 二宮たちは顔を見合わせた。実際に星を吹き飛ばすかどうかは別にして、確かにそれくらいの力があれば、相手を脅すには十分だろう。ちょうど4粒ある。そう言って、メルキアデスは赤い薬をそれぞれに手渡した。


「別に誰かが途中でやられても、別の誰かが成功すれば良い」

「そんな不吉な……」

「大丈夫。24時間以内に『分岐点』まで戻って来られれば、絡まっていた時間軸(スパゲッティ)が修復され、今まで破壊されたモノも亡くなった人も、元通りになるから」


 その辺の原理が謎過ぎるが、つまりドラゴンボールみたいなものだろうか? 二宮は首を傾げた。世代じゃないから良く分からないけど。

 

「バラバラに飛び込むんですか?」

 向日葵はまだ不安そうだった。

「みんなで一緒に同じ扉に入った方が良いんじゃないですか?」

「もちろんそれができたら一番理想だ。だけど、正直そこまで余裕があるかどうか……」


 メルキアデスが暗澹たる空模様を見上げた。


「正解は3分の1だ。三畳クンが運良く彼らのいる世界に辿り着けるとも限らない。最悪の場合、誰も扉に辿り着けずに全滅、なんて終わり方もあり得るね」


 何処からともなく、大気を揺るがす不穏な怪獣の鳴き声が谺した。向日葵がブルっと体を震わせた。


「みんな、間違えないでね」

 メルキアデスが何度も念を押した。

「ここから見て、右と真ん中は下から5番目。それから左の扉は、下から数えて3番目の奴だ。2番目に飛び込んだら、その瞬間体が裂けるチーズみたいに5等分になるぞ」

「ヤだぁ。そんな世界行きたくない!」

「……とにかくやるしかないってことですね」


 二宮はため息をついた。果たしてこれが作戦と呼べる代物だろうか? そんな言葉を飲み込んで、腕にジグを、ブレスレットを装着する。向日葵も意を決してネックレスを、それから寒いおじさんも、渋々サングラスをかけた。


 4人で3つの扉いずれかを目指す。それも暴走した『災厄』たちに追いかけられながら。あまりゾッとしない提案だ。誰か1人でも『向こうの世界』に辿り着ければ御の字というところだろうか。


「どうしよぉ〜……私、そんなに足早くないよぉ……」

『安心しろ向日葵。パパが背中に乗せていってやる』

「じゃあ……行くよ?」

 メルキアデスが1人ふわりと宙に浮いた。それぞれ、緊張した面持ちで互いに目配せした。


「よーい……どん!」


 掛け声と共に、一斉に4人が駆け出した。二宮は腕をロケットに変えながら。メルキアデスは謎技術で空を飛び。向日葵は父ドラゴンの背に乗って、一目散に空に飛び立った。


 と同時に、ジグを発動させる。

『グルルルルル……!』

 新鮮な『災厄』の臭いを嗅ぎ取って、取っ組み合っていた怪物たちが、一斉にこちらを振り向いた。冷たく、舐めるような視線を背中に感じ、向日葵が小さく悲鳴を上げた。


「パパぁ! 早く早く! 逃げて!」

『うぉ……来てる来てる。ゾロゾロ着いて来やがる! コンチクショウ……!』


 追いかけっこが始まった。


 氷の龍が大きく翼を羽ばたかせ宙に舞った。彼らの後ろから、武装観音が、ダイオウイカが、キングコングが大口を開けて走ってくる。それだけで砂埃が入道雲みたいに舞い上がり、地面はぐにゃぐにゃと波打った。二宮は後ろを振り返った。三畳三太は……大丈夫。他の怪獣と同じく、涎を滴らせて命がけのレースに参加していた。元気いっぱい、同胞を食べる気満々だ。


「いやぁあっ!? 追いつかれるぅうっ!?」


 1匹の巨大スズメバチが、身の毛もよだつ羽音を響かせながら、一気に距離を詰めてきた。鉄筋コンクリートくらいぶっ太いお尻の針を、向日葵たち目がけて狙い定める。


「……こっちだ!」


 二宮はロケットを急旋回させ、大スズメバチの撹乱に走った。蜂の耳元でブンブンと、これじゃどっちが虫か、分かったモンじゃない。よっぽど気に障ったのか、スズメバチは鬱陶しそうに狙いを二宮に変えた。どうだ。昆虫め。普段、自分たちがやってることをやられる気分は。二宮はほくそ笑んだ。


「二宮君!」

「先行ってて!」


 こうなりゃ囮の、さらに囮だ。二宮は怪物どもの周りを飛び回り、足止めに専念することにした。その甲斐あってか、『災厄』たちの足が少し止まった。そのうち蒼井親子が最初の扉、真ん中の『分岐点』に辿り着き、矢のように飛び込んで行った。


「よし!」

「二宮クン……君も早く!」


 右の扉に向かっていたメルキアデスが、心配そうに叫んだ。蒼井親子を追って、数多の『災厄』たちが開いた扉を潜り抜けて行く。『酸性雨マンボウ』が、『メタンガスクジラ』が、『フロン・リュウグウノツカイ』が……空中に出来た穴に吸い込まれて行くみたいで、何とも奇妙な光景だった。二宮はいつぞやの『妖怪大辞典』で見た、『百鬼夜行』のイラストを思い出していた。


 メルキアデスも何とか右の扉に辿り着いた。だが、まだだ。これで作戦成功じゃない。三畳三太は、まだこちらの世界に留まったままだった。どうにかして彼を『分岐点』の中に引き込まなければ。


「さぁ来い! こっちだ!」

「二宮クン!」


 二宮は左の扉の前で急停止し、扉を背負うようにして仁王立ちした。

「二宮クン……うわぁああっ!?」

 メルキアデスが『竜巻トラ』に噛まれそうになり、何とも情けない叫び声を上げながら、転げ落ちるように扉の中に吸い込まれて行った。


『ゲゲゲゲゲゲゲ!』


 その『竜巻トラ』の首根っこを後ろから羽交締めにして、三畳三太が、『超新星爆発』がボキリとやった。千切れた首の間から、たちまち噴水のように赤い血が噴き上がる。二宮は生唾を飲み込んだ。


「三畳君……いや『災厄』の人格か」

『ゲゲ……!』

 黒い影が、周りの空間をぐにゃりと歪ませ、実体を露わにした。胸に刃物を突き刺した怪物が、『竜巻トラ』の首をボリボリ噛み砕きながら、黒い笑みを浮かべた。中々ゾッとしない光景である。


「そうだ……こっちに来い……こっちだ……」


 二宮はジリジリと下がりながら『災厄』を誘い込もうとした。化け物め。この間はよくも。お前が、次の時代を作るって? その台詞、そっくりそのまま返してやるぞ。やっぱり次の時代を作るのは、次の時代を生きる俺たちなんだ。お前みたいな余所者に、邪魔なんかさせないからな。


 ……そんな台詞を、勇気を振り絞って、憎しみ込めて叩きつけてやるつもりだった。だがそんな気持ちも、『超新星爆発』がぐわッと大口を開け始めた途端、たちまち消え失せてしまった。


 来る。ガンマ線バーストが。かつて地球上の生物を根こそぎ死に至らしめた破壊光線が。二宮は血の気が引いた。その身で一度経験しているからこそ、余計に恐怖も一入(ひとしお)だった。慌てて踵を返し、扉の向こうに飛び込む。


 二宮が異世界への扉を潜るのと、ドス黒い衝動が怪物の口から迸るのと、ほぼ同時だった。放たれた極重の悪意は、周囲の扉ごと、時間軸をぐにゃりと捻じ曲げて、全てを巻き込んで黒く爆発した。

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