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第二十一話 蠱毒の大群

 上空は無明の闇に包まれ、地上では灼熱の炎が暴れ狂っていた。悲鳴と怒号が、不気味な轟音に掻き消される。街中の至るところで突如開錠した扉……『分岐点』から、龍が、鬼が、異世界の魔物たちがゾロゾロと溢れ出して来ていた。


 その時は突然やってきた。世界中で、巨大地震が多発していた。100mを越える大津波が街を飲み込み、火山という火山が噴火し、真っ赤に燃える溶岩が雹のように降り注いだ。建物は竜巻によって根こそぎ吹き飛ばされ、倒れた高層ビルの下敷きになって、大勢の人が死んだ。


 血の匂いが、焼け爛れた肉の匂いが、そこらじゅうに溢れていた。南アメリカではアマゾンが枯れ、みるみるうちに砂漠になったかと思うと、ヨーロッパでは海が沸騰し、生き物は皆行き場を失ったナメクジのように干上がって行った。


 アジアで。アフリカで。ユーラシアで。中東で。北極で。南極で。オセアニアで。


 空飛ぶ円盤が、未知のウィルスが、殺人ロボットが、恐竜が、ゾンビが、サメが、核兵器が、一堂に会して同窓会を始めた。懐かしの顔ぶれが、少々古ぼけた笑顔で、だがその腕は未だ衰えることなく、嬉々として人々を殺して回った。破れた銀幕の向こうから怪物たちが飛び出してきたみたいに、無数の『分岐点』から思いつく限りの『災厄』が産み落とされ続けた。


「滅茶苦茶だ……」


 こちらの世界に戻ってくるなり、二宮二葉は呆然とその場に立ち尽くした。

見上げるほど大きな怪物。

鼻が捥げそうなほどの死臭。

鼓膜が破れそうなほどの絶叫。

 ここは現実だろうか。何処を見渡しても死体、死体、死体。人が死に過ぎている。ここが元の世界だとは、にわかに信じがたかった。病院に出口を開けたはずだったが、病院はもはや、病院の形すらしていない。それどころか世界が、人間が、地球が、もはやその形を保ってはいなかった。


 ここは地獄だ。


 そう言われても、二宮は素直にそう信じただろう。

「とにかく」

 引率の化学教師が努めて平静な声を出した。瓦礫の山と化したその上空で、1発で数千万単位の殺傷力を誇る核ミサイルが、在庫処分の花火みたいにポンポン打ち上がった。

「三畳クンたちを探そう」


 生徒たちは黙って頷いた。勇気を振り絞り……あるいは恐怖を紛らわせるためか……動乱の中で、小刻みに足元が揺れる中で彼らは必死に仲間を探して回った。

『オイ! あっちだ!』

 やがて白い翼を広げ、上空から黒煙の中に目を凝らしていた寒いおじさんが、鋭い声を上げた。怪獣の巨木のような足に踏み潰されないように、出来る限り急いで二宮たちがそちらに駆け寄ると、瓦礫のそばに、白峰部長が倒れているのが見えた。


「部長!」


 返事はない。どうやら意識を失っているようだった。怪我をしていなければ良いが……だが、二宮が彼女の元にたどり着く前に、突如空間がブゥゥゥウン……と裂け、目の前に『扉』が出現した。

「何だ……!?」

「二宮クン……下がって!」

 メルキアデスが警戒の声を上げた。扉がゆっくりと向こう側から開かれていく。現れたのは、

「……オルドビス!」

 先ほど別れたばかりの、黒衣の科学者が目を細め、倒れている白峰白亜を見下ろした。


「ご苦労。『X - Day /00467』は回収する」

「……部長のことか!?」

「ちょっと! 何処に連れてく気!?」


 オルドビスは眠っている白亜を肩に担ぐと、そのまま扉の向こうへと戻ろうとした。


「待て!」

「ククク。じゃあな。せいぜい世界の終わりを楽しめよ」


 オルドビスがうすら笑いを浮かべた。二宮の手が届く前に、『扉』はみるみるうちに粒子の泡になって消えた。その瞬間、再び激しい縦揺れが来て、二宮は地面に突っ伏した。


「クソ! アイツら部長を……!」

「どうしましょう……先生!?」

「ダメだ。向こうからロックされているらしい」


 メルキアデスが転送装置を手に持ったまま、残念そうに首を振った。3人と1匹はしばらくその場で途方に暮れた。みすみす部長を攫われてしまった。追跡されていたのだ。二宮は歯軋りした。向日葵が今にも泣き出しそうな声を上げた。


「だからって、このままほっとくワケにもいかないでしょう!」

「お、落ち着いて。とにかく……」


 その時だった。ふと大きな影が彼らを覆った。彼らの上空を、巨大な龍の胴体が横切り、さらにそれを追うようにして、禍々しい、闇の権化のようなモノが龍に飛びかかっていった。


「あれは……」

「三畳くん!」


 三畳三太だった。


 三太……いや『超新星爆発』にとって、今やこの場は絶好の狩り場と化していた。滅亡級の『災厄』たちが押し合いへし合い、我こそは世界を終わらせん、と鼻息荒く破壊活動に勤しんでいる。『砂漠化』の大蠍が『地震』の巨大ナマズに飲み込まれた。『レーザー銃』の殺人ロボが『海面上昇』の鮫に噛み砕かれた。『地底人』が。『エイリアン』が。『ティラノサウルス』が。


 まるで蠱毒だ。


 目の前で繰り広げられる怪獣どもの狂宴に、二宮は思わず背筋を寒くした。喰うか喰われるか。自分たちも『災厄』を持っていると知られれば、狙われるかもしれない。

 それにしても、あんな化け物どもに混じって、水を得た魚のように躍動している三畳三太を、同じ部員として誇りに思うべきか、あるいは畏れるべきか。ちょっと理解が追いつかなくなって、二宮はしばらくポカンと口を開け天空の大怪獣大戦争を見上げていた。


「とにかく、まずは白峰クンを取り戻そう」


 やがてメルキアデスが、午後の授業は自習にしよう、と同じ口調でそう提案した。二宮は流石に呆れた。


「どうやって?」

「彼らの行きそうなところ……拠点にしている世界線を、ボクはいくつか知ってる。時空安定した世界はそう多くないからね。いずれは当たるだろう」

「だけど……」

 向日葵が不安そうな顔で先生を見上げた。メルキアデスが頷いた。

「まぁ。確かに彼らだって、会いに行ったところで素直に返してはくれないだろう。力づくで奪うことになる」

「力づくで……」


 ふと、彼らのそばを巨大な鰐の首が、血飛沫を上げながら転がっていった。軽くダンプカーくらいの大きさはありそうな首級だ。二宮は上空を見上げた。ちょうど『超新星爆発』が、大口を開け首のない鰐に齧り付いているところだった。突然の血雨に降られながら、メルキアデスが肩をすくめた。


「そのためにもまず、三畳君を正気に戻さなくっちゃあ。白峰クンを助け出すには彼の力が必要だ。そしてオルドビスと戦い、ここに戻ってこよう」

「なるほど。あの狂ったように暴れ回ってる『災厄』たちの間を掻い潜り、三畳くんをどうにかして人間に戻した後、危険な並行世界を渡り歩き、かつマッドサイエンティストたちと戦って勝利を収め、その上無事に戻った後コイツらを一掃して世界を滅亡の危機から救おう……と言う、そういう作戦ですね」

「そう言うことになるね」

「天才だ! やはりメルキアデス先生は天才です!」


 二宮は吐き捨てた。とうのメルキアデスは、生徒の皮肉を知ってか知らずか、至極真面目な顔をして告げた。


「だけど、やるしかないんだよ。失敗したらみんな死ぬ。キミたちの目の前にいるのは、紛れもなく『世界の終わり』そのものなんだからね」

「…………」


 二宮たちは黙って顔を見合わせた。やがて、彼らはその作戦に乗ることにした。どのみちこのまま突っ立っていたら、命がいくつあっても足りなさそうだったからだ。

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