第一話’ 始まりの終わり
高校生になったら野球部に入るぞ。
そして仲間たちと甲子園を目指すんだ。生まれつき運動神経抜群だった僕は、中学サッカーの全国大会で優勝して速攻で飽き、次こそ暇つぶしくらいにはなってくれよと、そう願った。
受験には苦労しなかった。勉強は大好きだったし、元々I.Qが250近くあったため、小学生の時点で、一般人が生涯に学習するほぼ全ての知識体系を習得していたのだ。当然入試は全問正解で首席合格したけど、とてもじゃないが恥ずかしくて、一生墓場まで持っていこうと決めた。だって、自分の人生で自慢できることが『頭が良い』ことだけだなんて、虚しすぎるじゃないか。
正直言って勉強にも飽きてきたところだった。別に嫌いになったわけじゃない。だけど勉強にしろ、スポーツにしろ、とにかく僕には簡単すぎるのだ。
何をしても天才と褒められる。何も教わってなくても、人並み以上、いやその道のプロさえ軽々と追い越してしまう。コイツより上手くなりてえなとか、そんな風に思えるライバルも不在。勝者は孤独とはこのことかと思った。一番と二番の差が余りにも開きすぎていて、僕は毎日、誰もいない宇宙の先頭をひたすら孤独に漂っていた。
僕は内心しまった、と思っていた。ぶっち切り過ぎた。あまりにも格の違いを、天賦の才を、実力差を見せ過ぎてしまった。レースは、勝つか負けるか、最後まで分からないから白熱するのだ。最初から僕に負けることが決まりきった人生。これじゃみんなやる気を無くして当然だ。
僕は反省した。勉強もスポーツも、だーれも追いついて来ないから、たまにわざと失敗して、躓いてみたりもした。テストで0点を取った。野球の試合では空振り三振を繰り返した。
するとどうだろう。周りの奴らは、それでも僕を褒め称えるのだ。これには僕も驚いた。何をやってもニコニコと、キミほどの人ならきっと何か深い考えがあるに違いないと、僕の失敗や間違いを直視しようとしない。
それどころか周りの人間が、勝手に、僕を批判するのは禁忌だみたいな空気を作っていた。きっと才能のある僕を盲信しているか、それとも怖気付いているのか、媚を売っているのだと思う。僕とて別に責められたいわけじゃない。だけど無条件に神格視されるというのも、何だかその視点に僕という人間がすっぽり抜け落ちていて、それはそれで空恐ろしいものである。
僕が嫌いなのは『才能』だった。
『能力』さえなければ。才能なんてものを持ってしまったばっかりに、何をしても張り合いのない、失敗も間違いもない人生を歩んでしまう羽目になった。何をしても『天才だから』で片付けられる人生は、正直苦痛だった。もしもう一度生まれ変われるなら、勉強が嫌いだとか、病気がちで運動が苦手とか、そんな平凡で最高の人生を歩んでみたいものだ。
野球も、入部して三日目には飽きていた。モームリ、だけどそれでも続けられていたのは、3年生の先輩……マネージャーの白峰白亜先輩がいたからだった。この人がとんでもない美人なのだ。
「私、人間が大好きなの!」
入部後、その人懐っこさで早速打ち解けてくれた白峰先輩が、屈託のない笑顔で僕にそう言った。
「人間讃歌部を作ろうかと思ってるくらい」
「人間讃歌部……」
「だけど、陰謀論は嫌い」
「そうなの? なんで?」
「だって、あれは人間にとって害悪じゃない。人間の敵なの。悪質なデマで人を惑わし、貶めて……人類の今後の繁栄のためにも、陰謀論者はこの世から滅殺するべきよ。色々間違ってる人たちに、頭の良い私たちが正しい答えを導いて教えてあげなきゃ。貴方もそう思わない?」
「うん……うん」
今まで見たこともない絶世の美女に間近で見つめられ、僕は頭をぽうっ、とさせながら頷いた。ああ、なんて美しいんだろう。今まで付き合ってきた美女は、みんな三日で飽きてしまった。だけど、この白峰さんだけは、何故か運命の人って気がするんだ。
放課後。自室に戻ると、てるてる坊主みたいな白い天使が待っていた。さすがにこの時ばかりは僕も腰を抜かした。いくら天才薄命だからって、ちょっとお迎えに来るのが早過ぎやしないだろうか。
『こんばんは、三畳三太様』
天使が、僕のチョコレートをムシャムシャしながらそう言った。
『私は天国からやってきた神の使い、その名もヴェルム』
「ヴェ……!?」
『ここだけの話、貴方様は神に選ばれた御人です。英雄なのです。うけけけけ。嗚呼三太様、どうかその天賦の才で、哀れな人類をお救いください』
天使が深々とお辞儀し、白く発光し出したかと思うと、僕に神の能力か何かを与えた、と告げた。その時僕は「そんな漫画みたいな話があるかよ」と、正直全然信じていなかったのだけれど。次の日、ふとした弾みに僕の口から怪光線が飛び出してきて、何と街一つ破壊した。
「素晴らしいわ!」
たまたま僕の所業を見ていた白峰先輩が、目を輝かせて喜んだ。
「その才能を、もっと人類のために活かすべきよ!」
「うん……うん」
瓦礫と化した街の片隅で、僕はまたしてもぽう……っとなりながら頷いた。僕は正直嬉しかった。今まで、僕は僕の『才能』が嫌いだったけど、こんなに先輩に喜んでもらえて、こんな風に役立てるなんて。白峰先輩が僕の耳元にそっと口を近づけて、ゾクゾクするような声で囁いた。
「手始めに、陰謀論者を1人残らず抹殺しましょう。頭の悪い人間を、嫌いな連中を、性格の腐った奴らを、言うことを聞かない馬鹿共を、悪人を、弱者を、邪魔者を、敵を、皆殺しにしてしまいましょう。そして、もっと希望と愛に満ち溢れた、素晴らしい人間にとって素晴らしい世界にしましょうよ」
よぉし。
僕は俄然やる気になった。やっぱり僕は神に選ばれた人間だったんだ。英雄だったんだ。これから僕の才能で、人類を救ってやるぞ!




