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第十九話 君は僕

「あった! これだこれだ」


 ようやく目的のモノを見つけたのか、ゴミの山の上で化学教師が歓声を上げた。彼が手にしていたのは、ティッシュケースほどの大きさの薬箱だった。片手でひょいと摘み上げてるところを見るに、見た目ほどの重さはなさそうだ。側面には何故か

『天地無用』

 と書かれている。メルキアデスは無造作に箱を開け、中を覗き込み、だがすぐに首を傾げた。


「あれ? 変だな、入ってない」

「探しているのはこれか?」


 すると、突然背後から声をかけられ、メルキアデスたちは飛び上がった。二宮が振り向くと、入り口の影のところに長身の、見知らぬ男が立っていた。先ほどの隕石&洪水のコンビと同じく、黒衣を身に纏っている。男の手には青色に輝くカプセルが握られていた。


「お前は……オルドビス!」

 現れた男を見るなり、メルキアデスが素っ頓狂な声を上げた。向日葵が小首を傾げた。

「先生の知り合い?」

「うん……まぁ、知り合いと言うか、知ってると言えば知ってるけど、知らないと言えば何も知らない……」

「はぁ?」

「何言ってるの?」


 途端に歯切れの悪くなったメルキアデスに向かって、オルドビスと呼ばれた男が影の奥で目を細め、(あざけ)るような視線を送った。


「お前たち、まだ分からないのか? ……ならばこれでどうだ?」

「あっ!?」


 オルドビスが一歩踏み出し、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。蛍光灯に照らされた顔を見て、二宮は驚きの声を上げた。瓜二つだったのだ。メルキアデスと。まるで同じ顔、同じ背丈、そういえば声も同じだ。黒衣と白衣の違いでしかない。二宮たちは2人の顔を見比べて目を白黒させた。


「どう言うこと!?」

「先生の……兄弟!?」

「同位体だよ」


 メルキアデスがため息混じりに答えた。同位体。並行世界の自分自身と言うことか。


「ボクが組織を抜けた後、博士が補充要員を連れてきたみたいでね。それがオルドビスだったんだ」

「上位互換と言ってもらおう」


 黒衣のオルドビスが化学教師の顔で、誇らしげに胸を張った。二宮は目を瞬いた。普段、卑屈な笑みを浮かべ飄々としている男が威風堂々としている様は、何とも奇妙な感じだった。オルドビスが厳かに告げた。


「メルキアデス。確かに俺たちは同位体だが……俺はお前の頭脳に加え、さらに仕事熱心な性質も兼ね備えている」

「な、何だってー!!」

「仕事熱心なメルキアデス先生!?」


 信じられない、といった表情で生徒たちに見上げられ、メルキアデスがバツが悪そうに頭を掻いた。やる気のあるナマケモノだなんて、それはもうナマケモノではない。同位体・オルドビスが嗤った。


「安心しろ、メルキアデス。お前に出来ないことも全て俺なら出来る。薬はすでに三畳三太に届けているぞ。病院内に組織の者が侵入(はい)り込んでいてね。今頃目を覚ましている頃だろう」

「え……仕事早!」

「何がしたいんだ……!?」


 二宮がやる気のない方の後ろから叫んだ。


「俺たちを襲ったり、かと思ったら助けたり。アンタら一体何者なんだよ!? 目的は何なんだ!?」

「助けたのは、三畳三太が『BIG6』だと見込んだからだ」

「ビッグ……シックス?」

 黒衣の男が目を細めた。


「そう。地球史上、過去5回の大量絶滅を科学者は『BIG5』と呼んでいる。『BIG6』はその次に起こるであろう大量絶滅だ。人類を滅亡させる次世代の『災厄』……彼は、三畳三太の『超新星爆発(スーパーノヴァ)』は、その可能性を秘めている」


 オルドビスは、興奮しているのか、青い薬を持つ手を小刻みに震わせた。


「子供の頃から、ずっと夢見ていた……!」

「……?」

「宇宙の果てを。人類の未来を。これこそ科学者冥利に尽きるってやつだ。ひひひ。最高だ。まさかこんな日が来るなんて……!」

「おかしいよ、アンタら」

 二宮が吐き捨てた。


「人類の滅亡を心待ちにしてるなんて。どれだけ多くの人間がこの世界で暮らしてると思ってるんだ。それを身勝手な理由で滅ぼそうとか、アンタら一体何様なんだよ!」

「恐竜が絶滅しなければ哺乳類の繁栄はなかった」

「……!」

「君のほうこそ、驕り高ぶるな! 人間だけがこの星の未来を担っているなど、勘違いも(はなは)だしい! 人類滅亡は、大量絶滅は進化のプロセスだ。全ての生物に、次の時代を作る権利があるのだ!」

「……オルドビス君。キミは騙されているんだよ」


 激しい応酬を黙って眺めていた化学教師が、やがて静かに口を開いた。


「乃亜博士はキミに全てを話していない。さっきも話したように、多くの並行世界を渡り歩いてきた『方舟計画』に取って、人類が滅亡するレベルの『災厄』は珍しいものでも何でもない」


 メルキアデスが少し草臥(くたび)れたように肩をすくめた。


「滅亡級の『災厄』を目の当たりにして、興奮しているのは分かる。キミはボクだから分かる。だけど、だけど博士はただ『災厄』を蒐集したいだけだ。より強力な武器になると見込んでね。キミはさも崇高な、高尚な、高潔な、学術的価値だとか生物進化論を騙られたのだろうが……単に利用されているだけだ。確かにキミは優秀だ。仕事熱心だ。だけど少々、熱心過ぎる」

「…………」

「宇宙に夢見てるようだが、残念だがアレはとても君の、人間の手に負えるような代物ではないとボクは思うね」

「……く」


 くっく、とオルドビスは目尻を緩め、やがて大口を開けて哄笑した。


「やはり! 博士の言った通りだ! そうやって俺を(たぶら)かしてくると思っていたよ。しかし……ひひひ。だから何だ?」

「何?」

「並行世界、結構じゃないか。どれだけ滅亡しようとも俺は一向に構わん。むしろ格好の実験場だ。だから俺は、俺たちはこの『方舟』に乗ったッ! 自分だけは助かりたいからなぁ! ひーひひひひひ!」

「……こうもまざまざと自分の醜悪な面を見せつけられると、やはり気が滅入るモンだね」


 メルキアデスが頭を振り苦笑した。二宮は改めてゾッとした。彼らは、別の世界の人間を何とも思っていない。きっと同じ人間だとも思っていないだろう。壊れたら替えの効く部品くらいにしか思ってないんじゃないだろうか?


「やっぱり仕事熱心も度が過ぎると、性格が歪んじゃうのかなあ」

「ほざけ! 今宵、一つの時代が終わり……やがて新しい時代が始まる!」

 仕事熱心な方が両手を広げ、高らかに宣言した。

「果たして人類はどうやって滅亡するのか? 人類の次に繁栄する種は何なのか? キミもその目で見てみたいとは思わんかね?」


 オルドビスが恍惚な笑みを浮かべた。二宮はたじろいだ。気持ちは分かる……俺だって、宇宙人がいるなら見てみたい。だけど、だけどいくら仕事熱心だからって、世界を滅ぼすほど働く奴があるか。


「それを叶えてくれるのが『BIG6』、『超新星爆発(スーパーノヴァ)』なのだ。彼はきっと、もっと強くなるぞ。他の『災厄』を吸収し、今までに例を見ない、未曾有の『大災厄』に成長することだろう」

「……まさか」


 別世界の自分の言葉に、メルキアデスがピクリと反応した。すると、突如室内が小刻みに揺れ始めた。地震だろうか? 蛍光灯が床に落ち、音を立てて割れる。向日葵が悲鳴を上げた。


「そのまさかだよ、メルキアデス」


 暗がりの中、オルドビスがニヤリと唇の端を歪めた。


「今、この世界にありったけの『災厄』が解き放たれた」

「な……!?」

「そして、全てを喰らった『超新星爆発(スーパーノヴァ)』によって」


 人類は滅亡する!

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