第十四話 vs 隕石衝突&大洪水
「私に『災厄化』のことを教えてくれたのは、メルキアデス先生なの」
「え? 先生が?」
「やっぱり何か知ってんだよ、あの人」
氷河期が去ってしばらく経ったある日のこと。放課後、僕らはいつものように理科準備室に屯していた。向日葵ちゃんの言葉に、僕と二宮先輩は顔を見合わせた。
新しく陰謀論部……じゃなかった滅亡部の部員になった蒼井向日葵ちゃんが、人懐っこい笑顔で頷いた。向日葵ちゃんの鞄の中には、龍の姿になり、小型化した蒼井さんのお父さん……寒いおじさんが入っている。何でも、『災厄』が活性化している時は、こうして体温調節していたのだそうだ。
「でもおじさん、仕事は?」
「うるせぇ。うぃ〜……ヒック!」
「また酔っ払ってる……」
「もう……パパ!」
「ま、良いじゃない。この部活のマスコットキャラってことにしとこうよ」
「可愛くないマスコットキャラだなぁ」
周囲の環境を発熱させる『地球温暖化』……謎多き『災厄』をその体に宿した彼女を、白峰部長は喜んで迎え入れた。もっとも部長の場合、喜んでいるのは邪な理由のような気もするが。自分にも何やら黒い異変が起きていることは、部長には内緒にしておこう、と僕は思った。
「そういえば、瑪瑠奇先生は?」僕は尋ねた。
「忌引き。親戚の叔母さんが亡くなったんだって」
「またかよ。一体何人叔母さんがいるんだよ、あの人」
二宮先輩が呆れてため息を吐いた。白峰部長も、進路説明会とか何とかでまだ来ていない。僕と二宮先輩とそれから蒼井さんの3人で、しばらく『災厄』トークを繰り広げた。
「それで、『災厄化』って結局何なの?」
「分かんない。ただ、私のこの症状は『災厄化』だよ、って」
「うーん……言葉の意味を素直に捉えたら、不幸、災難、凶事……みたいなものかな?」
「良いこと……ではなさそうだよね?」僕は不安になった。
「まぁ、人類にとっては脅威、万国共通の敵だろうね」
「人類の、敵……」
何処かで聞いたことのある言葉だ。窓の外では新緑が、夕陽に照らされて穏やかな光彩を放っていた。季節はそろそろ、夏に差し掛かろうとしている。
「どうもその、自分で操れるものでもなさそうだね」
二宮先輩が蒼井さんを見ながら聞いた。蒼井さんが頷いた。
「そう、ね。私の『温暖化』も、ずーっと発熱してるワケじゃなくて、熱くなっている時と、そうでもない時があるわ」
「何か『災厄化』するきっかけがあるのか……授業中に勝手に暴走し始めたりしたら困るな」
「……治るのかな?」
僕はポツリと言葉を溢した。己の裡から溢れ出した、ドス黒い感情に支配されるというのは、決して気持ちのいいものではなかった。
「どうだろう。先生は何を知ってるのかな?」
「一回話を聞かなきゃね、あの人に」
そんな話をしている間に、白峰部長が戻って来た。1人ではない。隣に見たことのある顔がいる。黒縁眼鏡に七三分け……風紀委員の某である。名前は忘れた。
「……もう何日待ったと思っているんだ。結局5人集まってないじゃないか! 廃部だ廃部!」
「あら。だったら貴方が掛け持ちで『滅亡部』に入れば良いじゃない。それでちょうど5人目よ」
「何をぉ!?」
「それとも……困ってる生徒を見殺しにするのが、貴方の言う『風紀』なの?」
「へ、屁理屈を……!」
まだ何か言いたそうな某の目と鼻の先で、白峰部長が扉をピシャリを閉めた。
「……良いんですか?」
僕は部長に尋ねた。外からドンドン! と扉を叩く音がする。白峰部長は流し目で含み笑いをした。
「こうやって引っ張って引っ張って……3年間『滅亡部』を存続させて来たのよ」
「案外人たらしだな、この人」二宮先輩が呆れた。
「部長、そんなことより」
僕は前のめりになって話題を切り替えた。今までは……部長には申し訳ないが……こんな部活、別に無くなっても構わないと思っていた。しかしこうなった以上、もっと人類滅亡の危機について知りたい。世界を脅かす敵について、延いては僕自身に取り憑いている謎の『災厄』について……もっともっと知っておきたかった。
「教えてください。今日は一体どんな理由で、人類は滅亡するんですか!?」
少し驚いたように僕の方を見て、やがて白峰部長がにっこり笑った。
「……そうね。今日は『巨大隕石の衝突』と、それに伴う『大洪水』の話をしましょうか」
※
1日が終わる。6月にもなると日は長くなり、外はまだまだ明るかった。部長と別れ、僕らは3人で、近くのカフェでもう少し話をしよう……ということになった。まだまだ僕らは『災厄』について知らないことが多すぎた。
・そもそも『災厄』とは一体何なのか?
・『災厄化』してるのは僕らだけなのか? どれくらい広まっているのか?
・『災厄化』してしまう原因は?
・元に戻るのか?
それに、『災厄』が出現すると作られる『境界』や『分岐点』について……もちろん話し合ったところで答えなんて出ない。だけど、とにかく同じ境遇の仲間同士で、お互いの存在というか、形を確かめ合っていないと、不安だったのだ。
カフェは学校から少し離れた路地裏にあった。店内は同じく放課後の学生でごった返していた。決して全国チェーンではないが、僕らの間では、安くて美味くて、そこそこ有名なカフェだった。
「やったー!! 私、あそこのパフェ好きなんだ〜」
……だけど、残念ながら向日葵ちゃんがその日『限定いちごアイスパフェ』を食べることはなかった。店に着く直前、突如空が暗くなり、僕らの頭上に巨大隕石が降ってきたからだった。
直径10km越えの、マッハ50で地表に衝突した隕石によって、未曾有の天変地異が地球を襲った。
こうして20XX年4月9日、人類は滅亡した。
※
「呆気無ェ〜!」
人類が滅亡した様子を、1人の少年がサーフボートの上から、大笑いしながら眺めていた。正確に言うとサーフボードが、宙に浮いているのだった。その上で、少年が胡座を掻いている。
街は今や、ビルの上にまで水面が上昇していた。隕石によって引き起こされた大洪水によって、街は丸ごと水の下に沈んでいた。地球上で生き残ったのは、一部の鳥類と植物、深海魚、それから細菌類くらいである。海洋生物の大半は沸騰した海で焼け焦げ、人間含め哺乳類などは、襲った衝撃波と高音で全滅した。
「やっぱ雑魚だったな。アイツら、『ジグ』も使えねえんだから」
「世界を救おうとして、世界を滅ぼす、か。ふむ。二つの相反する行為は、案外表裏一体なのかも知れぬ」
「自分で隕石落としといて、なに物想いに耽ってんだよ、ラプトン」
ラプトンと呼ばれた中年男性は、表情ひとつ変えずに少年を一瞥した。その右手に、何故か地球儀を持っている。文房具屋に売ってあるような、少し大きめの地球儀だった。男もまた、空を飛んでいた。
「……お前こそ、仕留め損なったな、サクラテス」
「ん?」
サクラテス少年が海に目を凝らすと、水面のある一点にブクブクと泡が湧き上がり、やがて下から黒い色をした丸い箱のようなものが浮上してきた。
「……なるほど。右腕を『潜水艦』に変えたのか」
潜水艦の入り口から、少年少女が次々に顔を覗かせた。皆驚いた表情でこちらを見上げている。ラプトンがため息を吐いた。
「見ろ。己の力量を過信して敵を軽んじる。それがお前の弱さだ」
「けっ。それはアンタの『隕石』も同じだろ。まぁ良いさ……」
サクラテスがサーフボードの上から少年少女を見下ろして、不敵な笑みを浮かべた。
「さっさとアイツらを殺して、人類を終わらせようぜ」
「そうだな。あー、悪いがそこの生存者諸君……」
宙に浮かんでいたラプトンが、無表情で眼鏡を光らせた。そして、右手に持っていた地球儀をくるくると回し、しばらくジッ……とその表面を眺めてから、おもむろに左の指で狙いを定める。
「世界のために死んでくれ」
ラプトンの左の指が回る地球儀に触れた。その途端、空が割れ、轟音と共に再び巨大な隕石が少年たちの頭上に降ってきた。




