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第十一話 氷河期 vs 地球温暖化

 早いもので、4月はあっという間に過ぎ、ゴールデンウィークなど一瞬で時間が溶けてしまった。おかしい。確かに休んだはずなのに、全く記憶がない。どうして休みの日は時間が経つのが早いんだろう? もしかしてこれも、()()の陰謀なのかも……などと考えている僕は、徐々に白峰部長に、『滅亡部』に染められつつあった。


 危ない危ない。理性を……己をしっかり保たなければ。僕は勉強が嫌いだ。学校なんて行きたくない。よぉし。まかり間違っても「勉強が大好きだ」とか「仕事に行きたくて仕方がない」なんて嘘を吐く大人になんかなったりしないぞ。欠伸を噛み殺し、ヨタヨタと学校に向かう道すがら、僕はブル……ッと体を震わせた。


「なんか最近寒くない?」


 通りすがりの女子高生から、そんな会話が聞こえてきた。見ると、もう5月に差し掛かろうというのに、制服の上から分厚いコートを身に纏っている。彼女たちだけではなかった。道行く人々のほとんどが真冬の格好をしていた。かく言う僕も、ここのところ毎日手袋にマフラーで防寒している。


 異常気象……最近ずっとこんな感じだ。もっとも、異常じゃなかった時代に生まれていないので、何が正常な季節なのかを僕はまだ知らない。


「三畳君、おはよう」

「あ……二宮先輩。おはようございます」


 すると、向こうから二宮先輩が駆け寄ってきた。先輩も灰色のニット帽が暖かそうだ。宇宙人の頭部を模した、妙なデザインなのが少し気になったけど。


「寒いねえ」

 宇宙人先輩が白い歯を溢した。同時に、息が白く凍りつき、煙のように立ち昇る。街はほとんど冬だった。

「先輩、聞きました? メルキアデス先生、寒過ぎて五月病になったんですって」

「別に気温関係ないと思うよ。あの人、一年中五月病だよ」

「あはは……ん?」


 並んで歩き出した途端、僕はふと何かに気がついて足を止めた。

「驚いたな……」

 隣で先輩が目を見開き、ポツリと声を漏らした。僕は顔を上げた。空から降ってきた、ひんやりとした六角形の結晶……雪だ。何と雪が降り始めた。さすがに僕も驚いて、口をぽかんと開けた。


「どうなってるんでしょう? だって、5月ですよ?」

「いや……そっちじゃない」

「え?」

「あれ」


 先輩は上ではなく、前を見ていた。そちらに視線を向けると、粉雪の向こう側、横断歩道の手前で、小柄な女子高生が1人信号待ちしているのが見えた。僕らと同じ学校指定のカバンを背負っている。いや、問題はそこじゃない。


「え……み、水着?」


 僕は戸惑った。何と彼女は、この寒空の下、スクール水着一枚で突っ立っていた。すると、僕らの視線に気がついたのか、その子がふとこちらを振り向いた。目があった。ミディアムヘアーのツインテール……内側だけほんのりと赤く染めた……見たこともない少女だった。水着で通学路を歩いている以外は、極々普通の、可愛らしい女の子だ。


 少女は僕らを一瞥しただけで、信号が青になると、サッサと横断歩道を渡って突き当たりの角を右に曲がって行った……僕らの高校へと向かう曲がり角だ。


「……罰ゲームか何かですかね?」


 イジメとかじゃないと良いけど。僕は少し心配になった。もしかして何かの撮影か、それとも本当に人間だろうか? 最近はサイセイカイスウとか言う呪いにかかった妖怪が、人目構わず奇抜なことをやりたがるから見分けが付かない。だけどいくら5月とはいえ、この寒さの中あんな格好じゃ、たとえ妖怪スクール水着だったとしても風邪では済まないだろう。


「いや……あれは」

 先輩が首を捻った。

「三畳君、気がついた? あの子……」

「え?」

「大量に汗を掻いていたよ。きっと、もの凄く暑かったんだろう」


 それからしばらく、僕らはその水着少女のことを忘れていた。それどころではなくなったのだ。突然、気象庁が「数億年に一度の大寒波」を発表し、正午までには、あっという間に街に数十メートルの雪が降り積もった。


 大氷河期時代の再来である。



「少なくとも地球では、氷河期は今まで5回あったと言われているの」


 ストーブにファンヒーター、それにアルコールランプまで。極暖要塞と化した理科準備室で、白峰部長が僕らに話し始めた。何だか少し嬉しそうだ。ここら辺じゃ雪は珍しいから、気持ちは分からなくもない。しかし、今回の積雪はどうもそんなレベルじゃなさそうだ。


 学校の外は、交通網どころかもはや国家運営機能そのものが麻痺し、世界中が大パニックに襲われていた。電気はとっくに途絶えていた。真っ暗闇の中、ランプの灯りに群がり、僕らは怪談噺でもするかのように声をひそめた。


「地球上最初の氷河期は約20億年前に起こり、それが約3億年続いた。その後、氷期と間氷期は大体10万年サイクルで繰り返されていて、マンモスやエレモテリウムが絶滅したのは、人間に狩り尽くされたって人もいれば、このサイクルのせいだって人もいるのよ。急激な気温の変化に耐えられなかったのね」

「氷河期って、どれくらいの温度なんですか?」

「それがね。実は氷河期と言っても、年間平均気温は今と5℃〜10℃くらいしか違わなかったらしいのよ」

「何だ……そんなもん?」


 僕は二宮先輩と顔を見合わせた。部長が目を輝かせた。


「逆に言えば、たったそれだけの違いで、生物は多大な影響を受けてしまうってワケ。16世紀から19世紀の間に、小氷期ってのがあったんだけど……日本で言うと戦国時代ね……その時は平均気温が0.5℃下がったの」


 だけど、それだけで。


「毎日海峡が凍ったり、農作物の不作で、世界中が大打撃を受けたのよ。魔女狩りや一揆が流行ったのもこの時期。やっぱり、寒いと人ってイライラするのかしら?」

「そっか、飢饉が続けば食糧は奪い合いになる……だから氷河期は戦国時代なんだ」

「僕は暑いのも嫌だけど」

「ふふ。仮に地球の温度が4℃上昇したら、生物の40%は絶滅の危機に瀕すると言われているわ」

「え……たったそれだけで」

 白峰部長は劇画みたいな顔をして僕らを見渡した。

「新たな氷河期の突入によって……人類は滅亡する!」

「な、なんだってー!!」


 みんなで劇画調の顔になって驚いたところで、僕らはしばらくくしゃみを繰り返した。窓の外……雪景色なんてオシャレなものじゃない、真っ白な壁だ……を眺めながら、二宮先輩がため息を漏らした。


「こんなことになるなら、とっととオゾン層を破壊して、地球温暖化しとけば良かったんだ」

「そうね……だけどそれだと結局、有害な紫外線が宇宙から降り注ぐから、生物は大量絶滅してしまうわ。うふふふふ」

「さっきから何で嬉しそうなんですか……」

「なぁ、三畳君」


 すると、何を思ったのか二宮先輩がこっそり耳打ちしてきた。


「これってもしかして、例の奴なんじゃないか?」

「例の奴?」

「『分岐点』だよ。瑪瑠奇先生が言っていただろう」


 そう言えば……先輩は眉をひそめた。白峰部長はと言うと、先ほどから『緊急生配信!』と銘打った陰謀論系動画の撮影に夢中になっている。この極限の状況下で、そうだ動画配信でも覗いて見るかと思う視聴者が果たして何人いるのか分からないが。


「おかしいと思わないか? 異常気象なんてもんじゃないよこんなの。『数億年に一度の大寒波』なんて……そもそも氷河期のサイクルは10万年単位なんだろ。絶対作為があるよ」

「作為?」

「つまり、誰かの仕業ってことさ。いつの間にか俺らは、誰かの『並行世界(パラレルワールド)』……誰かが展開した『境界』に足を踏み入れたのかも知れない」

「それは……誰の?」

「分からない。だけど、だったら早く『分岐点』を見つけ出して、道を引き返さなくっちゃあ。じゃないと……」

「じゃないと?」

「寒い」


 確かに。


 僕は頷いた。このままじゃ凍え死んでしまう。それで、僕らはこっそり極暖要塞を抜け出し、何か異変がないか探すことにした。

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