第十話 陰謀の真実
二葉先輩が滅亡部に加入して数日経った。
二葉先輩は、宇宙人を信じている以外は至極真っ当な好青年だった。
「野球部だったんですか!?」
「ああ……うん」
聞くと、先輩は幼い頃から野球をしていたらしい。なるほど身長は180cm近くあり、坊主に近い短髪で、中々の筋肉質である。
何でも中学時代はエースで四番だったとか。
そんな逸材が、こんな辺境の色物部活に青春を捧げてしまうとは、つくづく宇宙人とは、陰謀論とは罪な存在である。僕は少し気の毒になった。
「別に……得意だからって好きだとは限らないよ」
二葉先輩はそう言って、少し苦々しく笑って見せた。
「父さんが大の野球ファンで……自分があと少しで甲子園に行けなかったからって、俺には子供の頃から野球のスパルタ教育を施してたんだ」
「そうだったんですか……」
「健康に産んでもらったのはありがたいけど……だから正直スポーツは嫌いなんだよな」
「…………」
先輩の家は学校の近所にあった。自室には壁一面に
「宇宙人によるアブダクション事件のスクラップ記事」
「UFOの目撃情報をまとめた地図・写真」
「エイリアンの模型」
などがずらりと並んでいた。普段は寡黙で硬派な先輩も、宇宙人の話になるとたちまち顔を明るくさせ饒舌になる。屈託のない真剣な表情を横で見ながら、僕は何だか複雑な気持ちになった。
野球とオカルトか。
普通の人なら天秤にかけるまでもないのだろうけど。いくら得意だからって、嫌いなことを無理やりやらせるよりも、下手くそでも世の中に認められなくとも、自分の好きなことに打ち込める方が幸せ……なのかも知れない。
「これ、全部先輩が集めたんですか」
「タメ口で良いよ。宇宙規模で考えたら、俺らの年齢なんて瑣末な誤差だから」
先輩が白い歯を見せた。宇宙規模で自分の年齢を考えたことはなかったが、二葉先輩は自分から打ち解けやすい雰囲気を作ってくれて、僕はありがたかった。というよりもむしろ、気を遣われ過ぎているような気がする。時々警戒するように、じっと見つめられている時があり、僕は何だかソワソワした。
「どうかしました……?」
「本当に覚えていないのか?」
「え?」
「…………」
すると先輩は黙ってシャツを捲り、僕に右腕を突き出した。筋肉が盛り上がった前腕部が、僕の見ている前でスライムみたいにぐにゃぐにゃと変形し、蠢き始めた。
「わ、わわ……!?」
「……前まではもっと自由に変形できたんだけどな。最近は右腕を簡単な形状のものに変えるのが精一杯」
そう言いながら、先輩は右腕を宇宙人のように銀色に変え、三本指の手のひらを僕に掲げて見せた。
「ま、俺も正直記憶が曖昧なんだけど。何となく『能力』が弱まったような」
今度は腕を金属バットにしながら、二葉先輩が首を捻った。
「どうも、何かに喰われちまったような気がするんだよな。胸の中の黒いモヤモヤが、ちょっと軽くなったような」
「喰われた?」
僕は目の前で次々のに変形する腕を眺めながら、ポカンと口を開けた。植物の蔦に、タコの吸盤まで。すごい。確かに、こんなものを現実に見せられたら、僕だって宇宙人を信じてしまいそうだ。
「喰われたって……何を?」
「何だろう? 邪気……みたいなものなのかな? ベタだけど」
何に? とは聞かなかった。どうせ宇宙人に、という答えが返ってくるだけだから。宇宙人にしろ何にしろ、こんな超常現象、病院や警察に相談するわけにもいかない。
「本当に何も覚えてないの?」
先輩が身を乗り出して念を押した。
「どうも俺は君を見ると、心がザワつくというか本能的な怯えを感じてしまうというか……良く分からんが、この間の事件は、三太君、君と何かがあったような気がする」
「僕??」僕は当惑した。
「何か心当たりはないか? 俺のように『超人類』に進化したとかじゃなくても、身の回りで妙なことが起こっているとか」
僕は答えに詰まった。確かにここのところ……滅亡部に仮入部してから……どうもおかしな現象が続いている。蛇が喋る夢を見たり。化け物に襲われる夢を見たり。
ずっと悪夢だと思い込もうとしていた。瑪瑠奇先生は『並行世界』という言葉を使ったけれど、だとしたら別の世界から、僕の現実に妙なものが流れ込んでいるような感じだった。
そう……あの蛇。
僕はハッとなった。
夢の中であの蛇に噛まれて、確かあの時アイツ、妙なことを言ってなかっただろうか?
「実は最近僕……」
『緊急速報です!』
僕が先輩の方に身を乗り出すと、突然、TVが大袈裟に騒ぎ立て始めた。僕らは思わずそっちを振り向いた。
『南極大陸を目指していた我が国の調査船が、突然姿を消し、通信が途絶えました。政府は捜索隊を出す意向で……』
「奴らの陰謀だよ」
僕の隣で、二葉先輩が真面目な顔つきで頷いた。
「もう始まってるんだ。このニュースだって、本当はもっと大きな政治事件を隠すための目眩しなんだよ。与えられた情報だけを有り難がってちゃダメだ、ニュースの裏を読まなくっちゃあ。俺らの見えないところで大きなものが動き始めている。政治家は宇宙人の存在を知ってて隠しているんだよ。霞ヶ関の地下にはUFOが実在している! 早く真実に気が付かないと、大変なことになるぞ。目覚めろよ日本人!」
……どうやらお気に入りのフレーズになっているらしい。宇宙人のことさえなければ、立派な好青年なんだけど……僕は苦笑いを浮かべて、難破船のニュースをしばらく観ていた。
※
「果たして何人がこのニュースの真意に気がついているだろうな?」
難破船のニュース……仲間たちから送られてきた符牒を見つめながら、オルドビスは独りごちた。観測所が急に慌ただしくなってきた。
「対象に破壊活動などは観測されず、差し当たっての脅威はありません。しかし『境界』の規模がバカに広い」
「どれくらいだ?」
「直径約1万2000km……」
「地球丸ごとじゃないか!」
オルドビスは目を丸くした。
『境界』……『災厄』が発生した時に出来る、活動範囲内である。
たとえばティラノサウルスが突然この時空連続体に現れたとしても、出来た『境界』が教室一つ分なら、大した脅威にはならない。動ける範囲がそれだけ限られているからだ。
逆に、『境界』だけ広くて『災厄』が小規模でも、特に時代が終わったりはしない。大量絶滅には様々な条件が重なり合う必要があるのだ。しかし、これほど広範囲になると……部下の1人が彼の耳元に口を寄せ、難しい顔で囁いた。
「隊長。いくら子供だからと言って、これだけの『境界』を作れるとなると、影響は計り知れません。過小評価するべきではないでしょう。最悪、世界中で眠っている『災厄』を刺激し活発化する恐れも……」
「ふむ。そうだな……地球丸ごと、か」
オルドビスは興味深げに顎に手をやった。
「画面を切り替えてくれ」
彼がそう頼むと、画面に『Meta - GPS』で常時監視された三畳三太が、実に様々な角度から映し出された。難破船のニュースを見ながら苦笑いを浮かべる観察対象の顔がアップになり、オルドビスは思わず目を細めた。
「君は一体……これからどんな時代を作るつもりなんだ? 少年」




