とあるカフェ店員の独白
その人は、最近同盟を結んだ国の人なのだと語った。
艷やかな黒髪を綺麗に切り揃えた、穏やかな口調の人だった。遠い東の島国と我が国が同盟を結んだから、視察として街を見て回っていると語ったその人は、またちびちびと珈琲を飲む。
どうやら珈琲の苦味に慣れていないらしい。仕方がないからショコラを出してやれば、それは嬉しそうにする。終いにはショコラの包み紙を綺麗に折りたたんでハンカチに挟んでいる。変な奴。
次の日も、そのまた次の日も、そいつはやってきて珈琲を飲んでいく。そんな事を繰り返して、もうじき夏になるかという頃、そいつは国に帰るのだと言ってきた。国に帰れば、もうここには来れないのが寂しいと言った。私は何も言えなかった。
やがて同盟を結んだ国々は負けていき、最後に東の国が負けたと知ってなぜだか安心した。どうせあいつの事だから、案外しぶとく生きてるかもしれない。
そうなったらまた何年かしたらここに来るかもしれない。その時はまたショコラを出してやろう。
何年経ったのか、もはやわからない。けれどただの店員が今やオーナーと呼ばれるようになった頃、あいつの孫を名乗る娘が現れた。
聞けば祖父が数年前に亡くなり、遺品の整理をしていた時にこの店の名前をつづった絵と、ショコラの包み紙が出てきたのだ、という。
ああ、そういやそんな事もあったと今更思い出す。
明日旅立つのだと言ったあいつは、記念に絵を描かせて欲しいと。
馬鹿なやつ。
孫を名乗る娘が見せてきた絵には、当時の私も描かれていた。
ああ、本当に馬鹿なやつだった。仕方ないから、ショコラはまたいつか会った時にでもくれてやる。