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2話:ものぐさ天才発明家

「さて、ここだな」


俺はとある大学の前に立ち止まる。

入口である門には蓬莱大学という仰々しい書体の看板が打ち付けられている。何度も訪れているために迷う可能性はあまりないのだが、看板を見ることで少し安心感を覚える。

夜中ということもあり大学内の灯りのほとんどが消されているが、道に沿うようにして設置された埋め込み式のライトがどこに道があるかを教えてくれている。

俺は普段通り門を潜り抜けると右に立てかけられている『蓬莱生物研究棟この先』という案内板に従い、大学の本館から少し離れた丘の上にある建物へとたどり着く。

それは丘の上にあるとはいえ、知らない人が見ればここが大学の本館であると勘違いしてしまいそうになるほどの巨大な長方形の建造物であった。

『蓬莱生物研究棟』という看板が打ち付けられた建物の真っ白な壁面は、その建物が新築であることを如実に表している。作り直されてからまだ3年ほどしか経っていないので当然と言えば当然であるが。

窓口にたどり着いた俺が窓口のガラスをトントンと叩けば、奥の部屋から50代ほどの女性が顔を出し窓口のガラス扉を開く。


「あら、修一くんいらっしゃい!またあの子に呼ばれたの?」


「まぁ、そんなところです。あ、それとこちら出張先で買ったお土産です。よろしければ寮に居る皆さんで分けてください」


俺は持ってきた紙袋をがさがさと漁ると、出張先である岡山土産を何箱か取り出し女性へと手渡す。


「ホント、いつも貰ってばかりで申し訳ないわ!いつも来るたんびにこういうの持ってきてくれるけど、負担になってない?」


「いえ、こう見えてもそれなりに稼いでますから。それに、アレの世話をしてくれるお礼も兼ねてるのでどうぞ遠慮なく貰っちゃってください」


「世話っていってもたまに部屋の掃除したり様子を見に行くくらいだけどねぇ…ま、そこまで言うなら貰っちゃうわ。あの子ならいつもの部屋に居ると思うから、顔見せてあげて」


彼女が窓口下のボタンをいじると、玄関の鍵の開く音が聞こえてくる。

俺は奥の部屋へと戻っていく彼女を見送ると、扉を開き中に入る。

研究室は学生寮と連結されているということもあり、大学の本館と違ってにぎやかだ。部屋の横を通れば、生徒同士の笑い合うような声が聞こえてくる。

しかし俺が向かうのはさらにその奥、ほとんど人も寄り付かないのであろう研究棟の最奥である。

生徒が使うことも無いため乱雑に掃除がされているのであろうその場所には、俺の身長を優に超える巨大な鉄で作られた重厚な扉が設置されていた。

バックの中からカードを取り出し差込口に入れれば、微かな電子音とともに横にある液晶版に光が灯る。


『カード認証完了、本人確認のため指紋認証にご協力ください』


はて、前来たときはカードを差し込むだけでよかったはずなんだが。

少し疑問に思ったが、別にしない理由もないと己を納得させ液晶に親指を近づける。


『指紋認証完了、続いて網膜認証をお願いいたします』


…なんか、えらく厳重じゃね?

まぁ、彼女の研究には世界中が注目している。これくらい警戒しておくのがちょうどいいのかもしれない。たぶん。

先ほどのように目を近づければ、先ほど同様の電子音に加え液晶上部のランプが点灯する。


『網膜認証を確認、続いて声認証をしてください』


「…黒野修一だ、早く開けてくれ」


『声認証完了、続いてパスワードの入力をお願いいたします。パスワードは、理恵チャンはチョー最高――


「さっさと開けろ!セキュリティにかこつけて下らない嫌がらせしてんじゃねぇ!」


俺は怒号とともにストレスを込めた蹴りを鋼鉄の扉に向け放つ。

すると、先ほど点灯した液晶上部のランプの光が緑色に変色し、扉がゆっくりと開かれていく。


『代替認証として、個人名:黒野修一様の予想行動を確認。扉のロックを解除します』


…アナウンスの内容からして、さっきの行動が解除コードの一つになっていたらしい。

ムカつく、ただでさえ仕掛けにイライラさせられてるのにあの女に弄ばれているようでなおのことムカつく。

開いた扉の奥はこまめな掃除は行われていないのか部屋の隅に少量のホコリが見受けられ、天井に吊り下げられた灯りがほのかに廊下を照らしていた。換気はされているようだが窓はなく、壁が打ちっぱなしのコンクリートになっていることもあってか重苦しい印象を受ける。

そんな通路を数十秒ほど進み何度目かの曲がり角を曲がりたどり着いた扉を開けば、俺の探していた女はそこに立っていた。

彼女は薬品などによりところどころ変色した白衣を身に纏い、キラキラと輝く金の髪をたなびかせながら手に持った薬品とにらめっこをしている。その表情は真剣そのもので、そして美しかった。


「…言われたとおりに来たぞ。あと、冷蔵庫に入れられそうな飯を何個か持ってきたんだが」


思わず声をかけるのをためらってしまいそうになるが、このまま後ろに突っ立ているわけにもいかないのでそれを飲み込む。

当の本人である彼女は投げかけられた声に気づくと同時に、その表情を俺にとって非常に見慣れた、ニマニマとしたものに変えこちらにふり返る。


「随分と遅かったじゃあないか。もしかして道に迷ってしまっていたのかな?せっかく念には念を入れて地図を添付してあげたというのに、全くしょうがない子だよ。やれやれだよ」


「…ハァ」


さっきまでの淑やかな雰囲気はいったいどこに行ってしまったのだろう。落としてしまったのなら早急に拾い直してほしい。


「遅くなったのはスーパーで買い物してたからだ。文句を言うならこの飯はこっちで消費するぞ」


「それは困る。なんせ最近は研究室に引きこもってたからね、まともなご飯の匂いを嗅ぐのすら久しぶりなのだよ!」


「自信満々に言うな。一応聞くが、最後に固形食を口に入れたのは?」


「…たしか二日、いや三日前くらいだったかな?」


「さっさと食え、死ぬぞ!」


「ふぉうふぁへへもはうほ(そうさせてもらうよ)!」


彼女はよほどお腹がすいていたのか、差し入れで持ってきたおにぎりを次々と平らげていく。

ダメだコイツ、やっぱり高校の頃から何一つとして進化してない。

思わず頭を抱え、その場にうずくまる。

この女、涼風理恵は自他共に認める紛れもない天才だ。

その才覚は幼い頃から目覚めていたらしく、小学生の時点で現在の大学生の学習範囲に手を付けており初めて彼女と出会った高校時代では彼女が気まぐれに書いたと話していた論文が世界中から大きな注目を集めていた。

その上、彼女にはその注目をさらに高めるだけの絶世の容姿があった。

シルクを思わせる透き通るような肌に、光沢の見える質の良いブロンドの髪、そしてアクアマリンのような青い瞳を持つその姿は、まるで絵画の中から飛び出してきたのかと感じさせるほどの美しさを纏っている。メディアの中には彼女をモデルとして起用してはどうかという意見もあるほどである。

まさしく俺とは真逆の存在だ。その才能を生かし、己にしかできない事で今なお世界に変化をもたらしている。

とはいえ、天は二物を与えずという言葉があるように彼女だって致命的な弱点が存在する。私生活が恐ろしいほどにだらしないのである。


「ねえねえ修一君、ツナマヨは、ツナマヨはないのかい?私はあれが最近のお気に入りなのだよ」


「今度持ってきてやるから我慢しろ。あと、口の周りのご飯つぶは拭きなさい」


「うむ…君は相変わらずの世話焼きだねぇ」


餌付けしたひな鳥の様にひょこひょこと寄ってきた彼女の口元をティッシュで拭き取ると、彼女はそうしみじみとつぶやく。

高校、そしてともに進学した大学で俺はよくだらしない彼女に世話を焼いていた。

ずさんな手入れのされていた髪を整える、迷子にならないよう登下校をする、嫌いなものや栄養バランスを考え弁当を作る、おしゃべりの仲介役となる等々──

付いたあだ名は「お父さんと娘」である。年齢は2年しか離れていないのに何て言い草だと当時は憤慨したものだ。


「こうして私専用の研究室が作られるまではどうしても外見を気にする他者との関わりは避けられなかったからね。手助けをしてくれたことの感謝は忘れていないつもりだよ?」


「そんな感謝の気持ちと敬意を込めて、先輩である俺に敬語を使う気は?」


「それはまぁ、そのうちということで」


「お前なぁ」


初めて会った時から現在までの7年を経てなお不動のその態度に文句の一つでも言ってやりたくなる。

しかし、ニュースなどで時折見る美術品のような顔とはまた違った信頼と親しみのこもった微笑みに、口から飛び出すはずであった言葉は霧散してしまった。


「どうしたんだい、人の顔をじろじろと見て?」


「いや、なんでも」


怪訝な顔をする彼女を誤魔化し、俺は彼女から顔を逸らす。

もしかしたら俺はかなりチョロい奴なのかもしれない。

そんな気持ちをごまかすように、俺はペットボトルの水で喉を潤すのであった。

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