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1話:やさぐれサラリーマン

俺の名前は黒野 修一(くろの しゅういち)、特にこれといった才能もないしがないサラリーマン(社会の歯車)である。

どこにでもある普通の高校に通い、普通の大学に通い、今は若干ホワイト寄りの会社で一日中プログラムとにらめっこをする毎日を過ごしている。

もちろん自分が恵まれていないなんてことは微塵も考えていない。親は自分が大学に通えるようになるまでに多くのお金を使ってくれたし、ブラック企業に叩きこまれて朝から晩まで働かされているなんていう友人の話を聞くと己がどれほど幸福な立場にあるかを実感できる。

しかし、例えば会社の帰りなんかでふと思うのだ。子供の頃、俺はこんな生活に憧れて『大人になりたい』なんて夢想したのか、

俺にとって大人とは、もっと輝いて見えたんじゃないか、なんて。


「そりゃお前、それは贅沢ってもんだろ」


俺をたしなめるような、それでいてからかうような声が聞こえてくる。

顔を上げれば、串に残った砂肝を口の中に放り込み乾いた喉をシュワシュワと音を立てるビールで潤す会社の同僚、野口 巧(のぐち たくみ)の姿がそこにはあった。


「…口に出てたか?」


「そりゃあもう、脳みそと口が繋がってるんじゃねぇかと思うくらいには。まぁもっとも、顔みりゃ何考えてたかなんてすぐに分かったけどな」


お前とはそれなりの付き合いだと締めくくり、彼は新しく注文したビールを喉に流し込む。

頭の中を覗かれているようで少し恥ずかしい。酔いが回るとつい思っていることがぽろぽろと口から出てきてしまうのは悪い癖だが、コイツの前だけで本当に助かった。


「そんなことより、仕事は順調、後輩からの信頼も厚い、おまけに会社でも出世株といわれてるお前がそんな人生に疲れたおっさんみたいなこと言うなよ。俺から見たら今のお前の姿こそ理想だと思うけどな」


「…子供の頃、俺は大人ってやつがみんな才能の塊に見えてたんだよ」


幼い俺にとって大人とは、子供の頃に培った才能を活用し社会の中で輝きを見せる、そんな憧れの存在だったのだ。

だが、社会に出てみれば求められるのは集団に沿い一定の業務をいかに効率的に終わられられるかの作業で、そこに才能の介在する余地はない。明らかに俺より才能のある人間が社会に揉まれ、そして潰されていく様子を俺は幾度となくこの目で見てきたのだ。


「仕事を効率的に終わらせるのも才能で、お前はそんな才能の塊じゃないのか?」


「俺のは才能なんかじゃない。ただ人一倍努力して、それっぽい結果を出してるだけだ。俺はどこまで行っても平凡以上にはなれねぇんだよ」


口に出したら途端に虚しくなり、俺は自分の分の酒をため息とともに飲み込む。途端にカッと燃えるような熱が全身へと周り、空いたグラスの増えたテーブルに顔を伏せる。

倒れた衝撃により重なったお皿やグラスがぶつかり合いガシャリという音が鳴る。


「飲み過ぎだ、明日に響くぞ」


「自分は飲みまくってる癖に」


「お前は俺ほど酒強いわけじゃないだろ、気持ち悪くなってないか?」


「…せなかさすって」


苦笑とともに伸びてきた彼の手に背中をさすってもらっていると、居酒屋のテレビからニュース番組が流れ始める。

普段なら気にも留めないその音声は、なぜだか今日はよく聞こえた。


『本日のニュースです。今日19時頃、蓬莱生物研究所所属の研究員である涼風 理恵(すずかぜ りえ)さんよりあらゆる血液型に適合し輸血を行うことができる人工血液の開発に成功したという発表が行われました。彼女は今回の研究以外にも科学という分野において不可能だとされてきた課題に対し様々な解決策を提示したことにより世界的な注目を浴びています。CMの後、詳しい会見内容についてお知らせします』


ナレーターらしき女性がお辞儀をすると同時に、画面はごくありふれたCMへと切り替わる。

同時に、俺は巧が己の肩を何度か叩いていることにも気づく。


「おい、注文した料理来てるって」


「ん?あ、ああ、わかった」


「やっぱり今日のお前なんかおかしいぞ。別に有名人のニュースなんてそこまで珍しくもないだろ」


「それは…まぁ、そうなんだが」


たしかに、これが他の人間だったなら気にも留めなかっただろう。

だが、俺にとって涼風理恵という名前は、否応なしに体が反応してしまうには十分すぎた。

我に返った俺は気を取り直し、注文した料理へと手を伸ばす。

しかし、それを遮るようにして巧の隣の席に置いてある俺のカバンからメールの着信音が聞こえてくる。


「悪い、バックの中からケータイ取ってくれ」


「メールならあとで返してもいいんじゃないか?」


「他の相手ならそれでもいいんだけどな。俺が想像してるやつなら早く返信しないと拗ねられる」


「お、なんだよ彼女からか?誰にも言わねぇから名前だけでも見せろよ」


「おい馬鹿ッ」


巧はニマニマとした顔つきで俺のケータイの電源を点け、ホームにある相手の名前を確認する。

そこには俺の想像していたとおり、先ほどのニュースの一面にでかでかと載っていた涼風理恵の名前が表示されていた。

驚きのあまり固まっている巧の手からスマホを抜き取り軽く内容を確認すると、俺は自分の分の会計を空いた彼の手に握らせ急いで席を立つ。

拗ねられると面倒なのもそうだが、無理に追及されるのも同様に面倒なのだ。


「…途中で悪いが俺は先に帰らしてもらう、会計は置いとくから一緒に払っといてくれ。じゃ!」


「あ、おう…っていやいや、そうじゃなくってーー


ようやく正気に戻り声を張り上げる彼を置き去りにして、俺は居酒屋の扉を開けメールに記載されていた場所へ向け歩を進める。


『見せたいものがある。今から大学の研究棟に来てほしい。いつものことだから必要ないと思うが、よわよわ凡人頭の君のため一応だが地図を添付しておく。

※追伸:もし来ない場合には後ほどお仕置きを実行するものとする。早く来てネ!』


…あの野郎、完全に俺のことをなめ腐ってやがる。

とはいえ行かない場合あいつに何をされるか分かったもんじゃない。癪だが行かざるを得ないだろう。


「いやいや説明しろって!ちょ、聞こえてんだろ!おーい!ちょっとー!」


居酒屋から聞こえてくる男の叫び声は、聞こえなかったということにしよう。その方がきっと平和だ。

…そういうことにした。

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