嫉妬
「これね、この役者さんが着よった色なんよ」
おむいが瀬川菊之丞の浮世絵を指さした後、袖を振りながらくるりと回る。
「綺麗な役者色~」
娘1がため息まじりに言う。
娘2が身を乗り出す。
「もしかして、つけてるのも路考櫛?」
「そー!菊様みたいになりたいの」
おむいが浮世絵の絵と同じポーズをとる。
「私も、おしゃれしたいなぁ」
「これは、どう?」
おむいが「岩井茶の着物」を棚から出して、娘1に見せる。
「あそこの五代目の役者さんが、よう着よった色で、人気なの」
おむいが岩井半四郎の浮世絵を指差す。
「おうおう、みんな仲良くやっとるかい?」
夫が、部屋に入ってくる。
「おむいちゃんのお父さん!今、おむいちゃんに着物選んで、もらっとったと」
「おむいちゃん、おしゃれだから、みんなの憧れなんよ」
「そうかい、そうかい。父さんは鼻が高いよ」
「冗談よさんね、もう」
おむいが、まんざらでもない顔をする。
「ごめんごめん、遅れた~」
娘3が竜胆屋に遅れて登場する。島田髷に半四郎鹿の子の着物が目新しい。
「わー、どうしたん、その着物!えらい綺麗やね」
娘1が、目を輝かせる。
「あー、これぇ?かかあのお古なんよ。わがまま言って、譲ってもらったと」
恥ずかしそうに笑う娘3に娘2が詰め寄る。
「それ、人気の役者さんが着よった柄物で今、大人気なもの!」
「えっ、そうなん、知らんかった」
「ねっ、ねっ、どんな役者さんなん?」
「おむいちゃんが、さっき言っとった人よ。女形もやっとったし、恋する乙女の役が、ように合っとったよ」
娘2が娘1を見ながら、岩井半四郎の浮世絵を、あごで指す。
「なら、燃える恋で身を焦がさんごと、気を付けらなねぇ」
おむいが「岩井茶の着物」を元に戻す。
「やだ、おむいちゃんったら~」
娘らが笑う。
娘らが竜胆屋から出ていく 。
おむいが1人で手荒く、店の古着を漁る。
ひとしきり探した後、最後に手に取った古着を壁に投げつける。
おむいは部屋の真ん中にいて、部屋全体に古着が散乱している。
おむいが障子を睨んだ後、浮世絵と障子紙をやぶくと、紙切れが雪のように降った。