ようこそ夜の店へ
そこは道に沿って、菊が供えられた、3基の墓が並んでいる。
その墓石は、人の形に似ている。
地味な恰好をした老夫婦が一体一体に饅頭を供えて手を合わせる。
それを梅の木の陰から、おむいが隠れて見ている。何ヶ月も洗っていない髪に、汚れた着物は、袖が黒ずんでズタズタになっている。
おむいの頭に、梅の花びらが落ちる。
夫婦がその場を立ち去ると、おむいが3個の饅頭を盗んで、土手を降りる。
妻が、何気なく振り返る。
道の真ん中に、饅頭が一つ落ちている。
墓の方を見ると、供えた饅頭がない。
夫婦が土手から河原を見下ろすと、おむいの後ろ姿が見えた。
城下町に、大きな橋がある。橋の下の陰でおむいが饅頭をガツガツ食べる。
夫婦が、おむいに向かって歩いて行く。
それに気づいたおむいがビクッとする。
夫がしゃがんで、おむいに饅頭を差し出す。
おむいの右手を夫が、左手を妻が繋いで
土手を上がり、城下町の中を共に歩く。
日が沈んで、並んだ店の灯りが
ポツポツ点く。だんだん
城に近づいていくと、夫婦が足を止めた。
店の明かりが漏れる中、一つだけ入り口が真っ暗な店がある。
夫がその暗い入り口に入った瞬間、全体の灯りが点く。人間技ではない。
門行灯に「竜胆屋」と書かれている。