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コメディ系短編小説

疑心暗鬼な3分クッキング

作者: 有嶋俊成

【登場人物】

中楚(なかそ)…テレビ番組「ジューシー3分クッキング」の進行。

岩村…中楚のアシスタント。根暗で陰鬱な雰囲気を醸し出す不気味な女性。

  ーーとある料理番組の話…なのだが…



「ジューシー3分クッキングー!」

 丸眼鏡を掛けたエプロン姿の男が声を張り上げて番組をスタートさせた。

「この番組では毎回様々な料理を3分以内で紹介しながら作っていきたいと思います。」

 番組MCである丸眼鏡の男・中楚(なかそ)は隣に立つ女の出演者・岩村にもバトンを渡す。

「そして今回のアシスタントは岩村さんです。岩村さん、よろしくお願いします。」

 顔の両サイドが髪で覆われ、根暗な雰囲気の岩村は地の底から湧き出てくるような声で話し始めた。

「どうも、岩村です、今回はよろしくお願いします…。」

「岩村さん、今回作っていくのはなんでしたっけ?」

「今回、作っていくのは…」岩村は台の下に用意されていたフリップを取り出す。「え?」そしてフリップに書かれている料理名を見て固まる。

「岩村さん? 岩村さーん?」

 中楚の呼びかけにはっとする岩村。

「あ、すいません…」

「では、今回の料理お願いします!」

「は、はい。今回の料理は…カレーライスです。」

 岩村はフリップを縦回転させ、表側をカメラに向けた。

「おーこれは家庭だけでなくキャンプなどいろんな場面でも見られる料理の定番!」

「こ、これは…」

 絶句する岩村。

「岩村さん、大丈夫ですか?」

「私は、いや、私たちはこの番組の意思をきっちり守ることが出来るでしょうか…」

「は?」

「大丈夫ですか? 不祥事になりませんか?スポンサー怒りませんか?」

 岩村が必死な表情で中楚に詰め寄る。

 中楚は体の動きが止まっていた。しかし、番組は進めていかなければならない。

「大丈夫だよ岩村さん。焦らない。」

 そう言うとカメラに向きなおし、改めて進行を継続する。

「それでは今回の料理はカレーライスということで、早速3分で作っていきたいと…」

「本当にそうでしょうか…」

 岩村がそう一言呟いた。

「え?」

 中楚が岩村に振り向く。

「私たちが今出演しているのは『ジューシー3分クッキング』。これから作るのはカレーライス。私はカレーライスを母親が作っているのを生まれてから何百回も見てきた。母親が時間をかけて、野菜や肉を切って時間をかけてそれを炒めて時間をかけてルーを溶かして多くの手間をかけて出来上がるカレーライスを私たちは今、“3分”で作ると宣言してしまったァ~!」

 その場に崩れ落ちる岩村。

「岩村さん?岩村さん⁉」

「中楚さん、カレーライスを3分で誰でも満足できるように作るのは本当に可能だと思いますか?」

 岩村のギョロリとした(まなこ)を至近距離ではっきりと向けられる中楚。

「岩村さん…収録中だよ?」

 中楚はカメラを指差す。

「3分で…できますか?」

「……できる…。」

 中楚がそう言うと岩村がカメラに体を向けなおす。

「はいっ! そうれでは早速作っていきましょー!」

 中楚が料理開始のセリフを発した。

「お願いします…」

 岩村も腕を捲る。

「さぁ、急ぎましょう! 3分過ぎちゃいますよ~!」

 中楚がそう言うと、岩村が台の下から材料を取り出す。

「ではこちらが切り終わった野菜です。」

 岩村の手には既に切り終えた後のニンジン、ジャガイモ、タマネギが乗せられたまな板。

「違う違う違う岩村さん…」まな板を下げる中楚。「切ってるとこ見せよ?」

「うわ~!」その場で崩れ落ちる岩村。「やっぱり私は3分で作るなんて幻想を見せられていたんだ~!」

「ニンジンだけ切りましょう! こちらが本日使うニンジンです!」

 中楚は台の下から切られる前のニンジンを一本取り出す。

「中楚さん…」

「包丁!包丁!」

 そう言われた岩村は台の上に置かれた包丁を中楚に差し出す。

「包丁です…」

「う…」

 岩村は普通に包丁を取り出し、刃を下に向けて中楚に手渡しただけだ。しかし、包丁を握る岩村の姿はどこか不気味でなぜだかさらに陰鬱とした雰囲気をスタジオ全体に醸し出させる。

「で、では、さっそくニンジンを切っていきます。」

 中楚は左手で猫の手を作り、ニンジンを丁寧に切っていく。

 岩村は中楚の横で切られていくニンジンを表情一つ変えずに見つめ続ける。

「いやぁ~いい音ですね~岩村さ~ん」

 中楚はスタジオの雰囲気を和ませようと、トークを展開する。

「ええ…とてもいい音です。あの時みたいに…」

 中楚の手が止まる。

「どうしました?」

 岩村は手が止まった中楚に話しかける。

「あ! いいえなんでもありません。」

 中楚は岩村の不気味な笑顔に気圧されていた。岩村からはやはり不気味で陰鬱な雰囲気が強く出てしまっている。

「さ、さぁ! それでは次の工程に進んでいきましょう!」

 気を取り直して次の作業へと移る中楚。

「はい…次はタマネギの皮をむいて切っていきます。」

「いやいやいや違う違う違う…」岩村は中楚に小声で指摘する。「ここですでに切ってある野菜を出すんだよ。」

「は…?」

「『こちらが切り終えた野菜です』って。」

「うわぁぁぁぁぁ!」

 またしても崩れ落ちる岩村。

「岩村さん⁉」

 中楚はもはや状況理解が追い付かない。

「さっきニンジンを切ったのは、偽りなく料理をするという決意表明ではなかったのですか! 私たちが3分クッキングを謳いながら、結局3分で料理を完遂していない! 野菜がすでに切ってある? そんなの3分の範疇を超えると宣言してるようなもの。私たちは視聴者に真っ向から嘘をついたんだ!」

 叫ぶ岩村。

「岩村さーん! 大人の事情理解しようか!」中楚が岩村を宥める。「社会にはこういうことをしなければいけない場面もあるんだよ?」

 そう言うと岩村は中楚の顔に目線を集中させる。

「料理…してくれますか?」

「……する。」

 中楚がそう言うと岩村が立ち上がる。

「テレビの前のみなさーん、私たちは3分でカレーライスを作ると番組冒頭で宣言しましたが、嘘でした。」

 岩村がかしこまった様子でカメラに向かって話す。岩村は隣に立つ中楚を肘で突く。

「は…この度は大変お心苦しいですが野菜を切る工程は…このすでに切ってある野菜を使うことで割愛させていただきます。」

 中楚はなぜ自分がこんなセリフを言っているのか、なぜ視聴者に謝罪しているのかわからない。

「番組一同、職人気質もどきみたいな精神を発揮して3分でカレーライスを作りますと言いながら3分外の時間で野菜を切り終えていました本当に申し訳ありませんでしたー!」

 岩村が高速で頭を下げた。

「…それでは、続けましょう。3分を過ぎますよ。」

 頭を上げた岩村が中楚にそう告げた。

「肉を切っていきましょう!」中楚は急いで行動する。「必ず…なるべく3分で作り上げる!」

 中楚の手がやかましく動く。

「みなさん、お肉に包丁が入っていきますよ~フフフ…」

 岩村がカメラに向かって語り掛ける。

「あ~このやわらかい感じいいですね~」

 ようやく岩村もノってきたのだと思い、再び明るい感じでコメントする中楚。

「やわらかい⁉」

 岩村が叫ぶ。

「もう何!」

 中楚が驚いたのは無理もない。

「あなたは今、肉をやわらかいと言いましたよね?」

「は、はい!」

「どんな感じですか? どんな感じですか?」

「ひ、ひぃ~!」

「血は出てマ・ス・カァ~!」

「うわぁぁぁぁぁ~~~!」

 中楚は思わず腰を抜かす。台所の上には切りかけの肉と包丁が残る。

「肉はこう切るんですよ…」

 包丁を手に取る岩村。

「ひゃっ…」

 背筋が凍る中楚。

「肉を切り終わりました。」

「は!」

 腰を抜かしてから呆然としている間にいつのまにか岩村は肉を切り終えていた。

「中楚さん、指切ってませんか?」

 岩村にそう言われた中楚は反射的に自分の手を見渡す。

「だ、大丈夫っぽいです。」

「下手に包丁動かすと危ないですからね。」

 岩村はそう言った。

 一体、何が起きているんだ? じっと動かない中楚だが、頭の中は混乱状態だ。先程までの岩村のあの不気味な表情や言動。すべてが夢だったように感じる。

「あ、かき混ぜないと。」

 岩村が向かった先からは食欲をそそる匂いが流れてくる。

「え⁉」

 恐る恐る顔を出すと、既にカレーが出来上がっていた。

「な、なんで⁉」

 中楚が驚愕していると岩村は穏やかな笑顔で話す。

「中楚さん、料理には幻想を求めないことですよ。さぁ、出来上がりです。」

 出来上がったカレーを中楚は見つめた。

「いつからだろうな…純粋さを忘れていたのは…」

 中楚は岩村が作ったカレーの匂い、味を感じながら幼少期から今までに食べた純粋な気持ちで作られたカレーを思い出していた。

 因みに『ジューシー3分クッキング』は、中楚と岩村がタッグを組んだこの回をもって打ち切りとなった。



  ーー終わり

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