状況整理
「アルボル様、本当に動いて平気なのですか!?」
「大丈夫だ」
あれから数日。俺はアルボルの部屋でラズールと睨めっこをしていた。
ちなみに、この会話は既に10回以上している。
「医師も言っていただろう。幸い記憶が飛んだ以外の外傷はないから、動いて大丈夫だって」
「しかし、頭を打ったのですよ! やはりもう数日安静にした方が良いのでは」
「お前は俺の体をなまらす気か」
本来なら、昨日から動けた筈なのに、目の前の過保護のせいでベッドから出れなかったのだ。
「言語能力もしっかりしてるし、数日経っても頭痛とかそういうのも無い。王子と言っても騒ぎ過ぎだろ」
思わず頭を抱えてしまったが……一昨日俺が記憶が無いと言った時の騒ぎの方が凄かったか。
『頭を打ったせいか、記憶の大部分が飛んでしまっているみたいです』
そう説明したら、周りはどよめき、ラズールはそのまま卒倒してしまった。
彼にとっては、それほど衝撃的な事だったようだ。
その後、敬語を使ったら叫ばれ、さん付けをしたら泣きつかれてしまった。
暇さえあれば、俺の傍に付き離れない。専属従者なのだから当たり前と言われればそれまでなのだが、ここまで片時も離れないものなのだろうか?
ちなみに、知識としてラズールの事で知っているのは、彼がアルボルの専属従者である事と子爵出身であることだけだ。彼とアルボルが過してきた日々は、知識の中に含まれてない。
なので、ラズールの行動が彼にとっての正常なのか、主が危機に瀕したことによる暴走なのか正直分からない。というより、これが正常だとすると、俺はあと数日でノイローゼになりそうだ。
そもそもこういうオーバーリアクションの熱血タイプは周りにいなかったこともあって苦手なのだ。
何をどうしたら、そこまでテンション高くいられるのだろうか?
出来ればもうちょっと大人しくして欲しい。
立場上、ラズールは異世界にいる間、1番一緒にいる相手になる。それを考えると、胃がキリキリしてきた。
記憶喪失を盾に、別の従者にチェンジするのもありなのでは無いだろうか?
そんな考えも過ぎったが、一生このままでいる気はない。俺は元の世界に帰らないと行けないのだから。それなら、下手に人事異動はしない方が良いだろう。
そうなってくると、ラズールとは上手くやっていくという選択肢しかなくなってしまう。なら、適度な距離感を測るためにも彼のことを知るしかないだろう。
俺は椅子に座り直すと、ラズールに向き直り口を開く。
「…………ラズール」
「なんでしょうか!? アルボル様!」
「俺が記憶を失っている事は話したよね」
「はい、とても痛ましい事ですが、医師によると一時的なものである可能性が高いとのこと。なので私が覚えている限り、アルボル様の事をお教えします!」
「それなら、最初にラズールの事を教えて欲しい。もしかしたら、それがきっかけでラズールとの事を思い出すかもしれないし」
「分かりました! 私はラズール・ディスペント。ディスペント子爵の三男としてこの世に生を受けました。年齢は26。10歳のお茶会でアルボル様と運命的な出会いを果たし、それ以降アルボル様に仕えさせて頂いてます。趣味はアルボル様のお世話。幸せに感じることは、アルボル様のお役に立てる事です!」
「……」
これはどうやら、筋金入りのアルボル好きらしい。
俺の中にアルボルの記憶はないが、そんなに凄い人物だったのだろうか?
「それじゃ次に、ラズールから見た俺の事を教えてくれない?」
「任せてください! アルボル様はジニューブルの第2王子であり、美しい顔立ちは国宝級であることは間違いないと私は確信しております! また同時に、とても多才な方でもあります! 勉学から始まり、武術も優秀で、特に投刀がお得意でした。刀を投げれば百発百中。どんな獲物もアルボル様の刃から逃げることは出来ません! その才能と美貌もあってか、周りからも慕われておりましたが、特に婚約者のメリスティア様とは、とても仲が良かったです」
メリスティア……フォンス公爵家の次女であり、ラズールの言う通り、アルボルの婚約者だ。
少しキツめの青い瞳と日に光る金髪。宝石がふんだんに使われた煌びやかなドレス姿が知識として頭の中にある。
だが、どんな性格だったのか、彼女とどんな言葉を交わしたかまでは知識にない。
これは、一度彼女と会った方が早そうだ。
「メリスティアさんには、訳を話して近々会うことが出来ないか連絡をとってもらってもいいかな?」
「かしこまりました。そしたら、ルンタイシェフをお呼びしておきますね」
「ルンタイシェフ?」
「公爵家の専属パティシエです。メリスティア様は、あの方のお菓子しか食べないので」
「そうなんだ」
お菓子なんて、誰が作っても同じかと思っていたが、何か彼女のこだわりがあるのだろうか?
昔兄が「女性は繊細だから、雑に扱っちゃいけないよ」みたいな事を言っていたし、記憶のない俺が下手に意見するよりメリスティアをよく知っているラズールに任せておいた方が良いだろう。
「そしたら、諸々の手続きをお願いしてもいい?」
「かしこまりました。すぐに手配致します」
「ありがとう、ラズール」
礼を言うと、ラズールは戸惑ったような、けど少しくすぐったそうな笑みを俺に向けてくれる。
そういえば、他のメイドや執事にも同じように何かをしてもらった時に礼を言うと困惑の表情を浮かべている者が多かった。
人に何かしてもらったら必ずお礼を言うこと。
そう、親から躾られていた俺にとって当たり前のことをしただけなのだが……もしかしてこの国の偉い人は、誰かに何かをしてもらっても礼を言わないのだろうか?
それとも、そもそも礼を言うという文化が無いとか……?
もし後者だとしたら、俺は変なことをしていることになってしまう。
そのような知識はアルボルの中になかったが、念の為確認しておいた方が良いだろう。
「ラズール、この世界……いや、国では何かをしてもらった時にお礼を言わないものなの?」
「え? いえ、そんな事は無いですが、いきなりどうなされたのですか?」
「俺がお礼を言うと、みんな戸惑ったような表情を浮かべるから」
「アルボル様のご命令は絶対ですし、命令されたことを行うのは従者として当たり前のことですので、当たり前に礼を言われるのは、その……違和感があるからかだと」
「……。ラズールは、俺に『ありがとう』と言われて嫌な気持ちになる?」
「滅相もございません!」
「なら、これからは身分に関わらず俺のために何かをしてもらった時は、お礼を言うだろうから慣れてくれると助かる」
「アルボル様のご命令ならば!」
「……どちらかというと、頼み事に近いんだけど」
言い終わる前に、ラズールは手配に行ってしまった。
本当に嵐の様な男である。
「もしかしたら、アルボルと俺の性格って正反対だったりするのか?」
そうなると、働いてる人達が困惑するのも納得がいく。
アルボルが記憶を失っていることは、噂として城中に広まってはいるだろうが、きちんと俺の口から話さないのは不信を抱く原因になりかねない。
一度、アルボルの周りで働いている人を集めて話をした方がいいかもしれない。
「あまりそういうのは得意ではないんだけど、仕方ないか」
元の体に戻るまでの辛抱だ。
そう言い聞かせつつ、俺は椅子から立ち上がる。
ラズールはしばらく帰って来ないだろうし、丁度いい。
「兄弟とやらに、話を聞きに行くか」
次回からは週1更新になります。






