第25話【消えぬ炎に包まれし翼】
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空をも紅く染める火の海の真ん中……
そこに一人の騎士と、 燃え盛る翼を持つ女の天使の姿があった……
『……あぁぁ……熱い……熱いぃ……蒼い……炎ぉぉ……! 』
『ッ……! ! 』
ゼヴァは天使に向かって大剣を振り上げる。
しかし天使の周囲には凄まじい熱気が膜を張っており、 刃が弾かれる。
しかし天使は何をされても項垂れるまま、 形容し難い動きで震えているだけだった。
『……何故攻撃してこない……反撃の機はいくらでもあるはず……貴様……何を考え……何を感じている……』
ゼヴァは天使に問いかける。
しかし天使は相変わらず震えたまま
『……あ……あぁ……熱い……熱いぃ……』
そう呟くだけだった。
埒が明かないと察したゼヴァは構えを変える。
するとゼヴァは大剣を地面に突き刺し、 そのまま振り上げた。
地殻はめくれ上がり、 天使の足元を吹き飛ばした。
宙を舞った天使を見たゼヴァは大剣を槍のように天使に目掛けて投げつけ、 上空へ飛び上がった。
案の定、 飛んできた大剣は天使の目の前で止められる。
しかしそれと同時に飛んできたゼヴァは大剣を脚で蹴り、 無理やり押し込もうとした。
『ヌゥッ! ! 』
すると天使の周囲を覆っていた熱気の膜を破り、 大剣が突き刺さった。
そして大剣の刃先が天使の胸に刺さろうとしたその時
『ぎゃあぁぁぁぁぁぁ! ! ! 』
天使は大口を開けながら発狂し、 紅い炎の爆風を放った。
大剣はその爆風で吹き飛ばされ、 ゼヴァは地面に叩きつけられてしまった。
すぐさまゼヴァは体制を立て直し、 落ちてきた大剣をキャッチする。
『……この力……前にも感じたことがある気がする……決して消えぬ紅き炎……美しいものだ……しかし……その力は些か危険が過ぎる……』
ゼヴァはそう呟くと全身に青白いオーラを纏い始め、 凄まじい覇気を放った。
次の瞬間、 天使はゼヴァの姿に反応するように突進してきた。
天使はゼヴァの目の前まで来るとゼヴァの両肩を鷲掴みしてきた。
『蒼い……蒼い炎ぉぉぉ! ! 』
憎悪のこもった声でそう呟くと天使はゼヴァの肩を強く握りしめ、 炎で鎧を溶かし始めた。
それを見たゼヴァは咄嗟に天使の腹を蹴り、 距離を取る。
天使は逃がすまいと猛スピードでゼヴァを追いかける。
その姿はまるで獣のよう、 天使の姿とは裏腹に凄まじい雄叫びを上げながら走ってくる。
『……蒼い炎……どうやら……蒼い炎とやらに……深い憎悪を抱いているようだな……』
ゼヴァと天使の戦いは一気に加速する。
天使は逃げるゼヴァを追いながら街の建物を破壊していく。
逃げ回る間、 ゼヴァは考える。
(何故……我はこの天使達を倒さねばならぬと感じているのだろうか……我の過去に……何が……)
ゼヴァは自身の行動に疑問を抱く。
(……まぁいい……今は……この天使を止めねば……この破壊力……これ以上逃げていては被害が拡大する……)
被害の拡大を心配したゼヴァは足を止め、 天使の方へ突進してきた。
天使はゼヴァの大剣を鷲掴みにし、 炎で溶かそうとする。
しかし、 大剣は何故か溶けることは無く赤熱するだけだった。
そんな大剣に天使は驚く。
『この……剣は……一体……私の炎で……溶けない物は……無い……はず……』
『我が主から授かりし物だ……貴様如きの炎で溶かされる程軟弱な刃では無いぞ! 』
そう言うとゼヴァは隙を突いて腰にあった自身の剣を手に取り、 天使の腹を突き刺した。
すると天使の腹から血のような赤い炎が噴き出す。
しかし……
『ッ……よもやここまでの熱とは……』
天使の腹を貫いたゼヴァの剣は炎に包まれ、 そのまま溶かされてしまった。
天使の腹に空いた穴も炎に包まれ、 傷が完全に塞がってしまった。
次の瞬間、 天使は片手に炎の槍を出現させ、 ゼヴァの胸に突き刺した。
しかしゼヴァは怯む様子は無い。
大剣を振りかざし、 天使の頭を斬りかかる。
天使は自身の腕に炎を纏わせ、 後方に弾き飛ばされるように防御する。
それを見たゼヴァは逃がすまいと胸に刺さる炎の槍を抜き、 天使に向かって投げつけた。
『ぎゃあぁぁぁぁ! ! ! 』
槍が飛んでくるのを見た天使は再び発狂し、 爆風を放つ。
炎の槍は散り散りになり消滅してしまった。
しかし……
『……? ……? 』
天使の視界からゼヴァの姿が消えていた。
天使は周囲を見渡していると
『隙ありだ……』
背後からゼヴァの声がし、 それと同時に天使の片翼が斬り落とされた。
天使の背後には片手で翼を持ち、 もう片方の手で大剣を振り上げているゼヴァの姿があった。
ゼヴァは空かさず追い打ちを掛けるように天使の背中を蹴り、 突き飛ばした。
天使は突き飛ばされた勢いで瓦礫の山に激突し、 そのまま埋まってしまった。
『……』
ゼヴァは手に持っていた炎の翼を投げ捨てる。
『片翼では飛べまい……いや……それともまた再生するか……』
天使の気配が消えていない事に気付くゼヴァは再び大剣を構える。
すると……
『……アァァァァァ……! ! ! 』
瓦礫の山から天使の声が聞こえ、 大地が揺れ始めた。
次の瞬間、 瓦礫の山が破裂するように散開し、 そこから巨大な火柱が上った。
その火柱の中から再び天使が姿を現す。
しかしその片翼は失われたままであり、 再生していなかった。
『蒼いぃ……炎ぉぉぉぉ! ! 』
そう叫ぶと同時に天使の周囲に無数の炎の槍が出現し、 ゼヴァに目掛けて飛んできた。
ゼヴァは幾つか槍を弾くも防ぎきれず、 片腕に槍が刺さってしまう。
危険だと判断したゼヴァは再び距離を取りながら天使の攻撃パターンを観察した。
(……この雰囲気……追い詰められた際に見せる動物の攻撃本能か……あの翼が弱点と見て間違いないだろう……しかし……)
『天使でありながらその姿……もはや獣だな……』
ゼヴァはそう呟くと大剣に何かを纏わせる。
するとゼヴァは立ち止まり、 素早く構えの体制に入る。
そして天使が炎の槍と共にゼヴァの目の前まで突撃してきた次の瞬間……
『バシュッ! ! 』
鈍い音と共に静寂に包まれた。
ゼヴァの体には何本もの炎の槍が刺さっており、 ボロボロになっていた。
しかし……
『う……あぁ……』
天使の胸にはゼヴァの大剣が突き刺さっており、 貫通した先には大剣に串刺しにされ、 千切れたもう片方の翼があった。
すると今まで燃え盛っていた翼からは炎が消え、 ゼヴァの体に刺さっていた槍も消滅した。
『……あ……蒼い……炎……』
天使は相変わらずそう呟くだけだった。
するとゼヴァは大剣から手を離し、 その手を天使の顔に添える。
『……消えぬ炎に焼かれる哀れな天使よ……其方の過去は既に終わりし物……苦痛を忘れ……眠るがいい……』
ゼヴァは今までに無い優しい声で天使にそう語り掛けると……
『……あぁ……貴方様は……私の……王……』
天使は今まで項垂れていた頭を上げ、 ゼヴァに顔を向ける。
その顔には大きな火傷があり、 痛々しく跡が残っていた。
しかしそれでも尚美しさを感じさせる顔をしており、 ゼヴァを見つめるその黄金の瞳から涙が溢れていた。
ゼヴァはその顔を見た瞬間、 胸を締め付けられる感覚に襲われる。
『……王……よ……私達の事……覚え……て……ます……か……? 』
弱々しい声でそう言う天使にゼヴァは首を振る。
『……済まない……我は何も覚えておらぬ……しかし……其方を見ると……不思議と罪悪感を感じる……』
それを聞いた天使は少し寂しげな表情を浮かべるも、 少し微笑み……
ゼヴァの顔に唇を当てた……
『……愛して……おりました……我が……至高なる……王……』
その言葉を最後に天使は灰となり、 消えてしまった。
天使が消えると同時にゼヴァの大剣は地面に落ち、 それと共に辺りで燃え盛っていた炎が一斉に消えた。
『……』
静寂に包まれる戦場の真ん中で、 ゼヴァは地面に落ちた大剣を拾う。
そしてボロボロになった体で歩き始める。
いつもなら自然に消えていくはずの傷……
しかしこの時……ゼヴァの体からは傷が消えなくなっていた……
片手で大剣を引きずりながら戦場を歩く……
そして……
ゼヴァは倒れてしまった……
そこに
「ゼヴァ……? 」
『……モルス様……』
清火がドラゴンゾンビに乗って現れた。
この時清火は中部地方に現れた騎士との戦いを終え、 次の目的地へ向かっていた。
その途中でゼヴァの気配が弱っているのを察知し、 急いで駆け付けたのだ。
清火は慌てた様子でゼヴァに駆け寄る。
「ゼヴァ! ? しっかりして! どうしたの! ? 」
清火は混乱する。
しかしゼヴァは不思議と冷静だった。
『モルス……様……私は……どうやら……ここで終わりのようです……』
「へ……? 」
するとゼヴァは力を振り絞り、 起き上がって清火の前で跪く。
『私は……私がこの世界に呼び出された理由が……何となく……分かった気がするのです……』
独り言のようにゼヴァは語る。
その最中、 ゼヴァの体が徐々に崩れ、 灰のようになっているのに気付く……
「ゼヴァ……? どうしたの……急に……訳が分かんないよ……それに……体が……」
清火はポロポロと涙を溢しながらゼヴァの体に治癒を掛けようとする……
しかし、 ゼヴァはそんな清火の手を掴み、 回復を止めさせる。
『モルス様……お止めください……私の体は……もう……モルス様との繋がりを……放棄したようです……修復はもう……』
「そんな……ゼヴァ……やだよ……こんな急に……ここまでずっと一緒だったのに……お別れだなんて……」
子供のように泣く清火にゼヴァは言う。
『……モルス様……今しがた……私のわがままをお許しください……』
「許す……許すから……だから……私を……一人にしないで……! 」
するとゼヴァは清火の頭を優しく撫でる。
『この戦いの場に一人残す私を許さなくても構いません……しかし……今の貴女なら……もう……一人でも大丈夫……私の心は……そう感じるのです……』
そしてゼヴァの体がほぼ消えかかる。
「ゼヴァ……やだよ……! ゼヴァ……! 」
『……モルス様……いや……清火様……』
『私は……あなたに出会えて……本当に良かったと……心から思います……』
その言葉を最後にゼヴァの体は灰のように散ってしまった……
「わぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ……! ! 」
清火は泣き叫んだ。
その声は誰もいない壊された街にこだまする……
……どうして……どうして……私の大切な人は……私の側から……いなくなっちゃうの……?
清火は止まらない涙を溢しながら空を見上げる。
その空はうっすらと明るくなっていた。
そして丁度その時、 地平線から日が昇る。
清火は昇る太陽の方を見る……
……ゼヴァ……ここにいた魔物を倒してくれたんだね……
「……ありがとう……」
清火はそう呟くと涙を拭き、 立ち上がる。
……私はまだ戦わなくちゃいけない……生きている以上……抗ってやる……そして……次元迷宮をぶっ潰す……!
するとそこへ
「おぉい! 誰かいないか! 」
「生存者はいませんか! 」
後から駆け付けた攻略者達が生存者を探しにやって来た。
清火はその声がする方へ向かい攻略者達と合流する。
「あ……あなたはもしかして……殲滅の死神! ? 」
「まさかここにいた魔物を倒したのって……」
清火の事を知っている攻略者達は驚き、 誰もが清火が炎の天使を倒したと思った。
しかし……
「……いえ……私は戦いが終わったところをたまたまここに駆け付けただけです……」
清火は否定した。
「え……それじゃあ誰が……」
「……どこの誰かは分かりません……ですが……私が見たのは……ボロボロになりながらも勇敢に戦った……騎士でした……」
清火はただそう言った。
「騎士……」
すると清火はドラゴンゾンビを呼び出し、 乗り込む。
「私は次の魔物がいる場所へ向かいます……皆さんは生存者の捜索を続けて下さい」
「は、 はい! お気を付けて! 」
そして清火はドラゴンゾンビに乗ってその場から去った。
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その頃……
九州地方のとある街にて……
そこは複数の何者かに蹂躙され、 死体がそこら中に転がっていた……
辺りは不気味な白い霧に覆われ、 視界が悪くなっていた……
そこに……
無数の足音が近づいてくる……
すると少女のような何かが霧の中から無数の黒い影を引き連れ、 姿を現す……
その眼は目玉が無く、 呑み込まれそうな暗闇が続いており、 口は耳まで裂けている……
髪は左右で白と黒で分けられているといった変わった色をしており、 足まで伸びている……
『あぁ……私の愛しき御方は……今どこに……』
そう呟く少女の口は……不気味に微笑んでいるように見える……
続く……