第22話【千の剣を携える翼】
前回、 日本各地に出現した8体の魔物の内、 一体を倒した清火は次の魔物の元へ向かった。
そこには剣の翼を持ち、 無数の剣を操る天使が待ち受けていた。
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……無数の剣が刺さる大地の中……肌が斬れそうな激しい金属音がこだまする。
飛び散る火花と突風と共に清火と天使が通り過ぎる。
「ッ……! 」
『……』
両者共に譲らない速さで剣と鎌をぶつけ合う。
……埒が明かない……剣を弾くだけで精一杯だ……やっぱりゼヴァがいないと……
そんな事を考えていると天使は突然清火から距離を取る。
すると天使は両手の剣を天に掲げ、 何かの構えを取る。
「……あれは……ッ! まずい! 」
何か気配を感じた清火はすぐさま天使から離れようとする。
『……天命を授ける……』
天使がそう呟くと同時に剣を地面に振り下ろした。
次の瞬間、 剣から凄まじい突風が吹き荒れ、 風に紛れて無数の剣が回転しながら猛スピードで飛んできた。
清火は大鎌で剣を弾こうとするも、 その数とスピードに追い付けず、 片腕を斬られてしまった。
……ッ! 久々にダメージを受けた……私の体を斬るなんて……何て切れ味してるの……!
腕を斬られたと同時に隙を見せてしまった清火。
天使はそれを見逃さず、 清火の目の前に瞬間移動し、 剣を振りかざした。
……やばい……間に合わない!
刃が清火の目の前まで来たその時……
『……! 』
ゼヴァが清火の目の前に現れ、 大剣で天使の剣を逸らした。
ゼヴァを見た天使は距離を取る。
『モルス様、 遅れて申し訳ございません……このゼヴァ、 復帰いたしました……』
「よかった……本当に危なかったよ……」
『奴の攻撃は凄まじく速いです……どこか少しでも隙を作れさえすれば……一撃で仕留めて見せます……』
「……分かった……ゼヴァはあの天使の注意を引いて……私は少し準備するから……」
『承知……』
そう言うとゼヴァは目にも留まらぬ速度で天使に向かった。
『……また貴様か……貴様では我を斬る事は叶わん……』
『先は油断しただけの事……今度は負けはせぬ……』
そしてゼヴァは大剣を片手で振り回す。
その速度は刃が見えなくなる程、 ゼヴァの周囲に弧を描く光が飛び交う。
天使はゼヴァの攻撃に少し後退りする。
『……この速度……さっきよりも速い……一体何が……』
驚く様子の天使にゼヴァは言う。
『否……貴様が速く見えているだけだ……さっき貴様にやられた時……貴様の見ている場所は全て把握した……』
『なんと……』
天使はゼヴァの洞察力に驚く。
しかし天使は引く気は無い。
二人の戦いは凄まじさを増し、 大地を斬り裂く風と共に二人は天にまで上る。
天使はゼヴァの攻撃で服がボロボロになり、 所々に傷が入っている。
ゼヴァも鎧に切り傷が入り、 兜の一部分が欠けていた。
その時
「ゼヴァ! 」
清火の声が響く。
次の瞬間、 天使の片腕が突然千切れた。
その切り口はまるで剣で斬られたようだった。
何が起こったのか理解が出来ない天使は清火の声がした方を見る。
そこには斬られたはずの片腕が元通りになっている清火の姿があった。
……因果の書き換え……私が腕を斬られたという事象を……あの天使が腕を斬られたという事にした……隙が無さ過ぎてこの能力を使えなかったけど、 ゼヴァが来てくれて助かった。
清火はかつてアメリカでメテュスに使った能力を天使に使ったのだ。
『モルス様、 感謝します! 』
隙を見せた天使にゼヴァは空かさず大剣を振り下ろす。
天使は咄嗟に防御したが力負けし、 地面に叩き落されてしまった。
そしてゼヴァは清火の元へ降り立つ。
「……」
清火は天使が落ちた地点をじっと見つめる。
……あれだけやってもまだやる気……? なんて化け物よ……Sランクのボスの何倍も強い……
清火は天使の消えない闘志に戦慄する。
『まだ……だ……我は……我を斬る剣を……』
そう呟く天使の前に清火は降り立つ。
「……アンタ……自分を斬る剣を探してるの……? 」
清火は恐る恐る天使に問う。
すると天使は清火の方を見ながら答える。
『……半分当たりで……半分間違っている……我は我を殺す剣を探している……だがそれは剣ではない……』
「まさか……剣の英雄……? 」
『剣の英雄……奴はそう呼んでいるな……だが正確には違う……その剣は……』
『名無しの英雄……』
『そう呼ばれていた……』
……名無しの英雄……
その時、 清火の頭に謎の歌が流れ込む。
名も無き英雄は剣と共に……
偽りは剣に堕ち……
世界に希望が満ち溢れた……
しかし誰も……
英雄の名を知らない……
……この歌……昔……母さんから聞いたんだっけ……もう顔すら覚えていないのに……何故かこの歌だけは覚えていた……
「……まさか……英雄って……」
清火が考え込んだ次の瞬間、 天使は剣を振りかざし、 再び突風を発生させた。
しかし清火は大鎌を振り回すと一瞬にして風が止み、 無数の剣が砕け散ってしまった。
「……もうその技は効かないよ……片腕になっているなら尚更……」
これは清火の能力、 同じ技を完全に無効化する力である。
竜王を倒した時……この力が手に入って良かった……二度目の攻撃を無効化できるのは中々強い……
そして清火は天使の目の前まで瞬間移動し、 黒月の銃口を天使の胸に突き付ける。
清火が引き金を引こうとしたその時。
『モルス様……お待ちください……』
ゼヴァが清火を止めた。
「ッ! ……どうしたのゼヴァ? 」
清火は天使から距離を取る。
するとゼヴァは清火の前に跪く。
『恐縮ながらモルス様……この戦い……私に決着を付けさせて頂きたいのです……』
「……その理由は……」
『……私にも分かりませぬ……しかし……どうも……彼とは……この私が決着を付けなければならない……そう感じるのです……』
……騎士道ってやつかな? 私には微塵も分からないけど……
「……まぁいいよ……ゼヴァなら負けはしないだろうし……」
『感謝致します……モルス様……』
そう言うとゼヴァは天使の前に立つ。
『……剣の天使よ……』
そう呼びかけたゼヴァに天使は反応する。
『……貴様……一体……』
『……貴様とは……何か……古い繋がりを感じる……我は……この繋がりを……断ち切らねばならぬ気がするのだ……今一度……勝負を……』
そう言いゼヴァは大剣を構える。
それを見た天使は片腕を修復し、 両手に剣を構える。
しばらく二人は睨み合うと……
『ッ! ! ! 』
激しい金属音と共に辺りに衝撃波が発生した。
ゼヴァの大剣と天使の剣がぶつかり合う。
紅く燃え盛る火の海の中、 青い火花が飛び散る。
『……この感覚……久しく無かったぞ……貴様は良き騎士だ……』
『……我は騎士ではない……今では己を見失う……魂だ……』
闘いの最中でも天使とゼヴァは話す。
……凄い……ゼヴァの戦闘能力が格段に上がってる……まさかあの大剣の効果……?
闘いを見ていた清火は圧倒される。
そこへ……
「な……何だ……報告と違うぞ……」
遅れて駆け付けた地元のSランク攻略者達がやってきた。
まずい! 今人が来たら巻き込まれ――
『邪魔をするなァァァァァァァァ! ! ! 』
次の瞬間、 天使は形容しがたい動きで攻略者達の方へ首を向け、 片手の剣を振り上げた。
それと同時にあの突風が発生し、 攻略者達の方へ向かっていった。
反応できなかった攻略者達は動けずにいると清火が前に出る。
「……全く……タイミングが悪いにも程があるでしょうが……! 」
そう呟くと清火は黒月を構え、 引き金を引く。
すると銃口から凄まじい威力の光線が放たれた。
突風は一瞬にして消え去ってしまった。
「あ……あなたは……まさか……! 」
「……早くここから離れて下さい……これはあなた達にどうこう出来る問題じゃありません……」
「でも……」
「駄々を捏ねず早く消え失せろ……! 」
清火は威圧すると攻略者達は逃げるようにその場から去っていった。
……さて……ゼヴァはまだか……
…………
ゼヴァと天使の戦いは激しさを増す。
二人は宙を駆け回り、 姿が見えなくなる程の速度でぶつかり合う。
その度に地面に大きな切れ込みが入る。
天使の剣はゼヴァの大剣とぶつかる度に砕け散る。
しかしその剣は一瞬にして幾度も再生する。
終わりの見えない戦いが続く。
『……』
『……』
両者共々傷が増えていく……
すると……
『ッ! ! 』
ゼヴァが隙を見せてしまう。
天使はそれを見逃さず、 ゼヴァの胸に剣を突き刺す。
『……勝機……』
剣を突き刺されたゼヴァはそう呟くと天使の腕を掴む。
次の瞬間……
ゼヴァは大剣を振りかざし、 天使の首を斬ろうとする。
しかし、 天使は残った腕から剣を手放し、 素手でゼヴァの剣を掴み取った。
その手に刃がめり込み、 血が流れ出る。
『貴様……』
『……まだ……死ねん……我は……剣を……』
天使の必死そうな声にゼヴァは動きを止める。
『……剣……我も……その剣に覚えがある……赤き刃を持つ剣……名を持たぬ英雄……貴様は……その剣を探しているのか……』
『分からぬ……だが……我が……我を斬った……その剣を探さねばならぬ……』
『それは……殺す為か……』
『何かが我に命ずるのだ……『剣の英雄を殺せ』……と……』
すると天使の見えない顔から涙が零れる。
『……願わくば……貴様が我を斬る剣になってくれぬか……』
『……』
『我は望まぬ……人の血を見るなど……もう良いのだ……過去の苦しみを……繰り返したくなど……ない……だが……かつて……そんな我を……断ち切ってくれた剣があった……その剣ならば……』
『……残念だが……我はその剣を知らぬ……しかし望むなら……我が貴様を断ち切る剣となろうぞ……』
ゼヴァがそう言った次の瞬間、 ゼヴァは体をひねるように回転し、 反対方向から天使の首に斬りかかった。
胸に刺さっていた剣は勢いで砕け散り、 天使は反応に遅れる。
そして……
『……! 』
ゼヴァの大剣が天使の首を斬り落とした。
『……あぁ……その気配……思い出した……貴様は……あの……』
天使はその言葉を最後に消滅してしまった。
静まり返る戦場の真ん中でぽつぽつと雨が降り出した。
天から降り注ぐ雨は周囲で燃え盛っていた炎を消し、 ゼヴァの鎧に滴り落ちる……
『……眠るがいい……過去に囚われし……我が過ちよ……』
天使が残した地面に突き刺さる剣が消えていく中、 ゼヴァは大剣を地面に突き立て、 静かにそう呟いた……
「ゼヴァ……」
しばらくゼヴァが佇んでいると清火がやって来た。
『モルス様……この通り、 全て終わりました……』
「ご苦労様……でも……あと6体の魔物が残っている……急いで向かわないと……」
『でしたら、 私は南へ向かいます……モルス様はこのまま北へ』
ゼヴァは南から迫る魔物を引き受けると言い出したのだ。
……この戦いでゼヴァはほぼ一人で勝ち抜いた……今の戦いで戦闘能力も相当強化されている……任せても大丈夫か……
そして少し考えた清火は
「分かった……私はこのまま北にいる魔物を探す……ゼヴァは南にいる魔物達の足止めをお願い」
そう言ってドラゴンゾンビを呼び出した。
『承知……』
ゼヴァはそう言うと目にも留まらぬ速さで走り出し、 南の方へと駆けて行った。
……私も行こう……ここから北と言ったら……北海道か……
ゼヴァを見届けた清火は飛び立ち、 次なる目的地、 北海道を目指した。
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その頃……
『……恐い……寒い……』
猛吹雪の中、 謎の少女の影が赤い刃の短剣を持ち、 ふらふらと歩き回る……
まるで誰かを探すように……
『……私の王は……どこに……』
そう呟く少女の背後には白い雪の地面に広がる赤い血溜まりがあり、 無数の死体が転がっていた……
『もう……いやだ……血なんて……ミタク……ナイ……』
少女の声が段々不気味な声へと変わっていく。
『アァ……我ガ王ヨ……モット……ワタシヲ……ミテ……』
吹き荒れる雪の中、 少女の影は不気味に目を光らせ、 にやりと笑う……
『誰か……私を……殺して……』
続く……