第8話 背を伸ばしたい少年と、〇〇〇〇を大きくしたい少女
俺達の通う熊門高校は、公立の進学校だ。
その偏差値は、県内トップの75。
だから入学するのは大変だった。
中学時代、俺や憲正の学力は中の上といったところ。
合格するためには、悪夢のような受験勉強が必要だった。
いつもトップクラスの成績だった優子だけは、普通に合格できたけど。
あいつがこんな超進学校を選んだのは、野球から距離を置こうとしてのことだ。
女子硬式野球部のある私立高校からは、特待生のお誘いもあった。
だけど優子は、それを断ってしまったんだ。
行けなかった父親の代わりとして、甲子園に出場したかった。
だから女子野球だと、目標からずれるらしい。
日本のプロ野球が女子選手もOKになったように、高校野球の規則も変わる可能性があると優子は考えていた。
だけど実現しなかった。
強豪私立校の野球部マネージャーになり、スコアラーとして甲子園のベンチに入ることも考えたそうだ。
だけど結局、野球部が弱小な熊門を選んだ。
「野球は……、もういいかなと思ってさ……。高校生になったら、もっと女の子らしい華やかな青春を送るわ。あははは……」
そう言って寂しそうに笑う優子を見て、俺と憲正は熊門の受験を決意した。
【投擲】スキルを持っていなかった当時の俺じゃ、弱小公立校から甲子園出場を目指すなんて夢物語。
それでも優子と一緒に、夢を見ていたかっんだ。
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「妙だな……? 最近は授業の内容が、すんなり頭に入ってくる」
放課後。
俺は教室で、首を傾げていた。
1回聞いただけで、授業内容を完璧に記憶できている。
超進学校である熊門の授業ペースは、かなり速い。
入学時はついていくだけで、必死だったのに……。
「忍。私達はレベルを上げたから、INTのステータス値も一般人よりかなり高いでしょう? 異世界の知識を詰め込むために、冒険序盤で【記憶力強化】のスキルも取得したし」
周りにクラスメイト達がいるのに、優子は平然と異世界のことを口にする。
まあいいか。
ゲームかなんかの話だと思われるだろう。
「ああ、アレか。まさか学校の勉強に、スキルを使えるとはね。英語がやたら簡単なのは、【言語理解】スキルの効果か。追試や補習の心配は、しなくても良さそうだな。これで野球に専念できる」
「まったく。野球バカなんだから……」
俺や憲正の上を行く野球バカ聖女には、言われたくない。
教室を出て、2人並んで廊下を歩き始める。
優子はカバンから飲み物を取り出し、ストローをさしてくわえた。
「優子……。お前また、牛乳飲んでるのか?」
「そうよ、いけない? だって、大きくなりたいんだもん」
おいおい。
まだ身長伸びるのか?
女子で166cmもあれば、充分じゃないか。
身勝手なお願いだとは思うけど、優子の身長はこれ以上伸びて欲しくない。
161cmの俺が隣に立った時、複雑な気持ちになるからな。
好きな女の子より、背が低いってのは。
「忍だって、いつも牛乳飲んでるじゃない」
「身長伸ばしたいんだよ。野球選手だからな。優子も野球に有利だから、大きくなりたいんだろ?」
「私が大きくしたいのは、身長じゃ……。もう! 忍のバカ! 変態エロ王子! 知らない!」
???
なぜに俺は、変態エロ王子呼ばわりされているの?
隣のクラスである、憲正とも合流した。
3人で校舎を出て、向かう先はグラウンド……じゃない。
今日はグラウンドを、使えない日なんだ。
熊門高校は進学校。
運動部のために、広いグラウンドなんて作っちゃくれない。
決して広くないグラウンドを、サッカー部や陸上部、アメフト部と交代で使っているのが現状だ。
「野球部がグラウンドを使えるのは、週に3回だけ……。これは少ないよな……」
「毎日朝から晩まで野球漬けの強豪私立とかと比べたら、全然練習量が足りないよね」
憲正の言う通りだ。
俺達バッテリーが超人的な身体能力を得たからって、それだけで勝てるほど野球は甘くない。
守備の連係とかは練習しないといけないし、俺ら以外のメンバーも個の力を鍛えないと。
「練習場所については、私に任せて。パパの伝手で、なんとかできるかも? それより最優先で解決しないといけないのは、部員不足よ」
球也師匠の伝手とやらも気になるけど、やっぱりまずは部員確保だな。
邪魔な先輩達を一掃したのはいいけど、部員が8人になってしまった。
優子は公式戦に出れないから、頭数に入らない。
このままだと人数が足りず、大会に出場できなくなってしまう。
もうすぐ春季大会が始まるっていうのに。
「実はな、1人心当たりがあるんだ。不知火シニアの五里川原が、入学してきている」
五里川原は、俺達の世代では知らない奴がいないほどの強打者だ。
シニアの世界大会で、ホームランを打ったこともある。
おまけに俊足強肩で、守備も上手い外野手。
硬球を使うシニアリーグの選手だったから、中学の軟式野球部だった俺達とは対戦機会がなかった。
「へえ~。あの五里川原くん? 投稿サイトの動画で、見たことがあるよ。中学生ばなれした体格と身体能力を持つ、超長距離打者だったよね」
「いまなら憲正の方が、上だと思うけどな。……お前が怪物じみたバッターになっても、敬遠されたら意味がない」
本当のことを言うと、意味なくはない。
憲正は俺ほどじゃないけど足が速いから、敬遠で歩かされたら盗塁のチャンスだ。
ただ、頻繁に人間離れした脚力を見せるのはなぁ……。
俺と憲正、2人で仲良く研究所送りになる可能性が上がる。
勝負してもらって、長打で得点するのが安全だろう。
それなら多少怪物じみた成績をあげても、センスで打ったと言い訳できる。
つまり憲正が敬遠されにくくなるよう、後ろに強打者が必要なんだ。
五里川原は、適任といえた。
「ねえ。なんでそんな有名選手が、ウチみたいな公立校に入学してきているの? シニアの有名選手なら、野球推薦で私立の強豪校に行くのが普通じゃない?」
優子の疑問はもっともだ。
シニアリーグは高校生と同じ、硬球を使う。
広い地域から選手を集めてきているから、全体的に上手い奴が多い。
そんなシニアでずば抜けた選手だったんだから、熊門にきてるのは不自然なんだ。
「理由はわからない。だけど野球は、辞めちまったらしい。なんとかカムバックするように、説得しないと……。おっ! 噂をすれば、五里川原だぞ?」
俺達3人の前方に、大柄な男子生徒の背中が見えた。
背中しか見えないのに何で分かったかというと、その頭髪が特徴的だったからだ。
炎のように、真っ赤な髪。
しかもツンツンに逆立ててやがる。
「ヤンキーだね」
「ヤンキーよね」
「そう、ヤンキーだ」
五里川原はグレていた。
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