第7話 エースの役目、それはチームを勝たせること。異世界で魔神のどてっ腹に風穴を開けること
「素晴らしい試合だったな。先輩として、鼻が高いぜ」
ははあ、そういう路線できたか。
初条が差し出してきた右手を、俺は完全無視。
俺が無視したので、奴は優子に向かって握手を求める。
バシッ! とグラブで叩き落とされて、初条の右手は行き場を失った。
憲正は握手を求められる前に、間合いを外している。
初条は気まずそうに咳払いをして、いけしゃあしゃあと語り始めた。
「お前達みたいな頼もしい1年生達がいれば、甲子園出場も夢じゃない。俺様達2、3年は1年生諸君の成長と覚醒を促すために、わざと厳しく接していたんだ」
1年生達からの冷たい視線が、初条に突き刺さる。
誰も全く信じていない。
だけど、集まっている観客達から見たらどうだろうか?
2、3年生は後輩と仲良くしようとしているのに、1年生達はそれを無碍にした。
そんな風に見られないか?
「さ~て先輩方。約束は憶えていますよね?」
俺の心配をよそに、優子は先輩達に詰め寄る。
いつの間にか、手には退部届の束が握られていた。
周囲からどう見られるかなんて、気にしないらしい。
「約束~? 何のことかな~?」
シラを切る初条に合わせて、他の2、3年生達も下卑た笑みを浮かべる。
なるほどね。
約束を反故にする気満々だったから、球審が変な判定をしたりとかは仕掛けてこなかったのか。
馬鹿な奴らだ。
退部を免れられると、思っているのか?
優子はニッコリ微笑むと、親指を打ち鳴らした。
【宣誓魔法】、発動だ。
「な……なんだ? 体が勝手に……?」
「俺達は退部なんて……。署名をする手が、止まらねえ!」
「クソッ! せっかくやりたい放題できる部活だったのに! 辞めたくなんか……ハイ、ヨロコンデヤメマス」
最後はロボットみたいな口調と動きになって、2、3年生は退部届を書いた。
うへえ。
相変わらず、恐ろしい魔法だ。
レベルの高い俺や憲正なら、抵抗することもできるけど。
「は~い。2、3年生合わせて17名の退部届、確かに受け取りました。あとはマネージャーの私が、顧問の甘奈先生に渡しておきますね~」
【宣誓魔法】により、先輩達はすっかり大人しくなっていた。
みんな虚ろな目をして、俺達を見つめてくる。
きっちり整列している2、3年生に合わせて、俺達1年生も整列をした。
「先輩方、お疲れ様でした。後は俺達に任せて、勉学に専念して下さい」
「他の部に行け」なんて言わない。
そこでまた、下級生をいびるかもしれないからな。
俺が帽子を取って礼をすると、他の1年生達もそれに倣う。
先輩達を追い出……送り出すのは、とても清々しい気分だった。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
紅白戦を終えた晩、俺は夢を見ていた。
剣と魔法のファンタジー異世界、アラミレス。
そこで冒険していた頃の夢だ。
『くくく……。小さき者どもよ! 我に敵うとでも、思っているのか!?』
俺達勇者パーティ4人の前に立ちはだかるのは、山ぐらいの大きさがある巨人。
筋骨隆々の体。
ヤギのような頭部。
ドスの効いた低い声は、腹に響く。
そして全身から噴き出す、邪悪で禍々しい魔力。
――魔神サキ。
アラミレスを征服しようとするこいつを倒すために、俺達は召喚された。
「おのれ! 魔神サキめ! この世界を、あなたの好きにはさせませんわ!」
金髪縦ロールヘアのお姫様が、杖を構えサキを睨み上げていた。
彼女こそ、地球から俺らを召喚した【大魔導士】。
ウィリアム王国の第1王女でもある、プリメーラ姫だ。
「【爆炎魔法】!」
サキの顔面近くで、爆炎が巻き起こった。
巨大な魔神は仰け反る。
だけど大したダメージは、与えていないようだった。
「今ですわ! ケンセイ様! シノブ様!」
プリメーラ姫の【爆炎魔法】は、目くらましだ。
できた隙に乗じて、俺と憲正は魔神に襲い掛かった。
俺は十字手裏剣を、雨あられと投げつける。
【アイテムストレージ】という異空間の倉庫にたっぷり収納しているので、手裏剣の残弾は有り余っていた。
憲正が魔神に向かい、神剣を振るう。
刀身から光の刃が伸びて、魔神の巨体を何度も斬りつけた。
『くくく……。こそばゆいわっ! ……ぬうんっ!』
サキが気合を入れただけで、強力な魔力の波動が迸る。
俺と憲正は、吹き飛ばされてしまった。
魔神サキは、さらに追い打ちをかけてくる。
『消滅するがよい! 【グランドスラム】!』
魔神の両手が組み合わされ、大地に叩きつけられた。
黒い魔力の大波が、地面を抉りながらこちらに向かってくる。
俺、優子、憲正、プリメーラ姫の4人を、まとめて消滅させてしまいそうな攻撃だ。
「させないよ! 【セイクリッドディフレクト】!」
憲正が神剣を構えて、パーティの盾になった。
光の障壁が展開され、黒い魔力の大波から守ってくれる。
だけどこのままじゃ、防御で手いっぱいだ。
パーティの突破力を担う【剣聖】が、攻撃に参加できない。
「忍……。僕の代わりに、キミがやるんだ」
「俺が? 魔神を倒せるのは【剣聖】の一太刀だと、王国では言い伝えられてるだろ?」
「チームを勝利に導くのは、エースの役目さ」
「……わかった」
俺は【アイテムストレージ】から、野球のボールと似た魔導武器を取り出した。
これは【ミーティアオーブ】。
純度の高い魔石から作られていて、魔力を無尽蔵に吸収する性質がある。
そして魔力を吸収した分、攻撃力が上昇するという代物だ。
「ピッチャー服部、大きく振りかぶって第1球……」
自分で実況しながら、投球に入る。
ワインドアップモーションを取っている最中、光の粒子が俺の周囲に降り注いだ。
【聖女】優子の【強化魔法】だ。
全ステータス値が、飛躍的に向上したのを感じる。
「投げたぁ~!」
俺の左腕から放たれた【ミーティアオーブ】は、流星となって魔神の腹を貫いた。
球速はマッハ7。
アメリカ軍の研究している電磁加速砲が、これくらいの速度で弾を打ち出すと聞いている。
『ぐ……ぐふっ! なんという威力! 人間はこんなに速く、力強く、ものを投げれる……の……か……。素晴らし……い……な……』
魔神サキの巨体は黒い霧となって、空に溶けていった。
「やりましたわ! これで世界に平和が……あら? みなさまの体が光って……」
「魔神サキを倒して、役目を果たしたってことなんだろうな。プリメーラ姫。俺達は、地球に戻されるみたいだ」
「そ……そんな! 待って! シノブ様! ユウコ! ケンセイ様ぁ!」
別れの挨拶を済ます暇もなく、俺達の姿は薄く透けていった。
「ケンセイ様……。絶対、逃がしませんわよぉ!」
意識がアラミレスから消える直前、プリメーラ姫の狂気じみた叫びを聞いた気がした。
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